ありがとう。これからもよろしく。
叩き落とした新上を警戒しながら眺めていたクイナは、彼からやっと流れ始めた感情を眺めていた。彼は彼女のことをようやく恐怖し始めたようだった。
ここからは大技は狙いにくくなると判断した彼女は刀だけ取り出して残りの鉄塊を鎧へと変形させた。
「さて、倒すか」
クイナはダメージが確実に蓄積されているのかを把握していた。
飛び降りてブースターを使って着地する。
新上はここでようやく本気を出すようになる。あれだけボコボコにしても、攻撃する力はあまり落ちていない。やはり相当なタフネスの持ち主であることは、。
だが、動きは遅くなっているだろう、と推理していた。
さらに彼女にとっての朗報がある。
新上が痛みによって苦しんでいるのを感知した。
彼は痛みを感じない体質なのではない。痛みはしっかりと感じている。
顔に出ずとも、傷となっている場所を痛みつければ、効果はあるということだ。
「どうした?怖いんだろ。早く私を殺してみろよ」
クイナはこちらに剣を振るう感情を察知した瞬間に足部分にあるブースターで加速して攻撃を避け、首を斬りつけた。
彼はすぐに鎧の背中の部分を変形させて攻撃する。それを察知したので、再びブースターで加速して回避する。針の行為が及ばない程低姿勢になって、足元を切りつける。そして飛び退こうとした瞬間、彼女の目の前に蹴りが浴びせられる。
防御をするが数メートル吹き飛ばされたので体勢を立て直したが、彼女の眼前には人一人殺すには十分すぎるほどの剣が振りかざされていた。
「ここだ!」
好機を感じた彼女は首元を切ったタイミングで新上の腕に着けていた小型爆弾を爆破させる。
その瞬間に走り出した。
その爆発で剣が通る筈の軌道が変わったので真っ直ぐ飛び出して新上へ迫る。
感情を読み振り上げられる拳も、変形し鞭のようにうねる鎧も、行動を全て把握して紙一重で避けながら刀による連撃を与える。
(こいつは今が、一番弱っている状態だ)
(ここでこいつを討つ)
人間の急所と呼べる場所、新上が傷を負っている場所、一切の躊躇なく鬼人のような大立ち回りをしてそれらにダメージを与える。
しかし、相手は銀を纏った暴君、殺すことを義務とし、化け物と捉える者達を殺すことで得た安心を原動力として生きてきた、安寧を求めた殺人鬼。
度重なる連戦と薬によるパフォーマンスの低下があったとしても、相手が読めたとして回避不可能な攻撃を放てる程度の余力は残していた。
(受け止めるか!)
彼女の顔面を狙う一撃を察知した瞬間にそう判断した。
ここで防御を行ってしまえば、防戦一方になってしまう。
安堵のために戦っている奴に対して余裕を与えてはならない。
左頬で拳を受け止め、吹き飛ばないように刀を地面に突き立て支えとする。
体に走る衝撃を無視し、右足で蹴り上げ、体を捻って蹴り飛ばした。
足の装甲をアームに変えて鎧を鷹のように深く掴んでいるので飛ばされることはない。
「このまま!」
背中にあるブースターを起動させて、観客席の地面に押し付けたまま壁まで、鎧の背中部分を削りながら一直線に引きずる。
壁にめり込ませた後、間合いを取る。
その間合いは、丁度剣先の少し先。
新上が踏み込む距離を考慮したものだった。
「眠れ」
新上は恐怖を覚えた人間めがけて剣を振るう。
しかし、それは見切られている。
剣を避け、背中にアンプルを突き刺すと、巨漢は俯き倒れ、彼を包む銀も液状にどろりと溶けた。
彼女を暴走から戻す方法。
それは彼女に理性を引っ張り出すことだ。
彼女は今、理性と本能が同時に垂れ流されている状態、らしい。
拘束して巧みな話術で理性を引き出せれば上等だが、そもそもこんな状態の彼女は拘束不可能だ。手荒ではあるが、人を動揺させ理性を引き出す行為をするしかない。
だから、接吻をした。
「んー、んんんん、んんん、んんんんんんん⁉」
数秒間彼女の口を封じ、唇と体を離した。
「ぷはぁ、はぁ、はぁ。何を!おま!」
息を切らし、顔が真っ赤になった彼女はこれまでにないくらい動揺している。
こちらの狙い通りだ。
「すいません。貴方を元に戻すためにはこれしかなかったんです」
「ああ、それは、ありがとう。って言いたいところだけどよ…。いや、本当に感謝してるんだ」
「はい。どういたしまして」
オレは特に動じた仕草は見せず、彼女の体をスキャンする。
「…よし」
その様子を見た彼女はオレに接吻した。
「…⁉」
「驚いたか?仕返しだ。…あれだけしてこっちが圧倒されっぱなしなのも、癪だからな」
彼女の感情には未だ恥ずかしさが残っている。
ぐしゃりと、何かが貫く音がした。
「…あ」
予想外のことだったので、思わず声が漏れた。
「どうして…おい!おい!」
本能の最期の抵抗だろうか。
それともまだ、本能を御しきれていない証だろうか。
彼女の赤い血を操ってオレの腹部を貫いた。
それを見た彼女は罪悪感からか開いた口を手でふさいでいた。
「あ、大丈夫ですよ?」
だが、オレには特に異常はない。
「…え?」
「オレ、アンドロイドですよ。しかも戦闘用にチューニングしたタイプです。腹を貫かれたくらいじゃ死にません」
活動のための機関は破壊されていない。
「…はは、マジかよ」
「大マジです」
正気に戻った彼女は驚きと喜びが混じった感情を持ちながら笑っていた。
「そろそろ帰りましょう。ヒカリさん」
その彼女に、オレは手を差し出した。これから、新たな第一歩を踏むために。
「…ああ、そうだな。迷惑かけた」
「良いですよ。これからそれを減らしていけばいいんですから、ずっと付き合いますよ」
『大丈夫っぽい?』
俺はグラウンドに移動して川凪ヒカリとウィローの様子を眺めていた。
『大丈夫なんじゃない?』
クイナが観客席から降りてきた。
「感情も安定してきているみたいだし」
「なら良かった…そっちは大丈夫じゃなさそうだな」
ふと見た彼女の顔が赤く腫れていた。
「大丈夫か?顔?」
「ああ、うん。デカい一発貰っちゃったから。そっちだって、至る所に穴空いてるみたいだけど、大丈夫?」
「超痛い。もう動きたくないな」
『良くやった。彼らを連れ戻してくれ』
無線に内田さんの音声が入る。
『『了解』』
傷だらけの体を引きずりながら、二人で彼らを迎えに行った。
こうして、この事件のほとんどは解決した。
俺たちの動きで柚季派は壊滅。新上一派もその全員が拘束された。
ウィローも川凪ヒカリも、新たな一歩を歩み始めている。
俺とクイナはそれを陰ながら見守っていた。
電気の光が輝く夜、とあるビルの屋上で。
血まみれで倒れている白装束の者達の上に座りながら。
「これで完全解決、だな」
この事件の最期にすべきことは、この件を裏から援護していた奴らの存在を捕らえることだった。
彼らは町の喧騒に溶け込み、一般人のように振舞って生活している。
こんな世界のことを知っても、あんなことを経験したとしても、普通に暮らすことが出来ている。
彼らはしっかり人である。
「次で、最後だね」
クイナが隣に立って俺と同じ景色を見ている。
「ああ、明日のリラシオ殲滅戦で、最後だ」
化け物とヒト編終了です。
そして、次は最終章となります。
最後です。決着です。
章の名前は『雷霆のアイリス』を予定しています。




