トリック-暴走-destiny
俺とクイナは新宿駅前でウィロー君と川凪さんをある程度離れた場所から追っていた。
勿論、腕時計は起動して、ナノマシンのコートを羽織っている。
彼らが人目に付きやすい場所をデート場所に選んでいたからか、柚季派のメンバーがこちらを襲ってくることはなかった。
彼らはここにいる一般の人々と変わらずに、群衆の一部となって歩いている。
俺はそれが嬉しかった。
事件に巻き込まれはしたが、彼らはまだ溶け込んで笑える場所に居る。
『杜若、椿!』
内田さんからの緊急の連絡が届く。
『なんです?』
『鎧が逃げた。君たちどちらかに追って欲し『すいません!』
俺とクイナは内田さんが話す途中にそれを無視して走り出した。
たった今、クイナが川凪さんに対して悪意を持つ二つの存在を感知したからだ。
この人の目が集まるこの状況で、彼らが動き出すとは思えなかったが、動いてしまったのなら仕方がない。
『君たちの右から奴らが来る。反対方向に歩いて逃げて』
走ってしまうと、敵意を示す二人が刺激され、周りの一般人に危害が加えられるかもしれない。それだけは避けなくてはならない。
敵は二人、真っ直ぐこちらに向かってきている。
クイナはウィロー君と川凪さんに忠告をしてから敵たちの背後に回るように移動し始めた。
『二人はリツトに興味があるみたいだから、私があの二人を抑える。能力は多分洗脳だから気を付けて』
(このタイミングで洗脳か)
『任せた。能力を発動させる前に仕留めろよ』
『承知』
俺は彼女らと敵二人の間に挟まるように駆け足で移動する。
(来い、来い、気づくなよ)
立ち塞がるように立って敵二人を睨みつけ、俺自身の存在をアピールする。
唾を飲み周りからは分からないように戦闘態勢を取る。
そして、俺を察知した敵二人が歩みを速めた瞬間、クイナが改造した彼らを不意を打ってスタンガンで気絶させた。
『これ、すごいね。改造スタンガン』
彼女は倒れる二人の腕を掴んでゆっくりと地面に下ろす。
『まぁ、その二人が弱かったのもあるけど『リツト、彼らの目の前に敵!』
余りにも唐突な情報だったので困惑で思考が真っ白になった。
ただ、動かない理由はない。
振り向き出せる全力を使って走り出した。
人ごみをかぎ分けて確実に狙える射程圏内に入った瞬間に電撃を飛ばして、その敵の意識を奪って彼らに駆け寄った。
「二人とも、大丈夫か⁉」
「ヒカリさん⁉」
『リツト、川凪さんの動きを…』
彼女の忠告が聞こえた途端、川凪の様子がおかしくなった。
その場に両膝を着き、虚ろな目で口を薄く開けている。
ウィロー君は彼女に反応するように呼び掛けたり、背中をさすったりしている。
まるで洗脳にかかってしまったかのように、ピクリとも動かなくなってしまった。
(どうして気づかなかったんだ?)
彼女が気づいたのは敵が目の前に来てからだ。
彼女の索敵範囲ならばもっと早く存在を確認出来ていたはずだ。
それに現れたあの敵の能力は恐らく洗脳。
(クソ、洗脳使いは一人だって思い込んでいた…!)
「………………………………………………………………あ」
川凪がポツリと言葉を漏らした。
言葉を発してくれた嬉しさを感じた瞬間、彼女はウィロー君の首を思い切り鷲掴みにして彼の肩を口元まで寄せた。
彼女が他人に危害をくわえるかもしれないという可能性を目の前にして、躊躇わずに電気を流そうとした途端、自然と霧の中に消えるように、彼女を視覚出来なくなった。
「…能力の、暴走か?」
明らかに把握していない能力が発現している。
あの洗脳のせいで仕向けられたのだろう。
辺りの人間は違和感に気づかないほどの自然さがあった。
『洗脳で隠したのか!』
無線にクイナの呟きが響く。
俺たちは奴らに上手く騙されてしまったようだ。
恐らく、柚季派の二人洗脳使いは事前に片方を洗脳して二つの命令を下していた。
一つ目の命令は『超能力者としての記憶を無くす』こと。
二つ目は『この場所に居合わせる』こと。
さらに、洗脳の能力が『能力者が意識を失ったら洗脳が解除される』という仕様なのだろう。
だから、彼女らの前にいるまでに敵意を発せずに立つことが出来た。
そして能力が解除された瞬間に使命を思い出し、彼女へと洗脳をかけた。
「クソ!」
まず把握すべきは川凪さんの場所だ。鎧が逃げたという情報もある。すぐに合流しなければ、彼女を守ることは出来ない。もし能力が暴走させられているのなら、彼女がそのまま能力に飲み込まれて戻れなくなってしまうかもしれない。
念のため彼女に持たせていた発信機の反応もない。
「杜若さん!俺、彼女の場所、分かります」
どうしようかと考えを巡らそうとしたその時、ウィロー君が一つの希望の光を示す。
「首を掴まれた時。競技場の屋上で待ってると」
『杜若、椿、すぐにリカバリーするぞ!ウィローには…』
内田さんが指示を出そうとしたその時、無線に無断の介入によるノイズが入る。
『私にもちょっと、一枚噛ませてくれないかな?』
その声の主は桜島さんだった。
オレは一度きりの運命とも呼べる絶好の機会を、この能力のせいで踏みにじりかけてしまった。
そのことが、怖くて怖くてたまらない。
どうにか霧化を解いて、暗い夜道の脇によってだらりと倒れて座り込む。
やっとの思いで、この力と向き合うことに、決心がつき始めたというのにそれが今崩され始めている。
今も内から湧き出る本能が私の理性を押し潰さんとしているようだった。
それにウィローの首を掴んだあの瞬間、あの時のオレは完全に自我を失っていた。
──血が欲しい。
──人を貪りたい。
血。血。血。血を寄越せ。
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このままでは、私に殺され、訳の分からない化け物だけが残ってしまう。
それは、駄目だ。それだけはダメだ。
止めてくれ。
やっと上手くいきそうなんだ。
やっとこの力と付き合っていけそうなんだ。
やっと、彼を見つけたんだ。
誰か助けて。
「君が、川凪…………んだね」
その時、一人のサングラスをかけて茶色の鞄を持った男が警察手帳を見せながら私の前に現れた。
彼は私の前に片膝をついて語りかけてくる。
「警視庁の鵲……だ。少し、……かな?」
名前は聞き取れなかったが、彼が見せる警察手帳には鵲レンと書かれている・
「せ、先輩!」
彼を先輩と呼ぶ女性もここに駆け寄ってきた。
「ああ、私…内田…………の話を聞……来た。…の味方だ」
本能を押さえつけてなんとか言葉を聞き取ろうとするが、それもむなしく部分的な内容しか分からない。彼が来てから急に本能が暴走し始めている。
私の気分を察した彼は持っている鞄から輸血パックを取り出してそれを投げてきた。
腕を伸ばしてキャッチして、貪るように飲み干す。
すると、視界が開けて彼の声も聞こえてくるようになった。
「輸血用のパックだ。それに一時的だが、能力を鎮静させる薬品が入っている…らしい」
「らしい?」
彼のどうにも自信が持てなさそうな言葉が疑問に思えた。
「私も急なことで混乱しているんだ。君は超能力者なんだろう?」
彼は勘ぐるように私に問うてきた。
「まぁ、そう…ですね」
「そうか…やはり、そうだったのか…」
彼は顔を下げて噛みしめるように言ってから、ゆっくりと顔を上げた。
「それで、君。力の使い方に悩んでいるようだね」
「まぁ、そんな感じです」
「ストレスの解消法、知ってるか?」
「スト…レス…?」
この人は何を言ってるのだろう。
ストレスなんてものじゃないだろう。これは。
れっきとした破壊衝動である筈だ。そんな。ストレスなんて、一般的なものではない筈だ。
「そうでなくてもそう思え。ああ、ひどく強引な方法だな。それは分かってる。まだ、国は動けていないようだしな」
もう何も考えられない。
余計なノイズを与えてくれたせいで、思考がさらにおかしくなっていく。
黙れ。黙れ。黙れ。
───こんな奴。殺してしまえばいい。
静まっていた本能が顔を見せ始めた。
手がゆっくりと伸び始める。目の前の愚か者を殺すために。
それを見た彼はニヤリと笑って逃げ始めた。
煽るだけ煽って笑って逃げた奴に、私は、オレは、心の底からの敵意が湧いた。
「…待てよ!何してんだよ!」
奴はオレの制止も聞かずにどこかへ逃げていく。
「オイ!オイ!オイ!」
叫びもむなしく、彼は俺の視界から消えていった。
「待てつってんだよ!コラァ!」
奴は観客席から飛び降りてグラウンド中央に向かっている。
そこまではこの耳で聞ける。
すぐさま霧となって奴の目の前まで移動した。
「すごいな。それが、能力か?本当に興味深いな」
「もう黙れよ。不愉快なんだよ」
それでも奴は私のことを笑っている。
───こんな奴くらいなら、殺してしまっても、構わないのではないか?
本能が囁いた。甘美な音色のソレは、俺の理性と融合していく。
まぁ、こんな奴なら───
──殺しても、
その時、オレの元に運命が着陸した。




