100話 小さな手を探して
僕が後部車両のドアに手をかけた瞬間、車内の空気が凍っているのが分かった。
車掌の周りを数人の男女が取り囲んでる。窓越しで声はハッキリ聞こえないが冷めた空気は伝わる。
ドアを開けると視線が僕を貫いた。 車掌は僕を見て、頷き、落ち着かせるようにゆっくり口を開いた。
「さっきも言ったように、このまま機関車に乗ってるのは危険なんです。この子のおかげで正面衝突は回避出来きたが、この先の橋が老朽化で使われてないんだ。」
あるものは座り込み、あるものは突っかかるが車掌が促すと渋々と並ぶ。
数十人の中にあの少女を見つけた。
――あの子は。
必死に視線を走らせる。 人混みの奥で、小さな手が見えた。
外は雨雲で薄暗い。 時々、砂巻きが車輪に跳ね返ってバチバチ音が聞こえる。
僕は人をかき分け、彼女のもとにかけ寄った。
彼女の瞳は、激しく流れる窓の外の景色に釘付けになっていた。ガタガタと鳴る車輪の振動が、そのまま彼女の震えに直結している。
僕は無言で、ガルドから託された銀色の十字架を握った。
「大丈夫。神の加護を……」
彼女の額に十字架をそっとかざすと、彼女の視線がゆっくりと僕へ向く。迷信や宗教に頼る主義ではないが、時として、偽りの安心はどんな劇薬より心を鎮める。
すぐ横にいた腕の太い鉱夫の肩を叩き、僕は言った。
「この子を頼む。着地の衝撃、君なら抑えられるはずだ」
僕は車掌と共に脱出する人の補助にまわった。
「怪我のない者は先に行け! 下で次に降りる奴らを受け止めるんだ!」
車掌と声を合わせ、僕は次々と乗客を誘導する。怪我のない者、軽傷の者、そして女性や子供――。
開け放たれたドアからは、湿った風と凄まじい風切り音が入り込み、会話をかき消そうとする。
「いいか、飛び降りる時は車両から遠ざかるように跳べ。車輪に吸い込まれるぞ!」
僕は叫びながらも、視線は一点――ガルドの合図を待っていた。
砂巻きの音と、車輪の音しか聞こえない。
「まだだ……まだ跳ぶな……!」
ガルドの背中だけが、この暴走する鉄塊の中で進むべき方向を示していた。




