第90話◆16時07分の出発
車掌は淡々と乗客の切符を確認していた。
三人は顔を見合わせるが、いい案は出ない。
淡い光が車掌を照らす。
もうじき、あの車掌がこちらにやってくる。
この列車を逃すことはできない。これを逃せば、また1週間待つことになる。それだけは回避しないと。
だが、ここで魔力を使えば黒甲冑を呼び寄せることになる。
前の席の乗客のチェックが終わった。
車掌のつま先が、こちらを向いた。
そしてゆっくりと歩き出す。
「切符を確認します」
車掌がこちらに声をかけた。
三人の肩がわずかに揺れた。
わたしがまごまごしていると車掌は怪訝そうに眉をひそめ、
もう一度、今度は少しだけ強い口調で繰り返した。
「切符を確認します」
言葉は丁寧だが、目が鋭く光ってるように感じた。
拒否すれば無賃乗車を疑われる。
逃げ道はない。
仕方なく切符を差し出し、
スマホほどの装置に手を乗せた。
青い光が淡く灯る。
明里は周囲を確認しながら、
喉の奥がひりつくのを感じた。
――微量の魔力を流す必要がある。
ほんのわずか。
だが。
(……これで、感知されたら……)
喉が渇く。
「明里?」
後ろから煉が小声で呼ぶ。
明里は決心し、指先に微量の魔力を込めた。
術式が淡く光る。
反応は正常。
車掌は無言で頷き、切符を返した。
「問題ありません」
三人は席に腰を下ろし、周囲を見渡した。
乗客たちは、誰もこちらを気にしていない。
新聞を読む男。
眠る老人。
窓の外を見る少女。
――普通の光景だった。
煉が小さく笑う。
「やっぱり、明里の考えすぎだったんだよ」
ポルックスも肩をすくめる。
「ああ。黒甲冑が、こんな人の多い場所に来るわけない」
明里は、まだ少しだけ不安を残したまま呟いた。
「……そうだったのかな」
車内の時計は16時07分を指していた。
……あれ?
明里は一瞬だけ眉をひそめた。
この列車の出発は、確か16時10分のはずだ。
ガタン。
列車が動き出す。
窓の外のホームが、ゆっくりと流れていく。
煉が顎で外を示した。
「ほら、出発してるし。流石に動いてる列車に飛び乗れないだろ」
明里も窓の外を見る。
向かいの列車が、滑るように走り出していた。
――流れている。
だが。
胸の奥がざわつく。
明里は腕時計を見た。
16時07分。
「……え?」
もう一度、車内の時計を見る。
列車の出発は――16時10分。
窓の外を見る。
景色は流れている。ガタン、ガタンと車輪の音が耳に響く。
だが――
進んでいない。
明里の背筋が冷えた。
明里の声がかすれた。
「……おかしい」
煉が振り向く。
「どうした?」
明里は窓を指さした。
「後ろに流されてる」
沈黙。
その瞬間。
列車が、わずかに揺れた。
前ではなく――
後ろへ。
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