偽物の感情
「待エエエエエ……エァァァァァ‼」
(嘘だろ!)
奴は俺めがけて、剣の一つを大きく振りかぶってから投擲した。
片方の銃を盾に変形して投げられた剣の軌道をずらした。
ただ、投擲物の衝撃は凄まじく、正面で受けてないのにも関わらず、俺は吹き飛ばされた。
その飛ばされた勢いをそのまま逃げに転用して、彼らの逃げた方向へ走った。
奴はそのまま俺の後を追って来ている。だが、この距離ならば追いつかれることはない。
(あいつは、人気にするタイプかな…?)
それを期待して振り返ると、もう奴はいなかった。
「あれ…?」
銃口を辺りに向けて、あの甲冑がどこにもいないことを確認してから肩の力を抜いた。
「あいつ、どこ行ったんだ…。あ、あの子たち!」
俺はあの甲冑から逃げていた男女のことが心配になり、彼女たちが逃げた方向に向かった。
しかしその方向には誰もいない。ドローンを使っても、上空からはそれらしき人影は三つ有らなかった。
「どこだ…」
『すいません。被害者に印付けてますか?』
『はい。被害者は車に乗って現在移動中です。どうやら、異能局の人間が預かったみたいです。現在地はここです。追いますか?』
ハスターさんから送られた座標を確認すると、走って追いつけない場所まで移動していることが分かった。
『一旦拠点に戻って追う準備をします。彼女たちが安全かどうかを確認したいので。追跡そのままお願いします。それと、乗り物の許可はこっちでやります』
『了解です』
異能局の誰かが既に保護をしているのなら、当面の間は安全を確保できるだろう。
ただ、不安が残る。
特にあの女の子は目がおかしかった。どうしてあんな吸い込まれるような目をしているのだろうか。あの赤い目が脳の中にこべりついてはなれない。
ふと落ち着いてみると、胸の奥で違和感があった。
『ハスターさん。俺が戻ったらバイタルチェックできます?』
『急にどうなさったんですか?』
『なんか、感覚が変なんですよね。酔っぱらってるみたいな…』
『承知しました。帰投後、スキャンかけます』
「ここですか?」
男一人、女一人の警察官たちは車から降りて、通報をした者たちを探している。
「ああ、国立競技場からすぐ西の場所にいると言っていた。親切に座標を送ってな。それにしても、通報者がここにいないのはおかしいな。そうだよな。泥花」
男は隣にいた泥花に話しかけるが、彼女は反応しない。
「…泥花?」
「…先輩、なんですか、あれ」
彼女は指を指す。
「え?」
彼女の指し示す先には巨大な甲冑がゆったりと歩いていた。
「止まれ!」
銃を構えて叫ぶと、その甲冑は大きく跳躍してどこかへ行ってしまった。
「あれは…一体…」
「どうやら俺たちは、とんでもないことに巻き込まれたらしい」
男の景観は銃を下ろして駆け足で車に乗りこんだ。
「一旦報告だ。帰るぞ」
警官たちはそのまま帰ってしまった。
あの甲冑の化け物から逃げた先で、彼女は止まってしまった。取り敢えずここから離れなければという考えで一杯だった俺が彼女を説得していると、目の前に黒い車がライトも点けずに停車した。
「君たち、乗れ」
足元がライトに照らされ、高そうなスーツを着ている男が窓から顔を見せて僕たちに告げた。
僕は突然のことに答えられなかった。目の前の男が何者なのか、それが分かるまで下手な回答は出来ないと考えていたからだ。
まず、見せた顔を写真に撮り、ネットで画像検索をかけることにした。
「…ああ、そうだね。突然で驚いているだろう。まだ私が何者なのかも説明していない」
僕たちが戸惑っている様子を見た男は同情するようなしぐさを見せている間に検索が完了した。
「貴方は「そういうのを話している余裕はないから、強引な手段を取らせてもらうよ」
彼がそう言うと、後部座席のドアが開き、何本ものロボットのアームが飛び出してきて、僕たちを車の中に引きずりこんだ。
男が座席に拘束したことを確認すると、先程まで僕たちの足元を照らしていた車のライトが消えてすぐに動き始めた。
運転は全自動に切り替えたのか、男はハンドルを離してサングラスをかけ、座席を回転させて俺たちの方へ向いた。検索した結果、この男は機械科学のスペシャリストの桜島キイチであることが分かった。
「悪いことをした。ただ、理解して欲しい。私は君たちを救ったんだ」
「何を言って、あがっ」
口は塞がれなかったので声で抗議しようとしたら、座席からさらにアームが伸びて僕の発生装置を塞ぐ。
「まず、説明を聞いてくれ。大丈夫だ。まず結論を言う。君たち、特にそこの君は命を狙われている。あの甲冑に。理由は知らないが、ね。そして私は君たちに協力するためにここに来た」
「…あんたはオレたちの、なんなんだ?」
彼女は鋭く睨みつけながら問いただす。
「都合の良い味方だ。ついでに根拠はこれだ」
桜島は懐からカードを取り出した。
『異能局兵装部門客員 桜島キイチ』
とそのカードには記されている。
「異能局の名前くらい聞いたことがあるだろう。な」
それを見た彼女は、舌打ちだけをして黙って窓の外へと視線を逸らした。
「ふむ。知っているみたいだね。なら、今のはいい根拠となったはずだ。…ああ、そこのアンドロイド君には分からないね。情報を詰めたチップを入れよう」
男の手元からチップの取り付けられたアームが伸びてきている。
「ん!ん!んん!」
僕は脱出しようと暴れてみるが、意味を為さない。されるがままに脳のパーツをこじ開けられ、訳の分からない情報が組み込まれようとしている。
「君はこれから今この世界の裏側で起きていることを知る。既に片足は突っ込んでいるんだ。ついでに両足突っ込んで肩までつかってくれ」
「どうでしたか、ハスターさん」
俺はあの甲冑を見失った後、拠点に戻り、感じていた違和感の調査をしていた。
「急にどうしたの。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ただ、胸の奥がドキドキするんだ」
俺が正直な感情をそのまま言うと、クイナは固まってしまった。
「えっと…ほんとに大丈夫?」
「大丈夫。まじで」
「いや、いつもそんなこと言わないでしょ」
ただ、俺は自分の感情を嘘偽りなく話したつもりだ。クイナならそのことは分かってくれるはずだ。
「嘘じゃないのは分かるよ。それでも、いやそれは完全に…」
「完全に?」
「結果が出ました」
俺たちはナース姿のハスターさんが検査の結果が書かれた紙を持って現れた。
「それで、結果はどうなったんですか?ハスターさん」
「落ち着いてくださいミチナガさん。はい。症例、恋。つまり恋の病です」
「「…はぁ?」」
二人とも困惑が口から洩れてしまった。
「体の隅々まで検査を行いましたが、何も異常は検出されませんでした。つまり起きたのは精神的問題です。そして、先ほど言っていた胸がドキドキするという感情、まさしく恋です」
彼女はメガネを指でクイっと上げて、当然のように言い切った。
「一瞬、しかも仕事中で人が恋に落ちるなんてありえますか?」
「ありえはします。が、今回の一目惚れは純粋なものではないです」
クイナの疑問に、静かにするように指を立てたハスターさんはそのまま続ける。
「つまりは洗脳、催眠の能力です。今回被害にあった女性は、それらに類する能力を保持しています」
「なるほど、そういうことですか」
納得したクイナは腕を組みながら俺を見つめている。
「じゃあ、どう対策をすればいいんですか?こちらが味方だとは言え、全員洗脳にかかってる状態で任務はできませんよ」
「ええ、そのためにカルマポリスに対洗脳プログラムを仕込んでおきました。取り敢えず、ナガミチさんのような状態になることはないでしょう」
「ありがとうございます。じゃあもう出ますね」
「ちょっと待ち」
俺が医務室から出ようとするとクイナが制止した。
「ん?どうした?」
「彼女たちが行った先、それがちょっと特殊でね」
「どういうこと?」
そう言うと、彼女は俺の手首に装着したままだった装備を指で指した。
「彼女たちが行ったのは、これ作った奥多摩の超能力研究施設なんだ」
「あー、会う約束がいるんだな。じゃあここで待ってるよ」
「よーし。ちょっと話しがあるんだけど、ついでにいいかな?」
「ああ、いいよ」
俺たちはすぐそばにある椅子に座ると、クイナは先程遭遇した甲冑の画像を数枚机に出した。
「こいつに見覚えある?リラシオの一員だったりしない?」
それらの画像は、恐らく俺が戦っている間にドローンか何かで撮られたものだろう。
改めて記憶の中を探ってみても、これ程のレベルまで到達している金属使いは見たことがない。
「いたかな。…どうだろう」
そこで俺はどこの派閥にも属さない奴らがいて、そいつが神を自称していることを思い出した。
噂によると、派閥から追い出された奴らをまとめ上げるリーダーシップを持っているが、普段は偉そうなことをぶつぶつと喋り続けているらしい。
「一応それっぽい奴はいるな。派閥に所属しないで暴れまわる奴だ」
「あー、それか」
するとクイナも、どこか思い当たるようなしぐさを見せた。
「確か、数か月前の奴だったっけ…」
彼女が持って来ていたタブレットから資料を出した。
「派閥不明のリラシオの奴らが急に暴れ始めた事件。オサムさんが動いて制圧したけど、リーダーには逃げられたみたい」
「もし、あいつがリラシオの一員だとすると、それの可能性が一番高いな」
それともただの目的意識がなく暴れている馬鹿か。
そう考えているとクイナがこちらに尋ねてきた。
「あのさ。前から思ってたんだけど、リラシオってなんでそういう、無所属になっちゃうぐらい手綱を握れない人たちも組織に入れてんの?」
「まぁ、成員の水増しかな。でも一番の理由は、リラシオ全体のボスの方針だな。『どんな奴でも能力者による世直しの気があるならリラシオの一員』ってのがモットーらしい」
「なるほどね…。お、連絡来た」
彼女はそう言ってタブレットの画面をこちらに見せた。
「奥多摩の研究所、明日の朝から行けるみたい」
「そうか。研究所なら安全そうだし、今日は休めるな」
すぐに動く気だった俺は、はやる気持ちを抑えるために腕を伸ばして軽くストレッチをしてみた。




