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偽りのピースキーパー   作者: 新川翔
雷霆のアイリス
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感情をスイッチ

 白装束たちを捕まえた次の日の朝、俺は早く起きて家族が眠っている墓地に向かった。


 郊外にあるその墓地は辺り一面、整然と並べられた墓石で一杯になっている。


 盆の時期でもないので、人影はない。まさに俺だけの空間とも言える。


 バケツと雑巾、そして花束の入った紙袋を両手に持って、家族が眠っている墓までゆっくり歩いていく。

 一歩、また一歩。人が生きていた証を確認しながら、俺の家族が生きていた証までの道を踏みしめる。


 俺もいつかはここに入れるだろうか。人として、生きることが出来るのだろうか。

 死と隣り合わせのこの場所で、浮遊感と似た不思議な感覚に陥っていた。 


 そして、『杜若家之墓』と書かれた墓石の前に立つ。


「ただいま」


 俺は新品の、汚れ一つない墓石の前であることに気がついた。


「そうか。掃除する必要、ないのか…?」


 この墓は出来て俺ほど時間が経っていない。


「まぁ、でも、するか」


 俺は一人で30分ほど時間をかけて綺麗な墓を掃除し始めた。


「ごめん、ユウナ。守れなかった。親父、母さん結局残ったのは俺だけだったよ」


 誰も聞いていないならこれくらい漏らしても良いだろう。


「うじうじはしないよ。もう立ち直った。俺は俺のやりたいことに命を賭けるよ」


 墓石を撫でて、あの世の彼らに聞こえているのだろうと根拠のない空想をしながら「


「親父結構、俺、いや俺たちに隠していること、あるよな」


 川凪さんの事件が一段落した後、異能局にある杜若派についての情報を漁り尽くした。


 そこで俺が見たのは、生まれる前の杜若家についての血みどろな記録ばかりだった。



 特に親父の記録は酷いものだった。



「あれ、怖かったよ。親父。大量殺人鬼じゃん。よく正気保ってたな」


 特に目を引いたのは、杜若派の3分の1が犠牲になった味方殺しの事件だった。

 理由は不明だったが、彼はカリムと一緒に杜若の構成員の殆どをとある場所で殺している。


 その場所を知る権利は俺にはなかったが、報告書には死体の山、バラバラの人体、戦闘の痕。それらがまるで異世界のようだと記されていた。


 そして、この頃から杜若カリムの名前が頻繁に登場するようになる。奴はそこから、恐ろしいスピードで杜若派の幹部にまで上り詰めた。


「あんたは俺をどうしたかったんだ…?」


 その件から杜若派はリラシオで一番穏健な派閥となったらしい。


「まぁ、生きてればいいのかな…?」


 掃除を終えて花束を添え、合唱してから「ありがとう。見守っていてくれ」と告げてから墓を離れると見覚えのある人影が見えた。


「茨木さん?」


 彼の右手には紫の花の束があり、彼自身は俯きながら歩いていて、こちらには気づいていないようだった。


「おはよう」


 俺との距離が2メートル程になった頃にようやく気づいたようだった。


「おはようございます」


 俺が挨拶を返すと、俯いたまま俺の隣を通り過ぎて行った。


「後でまた会おう…」


 彼はそう言ってどこかの墓へ歩いて行った。

 墓場の出口で携帯に電話がかかって来た。


『もしもし⁉』


 クイナからの通話だった。


『もしもし。無事だよ』


 彼女の声色はかなり焦ったものだったので、先手を打って安心を伝える。


『いや、朝いなくなってたからさ。大丈夫かなって』


『大丈夫、大丈夫。こんな時に一人で勝手に敵地に潜入なんてことはしないよ』


『それくらい分かってるよ。それで、何してたの?』


『ああ、家族の墓参りしてた』


『そう。…どうだった?』


『勇気は貰えた。なんとかやれそうだよ』


『そう、これから戻ってくるの?』


『いや、他にも色々挨拶してくるよ』


『そう。じゃあ作戦の最終確認前には帰ってくる感じ?』


『そうだな。…あと、帰ってきたらクイナに話したいことがあるから、ちょっと時間いいか?』


『うん。大丈夫』


『OK。それじゃあ切ります。じゃ』


『じゃ』


 通話を切って駐車場に停めていた車に乗り、次の目的地を選択した。

 今の時刻は午前6時だ・











 次に俺は桜島さんの研究室に向かった。

 前日にアポを取っていたので、すんなりと応接室に案内された。

 この施設はまだ活動を始めておらず、人の行き来がないので、閑静としている。


「どうした?急に、カルマポリスver3はもうあっちに届いているぞ」


 俺にブラックのコーヒーを差し出した桜島さんの両目の下には大きな隈があった。

 きっと兵器開発で徹夜続きだったのだろう。


「はい。それは知ってます。お世話になった人たちに直接会いたくて、お邪魔させていただきました。これは、つまらないものですが、どうぞ」


「おお、ありがとう。出来れば、もう少し遅く来てほしかったな」


 俺はあらかじめ買っておいた高価なレギュラーコーヒーと蒸気が出るアイマスクを机に置いた。


「はは、すいません。ところで、ウィローは大丈夫ですか?」


 新上と柚季の大部分が拘束され、川凪さんの事件が一時的に収束した頃、戦う必要がなくなったと判断されたウィローは全ての武装を解除し、戦闘に関するデータも削除された。


 俺が彼らと直接会ったのは、競技場のグラウンドで出迎えた時だ。

 正直なところ、俺が関わった人が今は安心して暮らせているのかを知りたかった。


「心配する必要があるか?別にもう狙われることなんてないだろう?」


「どうしても不安は拭えなくて、ほら、俺って突然現れた警察以上の存在じゃないじゃないですか」


 俺の言葉を聞いた桜島さんは目を逸らしてこう答えた。


「それなら私は勝手に連れ去って勝手に体を改造した、頭のネジの外れている科学者だ。君が知らないで、私が知っていることはないだろう。ただ、私が装備を外した時、彼も、彼女も異変があるようには見えなかった」


「そうですか。まぁ、彼らが大丈夫ならいいですよ。…それで、ver3についての話なんですが…」


「ん…?ああ、それが本題か?」


 桜島さんが、ニヤリと笑い腕を組みながら言った。


「その機能なら付けてる。問題ないぞ」


「ありがとうございます。我儘を聞いてくださって」


「何、特に難しいことではないよ。デザインを人型に近づけただけだ。Ver3は足利、沢潟、杜若にロールアウトしたものだし、間に合う調整であれば、ある程度の融通は利く。…それより問題はアレだ」


 アレ、とは俺が最近編み出した秘策のことである。


「報告書で見たよ。で、それは本当かな?冗談ではなく?」


「はい。冗談じゃないです。今朝、上からはあまり使うな。という連絡を受けました」


「まぁ、冗談だったとしたら、つまらないからな。しかし、『あまり』ということは禁止にはならないのか?」


「この戦いで使いこなせたら、相当メリットになりますからね」


 この力は無敵というまではないが、習熟できて完全に制御できれば、カリムにも対抗できるようになる。


「まぁ、私はああだこうだ言える立場ではない。君の意思は尊重しておく」


「ありがとうございます」


 ふと腕時計を見ると、そろそろ出発しなければいけない時間になっていた。


「朝早くにすいませんね。そろそろ出ます」


「ああ、そうか。早いな。私は寝るよ。疲れた」


「はい、コーヒー美味しかったです。それでは」


 俺は研究所を出てくるまで次の目的地に向かい始めた。只今の時刻は午前9時頃だ。










 始まりは偶然を装ったものだった。数か月前、俺は指令のもと、『世の中に不満を抱える超能力者』として、彼女に会いに行き、組織に取り入った。公安の持っていたツテを使って、裏の顔に気づかれないように佐々里派に入り、異能局とリラシオの監視を同時に行うこととなった。


 近づいたタイミングは彼女が弱った瞬間だったので、すんなりと内情に入り込むことが出来た。きっと上は彼女についての情報も手に入れていたのだろう。実際、仕事中はどんな事柄にも冷静に物事をこなす彼女が、あの時だけは酒に溺れていた。


 佐々里派では様々な情報が手に入った。リラシオには名前も顔も明かしていないボスがいるだとか、佐々里派のみで人体実験の研究をしているだとか。武器の密輸に関する情報もあった。


 それらの情報を上に報告し、幾度もスパイとして貢献してきた俺だが、スパイとして欠陥を抱えていた。



 情を持ちすぎている。



 いや、情に飢えすぎている。



 小さなころから公安に目を付けられ訓練を受けてきた俺は、一人でいることが多く、他人の感情に触れるのを一番の快楽としていた。そのため、情を感じられるなら多少無理な動きをしてきた。


 リツトの時もそうだった。彼は『繋がり』欲しさにいらない手を回しや行動をしたりしていた。そのせいで行く必要のない本部強襲に参加し、大怪我を負って任務に支障が出た。


 佐々里の幹部の時も同じだ。上手く取り入ったのはいいものの、信頼されて引き出せる情報が多くなる度、俺自身の罪悪感も大きくなっていった。


 つまるところ、俺は結局スパイに向いていない。


 この任務が終わったら、所属を変えてもらおう。

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