歪な日常を過ごしていた
川凪ヒカリについて調べることにした警察官たちは、行方不明者届を出した友人と直に会うことにした。届を出した友人とはすぐに連絡が取れたので、喫茶店を指定して、すぐに話を聞くことにした。
「今日は時間を取ってくれてありがとう」
「いえいえ、そんな」
「それでは…「あの子はどこにいるんですか?」
彼女と向かい合うように座っていた鵲は、突然胸倉を掴まれた。
「な…?」
机に膝で乗っかって、明らかに無理のある姿勢で川凪ヒカリの友人である村田という女性が迫っている。
「ちょっと、村田さん⁉」
彼の隣に座る泥花が制止しようとするが、全く聞こえていないようだ。
「どこって聞いてるんだ!あの子は、今!」
目が、イかれている。
目を間近で見た鵲はそう考えていた。
彼は彼自身の仕事を通して、様々な人間を見てきた。
情熱をもって殺人をする男、劣情がこじれて殺した女、未熟さゆえに盗みを働いた少年、禁忌に魅せられた少女。噛みつきたがりの殺人鬼。また、それらをとりまく家庭環境、人間関係。
彼はこれらの事件を解決することによって、理論から外れた確かな勘を形成していった。
「こっちはもう、五時間は待っているんだ。国だろ!何やってんだ⁉」
そして、その勘が警報を鳴らしている。
この人間はおかしくなったタイプだ。
元からではなく、おかしくさせられた人間だ。
「事情がある。国も一枚岩じゃない」
話を聞く前に、嘘でもまずはこの子を落ち着かせる必要がある。
「…なんです?」
「情報が制限されている」
「先輩⁉」
泥花の嘘に対する驚愕も無視して話を続ける。
「だが安心して欲しい。彼女は必ず、オレが見つけ出そう」
「信用できないんですが…」
「なら、オレの名前を調べるといい。実績が出てくるはずだ。俺は警察庁警部の鵲レンだ」
彼女は鵲を掴みながら片手で携帯を操作して、俺についての記事を何個か見た。
「なるほど…」
彼は内心、相当厄介なモノに首を突っ込んだようだと、胸を躍らせている。
(友人と言える関係ではないな。もはや主従に近い。というより兵隊みたいだ。確かこの子はアンドロイドではないよな)
「疑ってすいませんでした。それで、ヒカリについての話ですよね」
村田はさっきまでの態度が嘘のような、穏やかな表情となって席に座り直した。
「…はい。そうですね。ヒカリちゃんについて、何でもいいので聞かせてください」
泥花は話に置いて行かれないように、メモアプリを起動しながら村田へ聞く。
「彼女はね…。名前の通り、私の光なんですよ」
その言葉に二人は身構えた。
「というと」
「いや、どちらかというと、『月光』ですかね?太陽みたいな子じゃないし」
泥花がより詳しく聞こうとすると、彼女は嬉々として語りだした。
「私、中学からの幼馴染?みたいな関係なんですけど、あの子はいつもはザ・優等生みたいな性格なんです。座る姿勢とか、所作が綺麗で特に目が綺麗なんですよね。でもある日突然、すっごくごっついピアスを付けたことがあるんです。いや、似合ってないって言いたいんじゃないんですよ。すごく似合ってたし、モデルみたいでした。ただ、余りに突然のことでびっくりしちゃったんです。あ、でも、学校では外してましたね。穴は髪で隠してました。別にヒカリちゃんなら許してもらえると思うんだけどな…」
ここまで、村田は息を切らさずに言い切った。
泥穴は彼女の光悦しきった表情に引いてしまっていた。
「それで、他にも聞かせてもらえるかな?」
鵲は村田が満足できるまで話させて、川凪についての情報を得ようとした。
そして彼らは一時間の間、村田の友人自慢を聞かされることとなった。
「疲れた…」
「正直、無駄骨だったな」
彼女と別れた後、冷めた飲み物に口を付けながら話し合っていた。
「マジですか?いや、きついなー」
「ああ、まさか一時間も拘束されるとは思わなかった。しかも手に入れた情報が少ない」
「ま、そうですね。あの話から川凪さんについて考えても、バイアスがかかりまくりですからね…」
ただ鵲は、村田の話す彼女の行動だけを切り取って考えると、川凪ヒカリという人間が、人が心酔してしまうように誘惑できる人間ではないような気がしていた。
「よし、もうひと仕事だ。泥花、お前は彼女の学校へ聞き込みをしてくれ」
「了解です。後で落ち合いましょう」
「すいません。警察です」
鵲は泥花と別れて、川凪ヒカリの家に行った。
彼が警察手帳を出すと、彼女の両親はすんなりと彼をリビングまで案内した。
「ヒカリさんについて話が」
「え…うちの娘が何かしましたか?」
彼が来た訳を説明すると。川凪ヒカリの両親は困惑した表情かつ、心当たりがなさそうな様子だった。
「彼女に行方不明者届が出ているんです」
「え?本当ですか?」
彼らはまるで見当がないようだった。
鵲はその彼らの娘が今どのような状況に置かれているのかを説明した。
「…それくらい。いいじゃないですか?」
それを聞いた父親の反応は予想外のものだった。
彼の隣にいる母親も同じような様子だ。
「あの子くらいの年なら、一日中どこか外出していても問題はないと思うんですが…。ほんの時々ですけど、今まで」
子供にどう過ごさせるかというのは、家族ごとに方針が違うものだから口は出せない。出すつもりも彼にはない。
ただ、鵲は村田のこともあって、この両親について懐疑の目を向けていた。
彼らも狂わされている人間ではないのだろうと、彼の勘が囁いている。
そもそも、今日は月曜日で、登校日である筈なのに心配もしていない。
「そうですか…。それでも、届が出された以上、調査をする必要があります。ヒカリさんについて少し教えて頂けませんか?」
そこから彼は両親から見た川凪ヒカリの情報を得た。
一時間ほどの聞き込みをしてから、丁度いいタイミングで切り上げた後、川凪家を出てから泥花に通話をした。
『どうだった?泥花』
『彼女の普段の素行自体は問題ないみたいですね。ただ、気になる点が一つ』
『どうした?』
『彼女が時々起こすおかしい行動について、気づいた上で何も咎めていないみたいなんです。村田さんがさっき言ってたピアスの話もそうですけど、校則で禁止されていることさえも、彼らは分かった上で容認、または肯定しています』
『…そうか。ああ、彼女の両親も同じだったな』
『やっぱり、ちょっとおかしくありません?』
『ああ、親だけじゃない。彼女を取り巻く環境自体が歪になっている。彼女の行動に対して悪感情が出ないようになっている』
川凪ヒカリのコミュニティにおいて、彼女の行った悪事は容認されている。
しかも、話を聞く限り、彼女はそれを悪事だと分かっていて、わざと行っている節がある。
『そうですよね…。でも、こんなことってあり得るんですか?』
『あり得ない。さらに、彼女の行動を考えても、その歪さは深まりばかりだ』
『ヒカリさんは、多分ですけど、悪いことを悪いと分かった上でやって、周りの反応を伺っているんだと思います』
『その通りだ。例えばピアスの件が分かりやすい。彼女の学校では派手なピアスの着用が禁止されている。この規則の是非はどうでもいい。彼女は規則を破り、学校は特に根拠もなくそれを見逃したという事実が重要だ』
『もし、彼女がカリスマを持っていてそれを正当化できるなら話は別ですけど、そうじゃないっぽいですしね』
『ああ、だからオレはこの推論に辿り着いた。…』
これらのことから導ける結論は、彼にとっては気に食わないものだった。
『勿体ぶらずに言ってくださいよ』
『泥花、お前超能力って信じるか?』
そう結論付ければ、このおかしな現象にも納得できる。
『…信じがたいですけど、そう考えた方が早いですね』
川凪ヒカリが生まれついてからの天才的カリスマを発揮することで、彼女を肯定しかしない国を作り上げたという可能性がごくわずかだけある。ただ、彼女が征服欲の高い人間であれば、試しに叱られるようなことはしないだろう。
鵲は、川凪ヒカリが不本意に洗脳のような超能力を発現させており、彼女の環境を狂わせているのではないかと考えていた。
彼女自身がいつ頃、環境におかしいことに気がついたかは分からない。
鵲は証言を基に、川凪ヒカリは自分の能力で苦しんでいるのではないだろうか、という仮説に思い至った。
(これは、正直妄想に近いが…)
そして、仮説を基に、彼女の行動の理由を導き出した。
(彼女は、悪い自分を罰してくれる相手を探しているのではないのだろうか?)




