風景の逆襲
俺たちは桜島さんの改造キャンピングカーに乗って国立競技場に向かっていた。
ヒカリさんがあの時俺に言った通り、彼女は今国立競技場にいることが確認されたらしい。
『あの作戦は面倒だったな。まるで後出しじゃんけんだ。だが、まだ希望はある。なんせまだ完全な暴走には至ってない』
事態について知らされた沢潟さんが車内にいる全員に通信を通して話しかけていた。
彼は画面の先で、倒した能力者の上に乗りながら説明し始めた。
『俺は一度暴走ってのをしたことがあるから分かる。辺りにいる奴ら全員殺してない時点で奴はまだ正気が残ってる。リツトの功績だな。洗脳を中途半端な状態で終わらせたらしい』
確かに、俺が奴らへ攻撃をしたのは何かをし始めた直後だった。
『この状態なら、まだ楽だ。情に訴えて何とか出来る。完全に暴走したら、満足するまで暴れさせなきゃならない。こんな都市部で、そんなことさせる訳ににゃいけねぇな』
「俺が彼女を止めます」
俺は後方の即席ラボで体の調整をしている。そこから彼らに自分の決意を伝えた。
『ああ、オレ個人としてはそれが正解だと思うぜ。情に訴えるなら、一番心を開きやすいヤツと会話させるべきだ。異論ないな』
杜若さんは座席に座り俯いたまま彼の話を聞いていた。
「ウィロー君はこちらでできるだけサポートしよう。邪魔者は入らないようにする」
そして顔を上げると、俺に向かって笑いかけながらこんな言葉を放っていた。
『ああ、鎧がそっちに向かってる。それに柚季派もまだ活動しているっぽいしな。頼んだぜ』
「はい。勿論です。そういえば、内田さんは?」
杜若さんの質問には、沢潟さんが答えた。
『暗躍しに行ってるぜ。警察と話付けてるらしい。ああ、そう。リツト、ドローンはもう空に配備したらしいぜ』
「…!」
その言葉を聞いた彼は目を見開いて露骨にニヤリと笑った。
「内田さんに礼を言っておいて下さい」
『ああ、オレはこれ以上動いたら腹の傷が開く。そっちには行けねぇからな。任せた』
国立競技場の目の前に到着すると椿さんと杜若さん立ち上がって外へ出て行った。
「それじゃあ」
「無理するなよ。ウィロー君」
彼らは急いで競技場へ向かって行って、それを確認した沢潟さんは「頑張れよ」とだけ俺に残して通信を切った。
「もう少し調整に時間がかかってる。はやる気持ちは…」
「分かってますよ」
新たなデータが続々と記録されていく、
「これって…」
「ああ、法律違反だな。超法規的な件だから多めに見てもらっているようだから、他人に言うなよ。どこかへのアップロードも違法だ」
「そう…ですね」
今回の改造では最新鋭の兵器や人間を壊すために必要な知識が搭載される。人一人に対してはおかしいくらいだ。
「過剰じゃないですか?」
「過剰なくらいでいいんだよ。君は彼女を完全に押さえつける必要があるかもしれないからね」
「ありがとうございます」
桜島さんは運転席から離れ、タブレットで俺の情報を確認している。
俺の礼の言葉を聞くと、彼はピタリと動きを止めた。
「どうして私はこんなことをしていると思う?」
頂いたデータによると、彼は戦闘員ではなく研究者だ。
こんな場所まで来て一般人の俺を改造する権限は勿論ない。今更ではあるが、このレベルの装備は法律で定められたラインを大きく逸脱している。
俺には彼がここまでする必要があるのかどうか、その理由を推察することは出来なかった。
「分かりません」
「これは一度、杜若君に言ったのだけどね。私は正義の科学者面がしたいんだよ。私は今まで、私のやれる分野で人を救ってきた。が、刺激が足りない。いくら褒められようが、満たされなかったんだ」
彼は俺の前でうろうろと歩き回りながら声の調子をどんどん上げている。
「それで、その刺激を求めて今回の件に首を突っ込んでみた。するとどうだろう。素晴らしい景色があった。君が一方的に化け物とも例えられる存在を圧倒したあの瞬間」
子供のように目を輝かせていた彼は、調整が完了したことも気づかずに彼自身のことを語っていた。
「アレは素晴らしかった。あの時私は思い出したよ。私がやりたかったのはこんなことだってね。派手に、機械で、豪快に奴らを倒したい…!」
「あの…いいですか?」
オレの言葉に、彼は自分が語りすぎたことに気づきタブレットに死線を戻した。
「ああ、すまない。ただ最後、一つだけ言わせてくれ」
車両後部の扉がゆっくり開く。
暴走しかけている能力者だ。風貌に拘る必要はない。
二つの手と二つの足以外は化け物と呼ばれても構わない。
状態はパーフェクトだ。いつでも動ける。
「ありがとう。私の理論を、私の願望を、私の忘れていた夢を、実現させてくれて」
「どうもです。貴方、マッド側ですね」
調整中に共有されたデータによると、競技場のグラウンドに彼女を誘導するらしい。最新の装備と新たなデータを加えたオレは空へ高く飛び上がる。
禍々しい近代の鎧に現代の装備を備えた人形は、運命の元に向かって行った。
『こちら杜若・椿ペア、これより競技場に入ります』
国立競技場の入り口前にある門を飛び越えて、ドアに向かって走って向かっていると、一人の男が俺たちの行く手を阻んだ。
たった一人の柚季派幹部が腰を少し落とし、両腕はぶらん、と下げた姿勢で俺を眺めている。
「クイナ、先行ってくれ。こいつは俺の客だ」
「分かった」
彼女の姿が消えてから奴は初めて口を開き始める。
「君に、会いたかったよ。杜若リツト」
「俺は会いたくなかったよ」
何故ここに、という問いは考えない。
後からいくらでも聞き出せる。
「ま、そうかもしれないな。だが、君は私の大切な家族ともいえる部下を追い詰めた」
彼は懐から俺の良く知るものを取り出した。
「お前…」
俺の驚く表情を見てニヤリと笑う。
「これは君の父から譲り受けたものだ」
明らかに、それは超能力を強化するための枷であった。
資料で見たことがある。アレは、旧型の手錠タイプの枷だ。
「これを使って」
右腕に一つ目の輪を嵌めた。
俺は何としてでも奴の力を強化させないために、電気で体を強化して一直線に突撃したが、その動きは読まれていたのか躱されてしまう。
「君を、作品にする」
左腕に輪が嵌められる。
すぐに右手に銃を形成して引き金を引くが、電気の弾丸が発射される頃には目の前にはいない。
しかし、かろうじて俺の目は奴の動きを捉えていた。
ナノマシンを変形させている余裕はない。背後に移動した奴へ銃身を振りかぶると奴の振りかぶっていたナイフと鍔迫り合いになった。
奴は高速移動で俺と距離を取って、手錠の鎖を引きちぎる。
「さぁ…」
上腕部をナノマシンで作った甲冑で覆い、さらに銃と銃剣を付けて、余ったナノマシンは装甲へ回す。
恐らく、この戦いでは一々ナノマシンの形態を変えている余裕はない。
なので、汎用的かつ攻撃力の高い形態を維持したまま戦うしかない。
「行こうかあああああああ!」
奴はひとしきり叫んだあと、こちらに迫って来た。
速度はまるでライフル。
能力発動中の動きに対応するのは間に合わない。
だから奴が能力を発動させる直前の動きから、動きを予測して拳を振りかぶる。
防御はナノマシンに任せて刃を受け止める。
「あの恐怖を君で再現させてくれ」
「そんなもの作らせねぇよ」
どうせどこかにマシンガンのパーツを潜ましている筈だ。そこは警戒しておいていい。
ナイフを受け流してから、電気で強化した体で殴り合う。
奴の速度の攻撃をしっかり見切って防御してしまったら、一方的に嬲られる。
目に入った敵を殴ることに集中しなければこちらの攻撃さえも当たらない。
クロスカウンターで顔面を殴ると、互いに数歩距離を取る。その瞬間に電気の衛星を四つ顕現させて辺りに浮遊させた。
これで奴の攻撃箇所は限定した。
しかし、奴のスピードは脅威だ。いくら限定したところで不利なのは変わらない。
それを覆す手札は既に伏せたが、時間が発動するまでには時間がかかる。
それまで俺は奴の猛攻を耐えなければならない。
いつマシンガンを取り出すかも分からない。
依然として俺は不利だ。
リツトと別れた後のクイナは、競技場天井に上って双眼鏡を使って鎧の姿を探していた。
彼と柚季幹部は彼女とは逆の位置で戦っている。他の柚季派が攻めてきたとしても、公安の方々が抑えてくれることになっている。
彼女に任せられた役割は単独で鎧を撃破することだった。
「お、いたいた」
東京駅付近の地下にある本部から約五キロ。
彼はそこまでの距離を走って来たようだ。いつの間にか銀の鎧を着こんで、並々ならない殺気を放って走っている。
(気合、入れよう)
あらゆるものを踏み倒し、一直線に。
私には目もくれず、グラウンドにいる彼女を殺そうとしている。
彼は競技場の壁に銀の剣を伸ばして突き刺し、彼自身の体を引き寄せてこちらに迫ろうとしている。
『椿です。投下、お願いします』
上空から彼らを見ていたドローンから直方体の鉄塊が彼女めがけて発射された。
新上は経路の先にポツンといる人間のことは何とも思っていない。道に生えている雑草と同じで、ただ何も考えずに踏みつぶすものと捉えている。上空から目標に奇襲をするために、勢いに任せて空中に飛び上がる。天井にあった雑草には目にもくれない。
その意識もしないただの風景が牙を剥いて襲い掛かって来た。
鉄塊は新造した異能局用の装備。
機械科学のスキルより、のスペシャリスト、桜島キイチ新作。
所有者の脳波によって形態を変え、あらゆる戦況に対応する全距離対応汎用兵器。
その名も『星砕き』。
峰にブースターを付けた巨大な片刃の剣が、鎧を四階の観客席に叩き落とした。
被害は後で治せるからある程度は許容するというお達しは出た。
この装備の性能調査のためにも、派手に暴れてしまおう。
「誰だ、お前」
「誰でも良いだろ」




