最後の降車口
雨に煙る山裾をかき分けるように、機関車はカーブを曲がり切った。
その先で、使われなくなった鉄橋が闇の中に姿を現す。
蒸気機関車は時折、闇を切り裂き鉄橋に吸い込まれるように進む。
築堤の脇には、耕される時期を過ぎた畑が暗く広がり、背の高い草だけが風雨に揺れていた。
ガルド運転士が指さした。「あそこを見ろ。 あそこなら草がクッション代わりになる」
薄暗い雨の中、みどりの草だけ浮き出るように見えた。
ガルドがツバを飛ばしながら言った。
「あそこに向かって飛べ。落ちたら衝撃があるから出来るだけ丸まって突っ込め すぐ起き上がって救助頼む」
ガルドが喝を入れる。
「もう時間はない。畑で助かるか橋もろともお陀仏か腹を決めろ」
列車のブレーキ音が一段と高くなった。ギイィィィィン!
傷の浅い男たちはお互いの顔を見合わせ頷き覚悟を決めたようだ。
列車の降車口のポールバーを2,3度握り直し身体を仰け反らし車輪に巻き込まれないように遠くに飛んだ。
築堤の下は緩やかな坂になっており丸まりながら畑に飛び込んだ。 生い茂った草むらが激しく揺れ男たちは見えなくなった。
蒸気機関車の排気音だけが響く。一瞬、風の音が止んだ。
風に撫でられ、茂みはゆらゆらゆら揺れた。
茂みの揺れがふっと収まる。
次の瞬間、草をかき分けて屈強な男たちが飛び出した。
降車口に集まり降りる人の手を取り降ろしていった。
次々、乗客が降りていき手助けした。
地面に崩れ落ちて泣く女。
泥だらけの息子を抱き締める父親。
振り返りもせず列車へ駆け出す男。
僕も降車口で身体を支えたり、手を掴んで降ろした。出来る事はなんでもした。
フッと見るとあの子だけが残っていた。僕が手を伸ばすと怖気づいたのか2〜3歩後ろに下がる。
血の気の引いた顔で、少女は僕を見つめていた。鉄橋まで、もう残ってる距離は無い。
激しい雨の中――
黒甲冑は泥を蹴散らしながら築堤を駆ける。
もはや獲物を追う獣だった。
次の瞬間。
黒甲冑は後部車両のデッキへ飛び乗った。
赤い瞳が、明里に向く。




