第89話◆紋章が呼ぶもの
夕刻。
まだ日は沈んでいない。
だが明里たちは、夜の方が目立たないと判断し、週に一度しか走らない最終便に乗ることにした。
これなら魔力を使わず、数時間で目的地の近くまで移動できる。
私たちは裏通りのひっそりとした通りを歩き駅を目指す。
アトラス中央駅は、この地方の交通の要所であり、文化の交差点でもある。
大きな石門をくぐる。そこには石造りの広い空間が広がっていた。
大理石の広いエントランス。
構内中央の柱には、大きなアナログ時計が鎮座していた。
駅構内には、禁断の地から発掘された遺跡の一部が、
まるでインテリアのように無造作に飾られていた。
(……これ、本物?)
石柱の模様は、どこか黒甲冑の紋様に似ている気がして、
明里は思わず目をそらした。
構内の高い壁に並ぶステンドグラスが、夕陽を受けてキラキラと輝いていた。
帰宅時間帯で、駅は少し混み合っていた。
今まで見たことのない部族の衣装を着た人々、
仕事帰りの疲れた顔の人々、
旅人、商人、兵士。
聞いたことのない言語が、あちこちで飛び交っている。
世界が広いことを、嫌でも思い知らされる。
煉が低く言う。
「切符を買うぞ。目立つな」
三人は切符売場で切符を買い、
人混みを縫うようにしてホームへ向かった。
最終便の列車は、夕陽を反射して赤く染まっている。
向かいのホームの列車は、帰宅客で少し混み合っていた。
明里たちが乗る列車の先頭車両は、SLのように重厚な造りで黒光りしていた。
車輪の間から、時折紫色の蒸気が噴き出している。
その蒸気がホームに流れ込む。
明里たちは、できるだけ目立たないように最後尾の車両へ乗り込んだ。
車内はガラガラで、余裕で座ることができた。
発車まで、あと数分。
車内は静かで、外の喧騒が嘘のようだった。
そのとき、
コツ、コツ、と規則正しい靴音が遠くから近づいてくる。
すりガラスに大きい黒い影が立つ。
ドアが静かに開く。
明里の心臓が、わずかに跳ねた。
車掌が切符確認に入ってきた。
(……大丈夫。普通の車掌さん)
そう思おうとしたが、
車掌の影が、夕陽に伸びて黒く揺れた。
ほんの一瞬、
黒甲冑の姿が重なって見えた。
車掌は入口のほうの年配の男性に素っ気なく言う。
「切符の確認です。紋章に手を乗せてください」
スマホほどの大きさの装置に、男性が手をかざす。
淡い光が紋章を照らした。
その光景をぼんやり見ていた明里の耳元で、
煉が低く囁いた。
「明里、やばいぞ。あれ……微量の魔力で確認してる。
今ここで俺たちが魔力を出したら黒甲冑が――」
言葉を聞き終える前に、
明里の背筋が冷えた。
ポルックスも落ち着かない様子で、何度も指を組み直していた。
切符を出さなければ怪しまれる。
出せば魔力が反応して、黒甲冑に位置がバレる。
前方から、車掌の確認が一人ずつ終わっていく。
淡い光が、順番に乗客の顔を照らす。
あと数名。
もうすぐ、
あの車掌がこちらに来る。
明里の喉が、乾いた音を立てた。
続きが気になったら、下の【☆☆☆☆☆】で応援お願いします!励みになります




