記憶消失・誘拐被害者少女
泡が私の母だった。水が私の父だった。
まぁつまり、私はデザイナーベビーなのだろう。
そう、生後一日の私は思っていた。
「各数値、問題ありません」
挨拶代わりの何かを言われ、羊水から解放された。
ガラス張りの部屋の先で、白衣を着た者達が私への世話と検査を行っている。
昨日から、私はモルモットとして扱われている。
「おはよう。身体の調子はどうだ?」
「特に異変はないです」
実のところ、私自身どうして意思疎通が出来るのか分からない。
何故か私は、この日本語という言語を習得し使いこなしている。
私は私について知らないことが多すぎる。
知っていることといえば、ガラスの向こうの彼らが、私のとある力に興味津々であるということだ。
紙より薄い透明なものを触らされ、その後出てくる力について観測しているようだった。
今日は氷が出てきた。
手のひらに生えてひんやりとしていて、肌を少し震わせる。
「君が順調で嬉しいよ。何か、思い出せるかい?」
ガスマスクをした男が陽気な調子で声をかけてきた。
「特には…」
私が答えると、彼はとある女性に話しかけた。
その女性はどうやら他とは違うようだ。
他のガスマスクを着けた白衣の人々の中でただ一人、何も被らず、スーツを着て大きな丸メガネを通して素顔で私を眺めている。
その冷徹そうな印象な彼女に一人の白衣の人間が話しかけた。
ガラス越しで顔も隠しているから何を言っているのかは理解できない。
と思っていたが、口の動きが見える彼女の言っていることは自然と分かった。
(なんだ…これ?)
もしかして読唇術というヤツではないのだろうか。
『それは許可できない』
『規則は規則だ』
『…分かった。良いだろう』
どうやら数回の会話から許可を得たらしい人間はどこかへ行って、数分後トレーに何かを乗せて持って来た。
「どうも、元気かな?」
「特に、異常は」
何度考えても私の体調に異常はない、と思う。
参考資料が昨日しかないが大丈夫なはずだ。咳や頭痛、腹痛に倦怠感など、体調不良特有の症状は出ていない。
「そうか、それは良かった。食欲はあるかな?」
「あります」
「それじゃあ、そこ座って、これ食べてくれ」
彼は何故かウキウキしながらテーブルに朝食を置いた。
『あまり雑談するなよ』
「もちろんですよー…さて、これが何かは理解できるね?」
彼は女性の言葉に応えながらトレーの上に置いてある、何の変哲もないパンを指差した。
「パン…ですよね」
「そうだ。ちょっと知識について色々調べさせてもらいたくてね。君はデザイナーベビーだ。脳に入れた情報がしっかり出力されるか確かめたいんだ」
そう言うと、彼は私に対して指を3本立てた。
「次にこの指は何本?」
「3本です」
「正解だ。最後に、君のすべきことは?」
(すべきこと…すべきこと?)
特に考えたことはなかったが、考えてみる気になった。
すると、考えたこともないのにすべきことが思い浮かんだ。
「この世界を、変えること…」
私の答えを聞いた彼は小さくガッツポーズをした。
「…よし。俺たちが打ち込んだ記憶に異変はないな。ありがとう」
「…どうも」
「…今日の『検査』はこれで終わりだ。この食事は、食欲があれば食べて欲しい。なくなったら回収しに来るよ」
彼はそう言って大きく手を振ってからこの部屋を出た。
「話しすぎだ。チーフ」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
実験体の様子を確認したチーフと呼ばれた男は、上司の女性に注意されてもその上機嫌さを崩すことはなかった。
「あとで報告書いてくれ。その他は、もう上がっていいぞ。明日に備えてくれ」
彼女の言葉を聞いたチーフ以外の他の白衣の人々はすぐに荷物をまとめて早足で出て行った。
「私たちの娘を…お願いします。人の心を察っせて気を回せるいい子なんです」
リラシオ殲滅作戦の二日前、内田さんは『娘を攫われた』という超能力一家の夫婦から話を聞いていた。
攫われた時刻は相談に来た前日の夜。彼らが寝ている間に、いつの間にか行方知らずとなってしまったらしい。
「はい。任せてください。彼女は我々が必ず救出します」
「そもそも、どういうことなんですか。超能力者のテロリストはこんな強引な事件を起こさないという説明がありましたよね?」
「申し訳ございません。それは、リラシオに余裕がなくなったのが理由です」
「どうして理由が無くなったんです?まさか、変に刺激したんじゃないでしょうね!」
母親は並々ならぬ怒気を込めながら内田に訴えた。
「いえ、変な刺激というものは与えていません、恐らく、あちらが察知したのだと思います」
「察知したって、何を?」
「超能力者に関する、法律の制定です」
「と言う訳だ」
内田さんは俺とクイナを彼のデスクの前にまで呼び出し、彼が話した内容を直接話した。
「君たちにお願いしたいのは、彼女を捕まえた犯人の拘束と彼女が誘拐された場所の特定だ。幸いなことに、奴らを捕まえるための情報は集まっている。上手く活用して拘束してくれ。ついでに、連れ去られた子供の名前は、翡翠リカというらしい。能力はコピーだ」
「「了解」」
(そういえば、能力は鴨川と同じコピーか)
赤の他人でも同じ能力が発現することがある。
ただの偶然ではあるが、そこに思うところがないわけではない。
(絶対に、助けよう)
俺とクイナは周辺の防犯カメラに映っていた白い装束を着た三人組を捕まえることにした。
内田さんの情報から、白装束とは、巷で噂になっている都市伝説の正体そのものであることが分かった。
ハスターさんに頼んで防犯カメラや異能局が独自で飛ばしているパトロール用ドローンの映像、SNS上にある断片的な情報を基に、彼らが移動したルートや拠点を暴いた。
そしてその拠点から発せられるメールのやり取りからとある計画が判明した。
その計画は川凪ヒカリを攫うことだ。
どうやら、彼らも川凪ヒカリを欲しがっていたらしい。ただ、勢力の多い柚季派と対立することを恐れて、彼女を狙わずに活動していた。
ただ、もう柚季派は壊滅している。このタイミングを絶好の機会だと踏んだのだろう。
『こちら杜若、配備完了』
既に日は沈んだ頃、俺はとある場所で待機しながら無線を通してクイナに連絡していた。
『こっちも屋上前の扉にいる。いつでも』
どうやらクイナの準備も出来たようだ。
その屋上には、白装束の3人組が川凪ヒカリを攫う準備を行っている。
実際、このビルの向かいの道路に川凪さんウィロー君がいる。
ウィロー君にはもう戦闘をするための体もデータもない。
そもそも、あの時の彼の存在は法律のラインを大きく超えていたのだから、取り上げられるのは当然だ。
今の彼らが襲われてしまえば、簡単に攫われてしまうだろう。
それを、俺たちは確実に阻止しなければならない。
『それじゃあ行くぞ。3、2,1』
俺の合図でクイナは飛び出した。
彼女は扉を蹴飛ばし、2丁の銃を白装束に構えて名乗りを上げる。
「異能局だ!手を挙げて膝をつけ!」
こちらはスーツの下から強化外骨格を起動して、二丁拳銃を3人に向けた。
屋上の端に立つ白装束の全員が、彼女の声に気づいて視線を向け、マスクの下でほほ笑んだ。
視覚で分からずとも、椿クイナは感情を理解することが出来る。
『しっかり舐めてるよ。アイツら』
明らかに油断していることは明白だったのだろう。彼女は無線ですぐに、術中に嵌った彼らを笑うように告げた。
油断するのも無理はない。
クイナの拳銃は2丁、対して白装束側の人数は3人だ。
数では勝っている。そして彼らの相手は沢潟でも、杜若リツトでもない。
こちらに勝ち目があるだろうと、考えているだろう。
「隙あり」
その油断を突くように後ろから一人の男が飛び出した。
「⁉」
俺は屋上の一つ下の階から窓を開けて飛び出し、ワイヤーを使って彼らの背後に奇襲をかけた。
すぐに目の前にいた人間に銃の電撃を浴びせて一人倒した。
クイナは彼らが驚いている隙に麻酔弾を命中させてもう一人を倒す。
最後の一人は俺が電撃を放って動きを止め、クイナの麻酔銃で動きを止めた。
「色々、吐かせてもらうぞ」
油断をしていると、実力の半分も出せないで倒されてしまう。彼らの敗因は油断だ。
ビルの屋上から、倒れる奴らが逃げないように拘束してから、夜景と平和に生活する人々を眺めている。今荒事があったこの場の目下では、人々が、しっかり生きている。
「ククク」
「どうしたの?」
何歩か下がって彼女の問いに応えず、夜空を見上げる。
「ククク、ハハハ!」
そして、大声で笑った。腹を抑えて笑った。
「ハハハハハハ!ハハハ!」
理由は使命感、激励、満足感だった。
その過程も、彼にとっての笑いの種だ。
今この場にいることを、この状況にいることを、俺は数奇だと感じていた。
(俺が終わらせよう!終わるべきなんだ!粉々に潰してやるよ!)
リラシオと杜若カリムのことを考えながらそんなことを考えていた。
「これで、完全解決、だな」
「次で最後だね」
「ああ、明日のリラシオ殲滅戦で最後だ」
最終章の雷霆のアイリス編、始まります。




