動揺させるため
「誰だ、お前」
「誰でも良いだろ」
ダメージは薄い。だが、奴は昨夜の戦闘によるダメージと薬によって、パフォーマンスは最大限に下がっている。
「邪魔を…するな」
鋭利な殺意が椿に向けられた。
彼女の肌に、それが深々と突き刺さる。
「この戦いは、崇高な、神聖なものだ」
──感情に構うな。怯えるな。
「それを、お前のような道草に、邪魔する権利は」
彼女はすぐさま武装をレールガン形態に移行して弾丸を撃った。
新上は弾丸を見切り、銀の剣で弾いて飛ばす。
すぐに巨大な剣に切り替えてブースターで急接近する。
彼女は彼の感情を完全に把握していた。奴は殺意が漏れやすいタイプなので一挙手一投足に対応できる。
鍔迫り合いとなった後に、鎧の一部を使って足元に棘を生やした。
彼女は飛び上がり、巨大な剣から一本の剣を取り出して、棘のない場所に立つ。
支えのなくなった大剣はグラウンドとは反対側の壁まで吹き飛ばされる。それを好機とした新上は、彼女に変幻自在に身に纏う銀を操って攻撃した。
攻撃の密度は凄まじく、感情を読めてはいても二か所ほどのかすり傷を負ってしまった。
(準幹部よりは確実に強いな)
距離を取ると、互いの出方を伺う拮抗状態となる。
「さっき、権利はないとか言ったな」
剣先を向けて話しかける。
「私の立つ場所くらい。私で決める」
今の新上はのうのうと喋る椿に釘付けだ。
彼女がそれを理解した瞬間に、グラウンドの方へ走り出した。
当然、新上の視線はそちらへ向けられたので、ブースターで壁から飛び出した鉄塊に気づくことはない。
「⁉」
兜の上からだとは言え、後頭部が人の大きさを優に超える物質と衝突すれば必ず隙が生じる。
椿はそれを見逃さず、鉄塊と剣を接続して、さらにブースターの推力を上げて頭に一撃を叩きつけた。
銀を殴る鈍い音と共に、新上の足元の床は抜けて、彼はもう一つ下の観客席に落ちていく。
「さっき、崇高だとか言ってた奴が、どんどん地に落ちていくな」
彼女はその様子を見下ろしながら挑発した。
新上は落ちた先でゆっくりと立ち上がっている。
通信が入ってくる。
『沢潟だ。完全に暴走していないとはいえ。半分は暴走してるんだ。戦闘になる可能性はあるぞ。ウィロー』
『分かってます。というか、なりそうです』
『そうか…。暴走を止めるには理性や情を引き出す必要がある。焦らせたりしてな。何とかしてみせろ。応援してるぜ!』
彼の力強い激励を受け止めてから、一人のアンドロイドは彼女の元へ降り立った。
「止めるのか、オレを」
「はい。そのつもりです」
生物としての格が人間と隔絶している。
それが彼女を事前にスキャンした結果だった。
超能力者が暴走するとそこまで変わってくるのかと驚愕した。
容姿には変化がない。ただ、内部の作りが大きく変わっている。身体が吸血鬼というものに近くなっているようだ。筋肉も人間のものじゃないし、体が吸血に特化し始めている。
筋肉の密度は上がり、牙は鋭くなり、血を栄養に変える器官が生まれ、器官生成による体への負担を再生力でカバーしているようだ。
彼女の能力はさしずめ、吸血鬼のような力を得る者だろう。
すぐにネットで吸血鬼について検索して彼女の行動の予測パターンを増やしていく。
「少々、やりすぎたかな?」
一方、グラウンドから出た鵲は通路から彼らの光景を観察していた。
「刺激しすぎですよ。先輩」
「いや、刺激しろとの命令、いや頼みだ。内田って奴からのな」
内田は午前中の間にハスターを連れて鵲と会っていた。
そこで取引をし、表向きの手柄と引き換えに囮になってもらうこととなった。
「次の仕事は、彼女をどこかの警察署に連れていくことだ。気を付けろよ」
「わ、分かりました」
「あぁ?なんだよ。せっかくイイ気分になると思ったんだけどよ」
どうやら今の彼女の意識はかなり本能に引っ張られているらしい。
殺しを好むような性格ではない。きっと感情が能力に飲まれかけているのだろう。
ただ、彼女が普段わざと『オレ』という一人称を使っている。
それをまだ使っているということは、微かにだが理性は残っている証拠だろう。
(素早く情を引き出して本能を弱めるしかない)
そして、発声器官から言葉を出そうとした瞬間、巨大な血の鎌が首元に現れた。
──アラームが出なかった!
身を屈めてそれを避けて、ブースターで距離を取る。
人間的な予備動作さえあれば警報が出て回避行動がとれるはずだが動きの兆しが観測できなかった。
──フレームレート上げるか?
いや、それは無意味だ。そもそも予備動作はなかった。
彼女は無から大鎌を形成した。
伝聞から聞く吸血鬼の能力の範疇を超えている気さえする。
「まずは、お前をコロ…」
大鎌を掴んで肩にかけ、オレに向かって殺意を表明しようと叫ぼうとして、そのまま言い切らずに動きを止めた。
「………?」
そのまま鎌は霧のように消えて、彼女は次第に頭を抱えて膝をつく。
「おい、おい、おい!それは、それだけは、それだけは、ダメ…だろ…」
「ヒカリさん」
どうやら彼女の理性が抗い始めているようだ。
彼女の元へ刺激しないようにゆっくりと近づく。
彼女をいち早く戻すために、思いつく限りのことをする。
「大丈夫です。あなたは…」
彼女は悶えながら震える手をこちらに差し伸べた。
生まれたばかりの仔馬のようにゆっくりと立ち上がろうとしている。
そして、彼女の眼球がぎょろりとこちらに向いた。
充血したその目はまるで獲物に対する捕食者そのものだった。
まだ本能が彼女を侵食の力は強い。
飛び上がって空中から彼女の足元めがけて煙幕を撒くミサイルを放つ。
計算上、彼女には危害はない。ただの目くらましだ。
すぐにブースターを使って急降下すると、眼前に数センチの所に普段では考えられない歪んだ笑顔の彼女が現れた。
その次の瞬間には踵落としで、地面に斜め45度の角度で叩き落とされた。
姿勢を制御して着地し、彼女のいた場所を見上げると、そこにはもう誰もいない。
恐らく霧化したのだろう。
次の彼女の行動を予測し備えながら、立ち止まる。
オレがすべきなのは説得だ。攻撃ではない。
しかし、彼女がそこからしばらくの間、姿を現すことはなかった。
「あれ、待ち合わせしませんでしたっけ?」
冗談を言いながら様々な側面から辺りを観測する。
さらに数秒、何も起きない状態が続くと、五十メートル程先にじんわりと姿を現した。
(あやふやになっているのか…?)
能力がオレに危害を加えようとしたことで、彼女の部分がより鮮明に表れ始めている。
(よし、今がチャンスだ)
オレの背後には椿さんとあの鎧が轟音を上げて観客席の床を破壊しながら戦っていている。
クイナさんが鎧のことを止めてくれている。
今のうちに彼女を正気に戻すしかない。
もう歩いている暇はない。今がチャンスだ。
ブースターで彼女の元まで一直線に飛んでいく。
ここで彼女から情を引き出してみせる。
俺は彼女に抱き着き、兜部分の装甲を外し、そして接吻をした。
今回は短めです。
それと、半分でも暴走した超能力者はかなり強いです。




