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偽りのピースキーパー   作者: 新川翔
化け物とヒト
37/50

映画を見る。市井を見る。


 『映画館で映画を見るという行為』


 この行為はサブスクリプションの隆盛によって、流石に衰退してきた。しかし、企業の努力によってその文化が無くなったわけではない。


 事件が終わり柚季派の三分の二は拘束され、他は散り散りとなり、次の日、ウィロー君は欠損した部位の修復を終えて、川凪さんとデートをすることになった。


 最初は映画に行くらしい。


「はい。3番の劇場です」


 そして俺はたった今、彼らが見る映画の半券をむしった。


『怪しい奴は、今の所なし』


『了解』


 俺は映画館のスタッフに扮していた。

 今日の仕事は彼らの護衛だ。


 別の場所ではクイナがカメラを通して見張りをしている。

 俺たちの狙いは、散り散りになった残りの柚季派の人間たちを少しでも捕まえることであった。もしまだ、柚季派の中で『川凪ヒカリを捕まえる』という命令が撤回されていなければ、彼女はまだ狙われている立場であるからだ。


 しかし、個人レベルで行動している柚季派の全員を捕まえきるまで、彼らをいつまでも閉じ込める訳にはいかない。


 この作戦は昨夜の作戦がひと段落した後、マモルさんが川凪さんに提案したものだ。


「君に、とある話がある」


 彼は俺と沢潟さんの装備を借りて核シェルターに入ってすぐにこの話を持ち掛けたらしい。


「この事件が終わっても、君は狙われ続ける可能性がある。何故ならリラシオは一度狙った相手をひどく執着する。実際杜若にも、結構そういう輩が現れているらしい。私たちも一つの事件に人員と時間を割かれるのは勘弁だ」


「つまり?」


「囮作戦だ。勿論、リスクがある。もし、合意してくれなければ、逃げ回る柚季派が全員掴まる、もしくは命令が撤回されるまでここで過ごしてもらうことになる」


 川凪さんは考える様子を見せてからこう答えたらしい。


「…私をこのまま開放するってのは、ナシですかね?」


「ナシだ。一般人の君がこちらの観測下にありながら、危害が加えられるということはあってはならない。相手はテロリストだ。どんな手段を使ってくるか分からない。だが、こんな我々の身勝手な主張だ。断ってもらっても構わない」


「いえ、大丈夫です」


 そこから彼女は即答だったそうだ。


「明日、デートするんで、その護衛をお願いします」


 

『彼ら、何の映画見るって?』


『アメリカのヒーロー映画』


『へー、意外。否定するつもりもないけどさ。面白いし』


 クイナのいる部屋まで移動しながら話を続ける。


『リツトって映画見たりするの?』


『ま、結構暇だからな。ちょくちょく見てるよ』


『へー、どんなの?』


『色々見てたりするけど、この前見たのはペットの感動するやつ。しみじみしちゃったよ。ありきたりだけど、それがいい』


『そうなんだ…』


 彼女は通信の先で感慨深そうにしていた。


『ん?大丈夫か?』


『大丈夫。大丈夫だってば、嬉しいだけ』


 通信を切ってから彼女のいる部屋の扉を開ける。


「なんで?」


「教えない、私だってプライバシーってのはあるし」


「いやいや、それはフェアじゃない。俺はお前に感情を赤裸々にぶつけてるんだ」


 彼女の左隣の席に座って、彼女と同じ光景を見る。


「…それもそうか。いやね。あれだけ殲滅一色だったのに、こんなに余裕を持てるようになったのが、嬉しいの」


「はは。それはちょっと違うよ」


 カメラの映像を見ながら彼女を訂正する。


「え?」


「今もアイツらは憎いよ。感情はその…『殲滅一色』だ。いや、殺す気はないけど」


「あー、そういうことね…」


 俺の訂正に彼女は急に納得したような素振りを見せた。


「これから説明するつもりだったのに」


「あ、そうだったの?ごめん」


「いや、別に謝ることじゃないよ。で、知ってるってことは、前にもこんなケースがあったのか?」


「あった。それは、時として感情は矛盾するってこと。ケースバイケース、なんだけどね。やっぱり一つのことに執着しにくい性質なんじゃないのかな。人間って」


『感情は矛盾する』

そんな言葉に心の靄が晴らされた気がした。


「そうだな…。心を読む能力も万能じゃないんだな」


「そういうこと。その時思っていることしか観測できないんだよ。どうしてそういう考えに至ったのかは、この目をもってしても分からない」


「もどかしいよな。目の前にどうしても分からないことがあると」


 同調すると、彼女はさらに会話のギアを上げる。


「それ。それとなく推察をしようと思えばできるんだけど、それが真実とは限らないし」


「犯人の動機と犯行手口を教えないミステリーって感じかな。…クイナってミステリ読んだり、それこそ映画見たり」


「うん。超大好きだよ。ミステリー。ま、本の方だけど」


「へー、なんで?」


「一つの答えが提示されることが多いから。楽でしょ」


 確かに、普段は枷で制限しているとはいえ、人の感情というモノに晒され続けている彼女には、明確な回答を提示する創作物との相性が良いかもしれない。


「ズバッと真相を明かすの、多いしな。今度、おすすめのやつ教えようか?」


「いいの?ありがと。暇なときに見るよ」


 そこから、互いにカメラの映像を注視し始めた。

 そこから十分ほど経ってから、彼女にまた話しかけた。


「例えばさ、俺の感情、その理由までは読めないってこと?」


「あー。そこの因果はだいたい分かる。リツトは例外。ポーカーフェイスな君の感情の、その経緯くらい分かるから」


「嬉しいね。俺のこと分かってくれる人がいるのは」


「まじか~。『俺に理解者などいらない』ていうタイプかと思った」


 彼女は意外に思ったそうで、カメラの映像には目を離さないものの、驚いた声色になっている。


「俺だって人間だよ。理解者は欲しい。クイナがいてくれて嬉しいよ。ありがとう。できればこのまま一緒にいて欲しい」


「…嬉しいこと言うね」


 そのまま会話が終わってしまった。

 そして今の発言を省みる。


 そして、俺が相当恥ずかしいこと言ったことを自覚した。

 それに、話の話題が完全になくなった。さらに、この羞恥も彼女には晒されている。


「…」


 取り敢えず、気分を紛らす為に、カフェオレを飲もうと右手前にあるペットボトルに手を伸ばす。


「「あ」」


 彼女も同じペットボトルを掴んで離さない。


「いや俺のだよ。これ」


「いいや、これ、私の。ほら、私左利きでしょ。それで、このペットボトルは左手前にある。つまりこれ、私の」


「それを言うなら、俺は右利きだから、右手前に飲み物があるのは何ら不自然じゃない」


「そもそも、買ったの、このカフェオレなの?」


「ああそうだよ。いつもはコーヒーだけど、今日は気分が変わった。というか、もし俺が嘘をついているとしたら、それは見抜けるもんじゃないのか?」


「さっきも言ったけど私が読み取るのは『リアルタイムの感情』。勘違いしていたら、嘘ついてるっていう感情は出ないでしょ。それで、今のリツトは勘違いしている状態。つまり、真実は分からない」


 ペットボトルが誰のものであるかを証明できないということだろうか。

 ただ、俺の記憶には、映画館バイトをやる前にこの部屋でそのカフェオレを飲んだ記憶がある。


「分かった。それじゃあ、ど、どうしろってんだ…?」


 二人でペットボトルを掴んだまま、また沈黙が始まる。


「…やるよ」「…あげるよ」


 二人が譲ったことにより、なんだかんだで、備品の紙コップでそのカフェオレを分けて飲むことになった。


 そしてこの一連の、カフェオレ騒動を、俺はくだらないなと思った。



 映画が終わった後、ウィロー君と川凪さんは映画館の入っている商業施設にあるカフェで感想を交えながら歓談していた。

 対して俺たちは彼らの後ろの席で辺りを警戒している。

 今のところ、本部からの連絡はない。


『怪しい奴は?』


『いない。結構ピリピリしてるね』


『まぁ、ね。ウィロー君戦ったんだろう?彼にはこれ以上戦って欲しくないんだよね』


『死なせたくなってこと?』


『そういうことだ。彼はまだ実戦経験が薄い。それで準幹部相手に一勝。今の彼は、戦う人間としてはあまりいい状態じゃない。と俺は思う』


 俺はコーヒーにガムシロップと砂糖とコーヒーフレッシュを入れ、かき混ぜながらクイナに彼が危ない訳を語った。


『彼の型式、J23-4576。桜島さんによると彼の精神構造や感情プログラムは人間に近いらしい。それで、これは持論なんだけど、殺し合いにおいて勝ち星を挙げた人間は負けやすい』


『初耳。実際そういうデータとかあるの?』


『ない。けど、俺及び俺の周りがそうだった。まだ自分が勝てるかどうかの観察眼が育っていない。だから、勝てない相手にも戦っちゃう、かもしれない』


『それなら、彼が戦わないように立ち回ろうか』


 さらに、まだ懸念材料があるとすれば、まだ洗脳の能力者をこちらが確保していないということだ。洗脳の程度や条件については未知の部分が多いが、洗脳という能力自体は非常に強力で、その一手で戦局を変えかねない。






「好きなんですね。ヒーロー映画」


「どうしてだと思う?」


「…アクションがすごいから、もしくは解決するからですかね」


「お、よく分かったな。その通りだ。『問題が解決するんだよな』映画の中で、いや、他の映画もどうなんだが、派手な方がいいだろ。こういう空想は」


「そうですね───」





 彼らは談笑してすっかり二人の空間に入っている。


『クイナ、感情って矛盾するんだよな』


『ん、そうだね』


 元テロリストとして見られかねない俺でも、他人のために戦える。

 機械のようになろうと思って活動していても、結局休んだらする。


『…よし、ありがとう。気持ちの整理がついた』


「良かった」


 彼女はこちらに期待と羨望の眼差しを向けている、ような気がする。

 矛盾が心のどこかで引っかかっていた。

 俺は助けた彼らの笑顔を見て、『もう血を流させなければそれでいい』という自己満足のためでだけではなく、彼らのためにも戦いたくなっていた。


「ああ、これで心置きなく全員潰せる」


 心の中で、今までテロ組織のような場所にいた人間が、そんなことを望んでいいのかという沈殿物があった。


 実際、そんなことを望む資格はないのかもしれない。ただ、それでもその願いを押し通すことにした。そんなことで悩んでいたらいつかこの重りが本当の足枷になる。


 この程度の矛盾を受け入れずに進めるはずがない。


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