誰にでも悲しい過去の一つや二つはある。
怪物は倒されるべきだ。
そう思ったのは私が小さい頃、第一の親から頬を殴られた時のことだった。
『なんで壊した!言ってみろ!』
答えられない。壊した理由が『分からない』からだ。こんなことを言ったらさらに殴られてしまう。だから、黙っておくしかない。
殴られ倒れた俺はそのまま殴られ続ける。
目の前には俺が壊したソファ、机、イス三脚、ホログラム装置の破片が転がっていて、凶器の歪に歪んだナイフが転がっていた。
第一の母はこの状態を見ている。
ただ、見ているだけだ。
何もしようとしない。まるでグロテスクな動画を見ているような表情だった。
「おい、言えよ!早く!おい!」
ズン、ズン、ズンと腹部に衝撃が走る。
ここで衝動を漏らしてみたらどうなるのだろう。
楽になれないだろう。漏らしたところで暴行は続く。
ここでずっと黙ってみるとどうなるだろう。
恐らく、彼の怒りは全て俺にぶつけられる。
ただ、俺の中で彼らの行動の原因はハッキリと分かっていた。
俺は化け物だからだ。
これは自分が可哀そうだとか、慰める言い訳ではなく、ただの事実である。鉄を意のまま、どころか無意識に操り、危害を加える人間が化け物でない筈がない
仕方なかった。と、受け入れるしかなかった。自分はどうしようもない化け物であることを自覚して、粛々と生き続けて死ぬしかないと、考えていた。
そんな俺にも一度、転機と呼べるものがあった。
確か俺が五つの時のことだ。まず異能局の人間が、ほとんど外に出たことがない俺を見つけ出し、外の世界へ連れ出した。
「よぉ、元気か?」
彼は突然、俺の部屋の窓を蹴破ってこう言い放ったのだ。
当時の俺には、それは春の日差しのように温かく見えた。
「元気じゃ、ないです」
杜若カリムと名乗るその男は、熟練の誘拐犯のような手際で俺を連れ去った。
そこから第一の両親、とも呼びたくない奴らは児童虐待で逮捕されて、俺は第二の両親、である里親たちに育てられることとなった。
幸いなことに彼らは俺の能力に対して深い理解があった。何故なら彼らも俺と同じような境遇だったからだ。
彼らは俺に能力との接し方を根気強く教え導いてくれた。
「行ってきます」
十五になる頃には化け物としての牙や爪の使い方を覚え、ごく普通の青年の皮を被れるようになっていた。
普通の人間に化けられるようになったからこそ、中学時代には友人も出来た。力を制御できるようになれば、人と接することも可能だ。超能力者という化け物のような存在でも市井で生きていけると感じることが出来た。
その時の俺は、一般的な意味での充実した時間を過ごせていただろう。
ごく普通の生活に慣れて余裕が生まれ、今度はこの力を誰かのために役立てたいと思った。
そのことを里親の二人に伝えると、二人は喜んでそれに応えて異能局と連絡して、カリムからより実践的な能力の使い方を教えてもらった。
そしてある日、その力で俺は里親の二人を殺してしまった。
───え?
あの時の光景は今での脳裏にこびりついている。
暴発は夕餉を取るあの時に起きた。
目の前の食卓は血で染まって、温かった彼らが冷たい肉塊となった。
あれは力の暴走、だとしか表現できなかった。
突発的に二人を殺した。
訳もなく、衝動的に、人殺しをした。
その時、自己への恐怖で一杯になった。
こんな生き物生きてはいけない。
明らかに、人類へ危害を加えている。こんなものは生きてはいけない。
「それで、どうする?」
しばらくした後、血で手が染まり罪を背負った俺に、奴は、杜若カリムは真顔のまま語りかけてきた。
「どうする?新上タクヤ」
こんな悲しい化け物は、殲滅するべきだ。
そこから、俺の使命は『危険な能力者を殺し、最後に自分を殺す』こととなった。
最初は異能局から抜けたカリムから指示を受けて殺し、後から自分の意思で化け物退治を行うようになった。
「あの…あの人…」
「周りには言うなよ。杜若カリムが元異能局ってのはトップシークレットだ」
「そそ、そうなんですね」
夜も更けた頃、沢潟は記憶を読み取れる異能局所属のショートカットの女性の能力者と共に、意識がない新上タクヤを尋問していた。
「それにしても、かなりひどかったですね…。人を殺してはいますが…」
彼女はキリの良いところで頭の装置を外して休憩している。
「どうやら、実際に恐怖を感じた能力者を標的にしているみたいだな」
「だから昨夜は沢潟さんが集中的に狙われていたんですね」
その言葉が少し気になった彼は彼女に問うた。
「葵花、俺って怖い?」
「目つきと態度が悪いです。初対面だとビビります」
「マジかー!」
セリフは驚いているが、表情や声の調子で驚いているようには見えない。
彼自身自分の風貌についてはある程度自覚している。
彼女は新上の頭を掴んで記憶を読み取っている。さらに、特殊な機械を被って巨大な機械につないで新上の記憶を映像化している。
「えぐいな。こいつ二十人は殺してる」
彼女は新上の記憶から異能局に照合できるデータがあるかどうかを解析していた。
「虐待について…該当する情報は、ないですね。これ、逮捕から里親紹介までカリムが勝手に異能局の名前を借りてやってますね」
「ただ、無断使用とはいえこの頃の奴は異能局時代のカリムだ。アイツ、この時期から手を回してやがったのか」
かつての杜若カリムは異能局に所属していて、その能力を使い様々なことに貢献した。しかし、彼は突然裏切ってリラシオに下り、杜若派の幹部となったという経歴がある。
そのため異能局はカリムの未来視の条件をある程度知っており、それを活かすことで彼の自由を奪ってきた。
「裏切った直後の奴についてより知れるかもしれない。続き、頼む」
「勿論です」
彼女は一度深呼吸をしてから髪を耳にかけて、記憶をさらに探り始めた。
「そういえば、なんで監視が手負いの俺だけなんだ?いざという時に傷開くぞ、これじゃあ。足利さんはどこ行った?昨日はこっちに参加してくれたよね」
「別の仕事ですよ。本格的にリラシオ殲滅の準備に入るんだそうで、第一部隊は全員駆り出されています。今、異能局は輪をかけて人手不足なんです。それにしても、よく動けますね。沢潟さん」
「まぁ、現代医学薬学のお陰だな…。そういえば、あのテレポートも第一だったな。…あれ、結構迷惑かけた?」
「しょうがないでしょう。このレベルの強さの能力者、そんなにいないんですから」
「ならいっか。…いや、良くねぇや」
彼が両腕に枷を掛け拳銃を天井に向けた途端、その天井が崩れた。
「奇襲したいなら地味に来いや!」
新上の仲間が地面を掘ってここまで突入してきたようだ。
新上の記憶の中にいた彼の同胞が顔を揃えている。
(数はピッタリ十人か!)
「どうして場所が!」
「んなもん、カリムが知ってる!」
このタイミングなら攻められるなど唆したのだろう。
『沢潟!何が起きた⁉』
『侵入者です。数は十!目標は鎧の奪還!』
葵花が無線を通して内田に報告した。
鎧を守りつつ全員を制圧するという案もあったが、内田は沢潟がさらに傷を負うのは避けたかった。それは近い内に行うリラシオ殲滅戦への戦力温存のためである。
『沢潟、鎧は逃がしていい。そこの十人は確実に捕まえろ』
『どういうことだ?』
『アンプルの効果は一週間続く。さらにあのダメージ。今の鎧は脅威ではない』
柚季派の幹部とその残党ならば、ノーリスクでその全員を捕まえられるが、手負いだとしても鎧が相手に回るなら話が変わってくる。
内田はとリツトとクイナに護衛対象をまた核シェルターで保護することを決意した。
『んじゃ!十人食い散らかしていいんだな!』
指示を受けた彼は解き放たれた猛獣のように地を這うような低姿勢で、目にも止まらぬ速度を以て一匹目の獲物を蹴り飛ばした。
『葵花、別の隊だが、今回は指示に従ってくれ。内容はその器具の防衛だ。それも制圧作戦で使う。何があっても絶対に破壊させるな』
『了解』
メンバーの内容は手ぶらが五人、銃器持ちが五人という状況だ。
沢潟は最初に銃器持ちの内の一人を襲っていた。
手ぶらの能力者の三人はすぐに鎧の能力者へと駆け寄っている。さらに、残りの二人は装置を破壊しようとしてか、葵花に襲い掛かっていた。
沢潟は蹴飛ばした相手を掴んで身代わりにし、一瞬引き金を引かせるのを躊躇わせた隙に、銃弾を撃ち込んで彼らの動きを止める。
その頃には、新上の拘束は解かれていて意識も戻っており、すぐに彼はどこかへ消えた。
先ほどまで彼に触れていた男の能力だろうか、と沢潟は推察した。
彼はその間に彼を取り囲んでいた、火器を持った五人を全員制圧していた。
「ガハハ!手負いのバケモンだぜ。覚悟しろよ!馬鹿共!」
彼は血を吐き出しながらも、全快時とも遜色ない、刺すような殺気を放ちながら、手ぶらの五人に向かって走り出した。
口ぶりがっぽいですね。
カリムは昔からどこかしこに首を突っ込んでいたので他のキャラからの不信感は基本的に高いです。
例外は身内や近しい部下(新上など)くらいでしょう。




