闊歩する甲冑の大男
スタジアムでは歓声が響き渡り、建物自体が揺れている、と錯覚してしまう。
今日の国立競技場ではサッカーの試合をしていた。しかも実力が拮抗したチームの熱戦で、スタジアムの温度が2度は熱くなっている。
だがそれは、僕が結構な頻度で感じている感覚だった。
ARとVR技術が発展し、現地観戦の人気が低くなった今の時代でも満員になるレベルの大きな試合である。
ただ、一年に一度はあることだ。
「どうしたんだ、ウィロー。最近、ご機嫌だな」
仕事の暇な時間、僕の正反対の場所に立っている仲間が無線を通して話しかけてきた。
「昨日、良いことあったんですよ」
「ん?昨日、お前休みあったっけ?」
勿論同僚の声は聞こえないので、無線のプライベート回線を使って会話をする。
さらに目のカメラを望遠モードにして彼の表情を確認した。
「休みはありませんでしたよ。いや、良いことは仕事中にあったんですよ」
「そうか、そりゃよかったな」
彼は僕の話題に興味はなさそうだった。
「あれ、もっと詳しく聞かないんですか?聞かれる気満々だったのに」
昨夜のあの出会いは、目的を持ちプログラミング化された機械の人生の中で最も刺激的な時間だった。
どうしてか、あの時を思い出すだけで何とも言えない感情に満たされていった。
「いや、どうせ自慢話だろ。嫌だよ。他人がドヤ顔で話す自慢話は聞きたくない」
「…そうですか。残念です」
舞い上がってしまった気持ちを抑え、冷静に考え直してみると、僕があの屋上に上ることは禁止されていたことだ。同僚に話すわけにはいかない。
「ま、お前の顔がそんなに緩んだのを見たことがないから、相当良いことがあったんだろうな」
彼に指摘されて頬を触ると、わずかに上がっていることに気がついた。
「ははは!そうですね!」
「うわ、やっぱうざい!」
「こんばんは」
仕事を終えた真夜中、その日の夜も彼女はいた。
「よぉ、また会ったな。ウィロー」
彼女は笑顔で僕を迎えてくれた。
「ここに来るのは何回目ですか?」
「あぁ、2回目だ。昨日が初めて、今日が2回目だ」
二人で夜景を見ながら他愛のない雑談を始める。
「そうですか。どうやってここを?」
「こっからの景色は良さそうだな~って思ってな。好奇心だけだ。他にはなにも」
「良いですよね。たまには好奇心のままにプラプラするのも、気づけないものに気づける」
「ああ、そうだな。すごくいい。VRってのも一つの手だが、どうにも感覚が合わねぇ」
「地面を踏みしめる感覚、とかですかね?映像だと満足できないものも、ありますよね」
なんだかお酒に酔っているみたいに、意識が朦朧としていた。
「だろうな。やっぱ、どっか違うんだよな…。アレ。…あれ?」
言葉を交わしていると、突然彼女は遠くを見て目の色を恐怖に変えて固まった。
「すまねぇ、帰る。来るなよ」
それだけ言い残してすぐに競技場の屋上から飛び降りた。
彼女の見ていた方向へ目を凝らすと、二メートルは優に超える甲冑を着た巨人がこちらに向かって歩いている。
(なんだあれは…?)
こんな時代にあんな格好でいる人間なんて只者じゃない。
警察に通報をしてすぐに走り出した。
「待って!」
競技場周辺の監視カメラと視界を共有して、彼女のいる場所を把握しながら従業員用の通路でスタジアムの外に出た。
「確か、この先で…」
競技場周辺の住宅街を走っていると、何かが倒れる音と共に彼女が僕の目の前に飛び出してきた。
「…どうして、来たんだよ!」
彼女は僕がここへ来たことに足を止めて困惑している。
「今、警察を呼びました。逃げましょう!」
僕たちが足を止めている間でも、仰々しい甲冑の擦れる音が、だんだんと近づいてきている。
「さあ、早く!」
再び声をかけても彼女は唖然として動かない。僕が想定しているよりも、オーバーに驚いている。
「ああ、もう。…クソっ」
その時、彼女の後ろから甲冑がゆっくりと現れた。
背丈は二・五メートル程あり、腕は地面につくほど長く、着ている甲冑は化け物のように刺々しく禍々しい。
ソレと目の合った僕は、甲冑から覗く真っ赤な血を求めるような目を見て怖気づいてしまった。
(これは、本当に、とにかく、まずい)
ソレからは言葉にできない恐怖を感じた。
殺意の迸る充血した目で僕を縛り上げた。
長く太い腕を振り上げ、彼女に向かって振り下ろそうとするのを、僕は黙って眺めることしかできなかった。このままでは殺されてしまう。
その時。彼女と甲冑の間に雷鳴が轟いた。
「君たち、早く逃げろ!」
スーツ姿の男が甲冑を蹴飛ばしてよろめかせていた。
「早く!こちらに!」
電気が流れたような感覚があった直後から体が動けるようになった僕は、十分すぎる大声で彼女を呼ぶ。
「あ、ああ!」
数秒遅れてから彼女は返事をして走る僕について来た。
「なんなんですか?あれ?」
「こっちにも分からん!最近アレに追われてるんだ」
「人目に付きやすい大通りに出ましょう。警察にも連絡しました」
すぐに警察のサイレンが聞こえて来た。彼らはすぐこちらに来てくれているようだ。
「いや、ちょっと待て」
そのまま大通りに出た途端、彼女は足を止めて僕を呼び止めた。
「どうしたんですか?ここに居残る必要なんてないでしょう」
「確かにそうだが…とにかく、警察は不味い。警察だけはだめだ」
「何言って…」
言動に困惑していると、警察の車とはまた別の黒塗りの車がライトも点けずに僕たちの前に停まった。
「なんだあれ」
資料に載っていた都市伝説の目撃情報が多い場所を捜索していると、如何にも怪しい甲冑が路地に向かって歩いていた。
『杜若ナガミチ。目標を発見。人を襲う可能性があるため対処します』
『了解』
オペレーターの返事を聞いてから無線をしまって足枷を手首に繋げる。
足音を立てないようにしてアレの背後に近づいて、二人組を襲おうとした瞬間に飛び出して蹴りを浴びせた。
「君たち、早く逃げろ!」
追われている女性と近くにいた男性の安全を確認してから叫ぶと、彼らは言う通りにその場から離れてくれた。
俺の蹴りで膝をついていた奴は、ゆっくりと立ち上がり手元に大きな剣と盾を植物のように生えさせた。
(金属を操る能力か?)
異常な巨躯を持つ奴に銃を突きつけながら、その能力について考える。
(周りの金属を使っていないから、皇帝の可能性は低そうだが…)
そう考えていると、甲冑が何かをぶつぶつと呟いていた。
「…?」
「悪魔を殺せ。化け物を殺せ。立ちはばかる者を壊せ。私の行動の一切は厄災であり、善と悪を超越した行動であり、神さえ抗えぬ決定事項」
自己暗示の呪文のような言葉は、しだいに敵を殲滅する宣誓のように高らかになっていく。
「我に従え、運命に従え、超常を受け入れろ。極光で目を焦がし、聖剣で四肢を裂き、魂を幽閉してやる…!」
奴が剣を振るおうとした瞬間に、貯めていた電力を全て放出した。それでも止まらない剣を躱して距離を取る。
「杜若リツトだな?」
どうやら俺の名前を知っているらしい。
「そうだが…それが?」
奴には電撃が効いていないようにも見えた。今まで、このレベルの電撃を食らったならば、幹部でも多少は効いている素振りがあったのに、奴にはそれがない。
だが、それが退く理由にはならない。俺はあの子を守る必要がある。
電気に耐性があるのか、それとも痛みを気にしないイカレなのか。
奴は怒鳴るような奇声を上げながら剣を三本に増やし、それを全て右手で持って振り上げた。
腕の長さと剣の間合いから考えると、レンジは俺たちのいる路地裏を確実に覆える。
後退して回避をするという選択肢を排除して二つ目の枷を起動し、奴の懐へ走り出した。
丸太のような腕を躱して、胸元に二つの銃口を向けて引き金を引いた。
斬水と拘電による水蒸気爆発を起こした。
「効がンンンン!」
それにも特にダメージを負った様子もなく俺の頭を鷲掴みにした。
(爆発の衝撃は防げない筈だろ⁉)
頭を潰される前に電気で切れ味を上げたナイフで小手を突き刺した。
刃が突き刺され力が抜けた瞬間に脱出をすると、こちらが壁まで蹴飛ばされる。
「ぐっ」
すぐに奴は盾を俺に向けてシールドチャージ。
それに対して枷の武器を合体させて剣に変形させ、即席の電力を全て流した。
これは新たに追加した形態で、刀身に電気を流して熱を発生させ、その熱で対象を切断するものである。耐久性は折り紙付きなので、これで迎え撃つ。
互いの武器がぶつかって金属音が鳴り響くと、すぐに次の手を用意した。
甲冑は剣先を俺に向ける。
俺は電気の武具群を空中に浮かせて刃先を向ける。
二つの枷を付けた状態の攻撃なら、多少の影響は出るはずだ。
それを叩きこもうとしたその時、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「⁉」
甲冑の動きが止まったのを見た俺は、すかさず、その場から距離を取った。
もう一度水蒸気爆発をぶつけようと二つの銃口を向け、躊躇なく引き金を引く。
一度目よりも規模を大きくなるように調整した二度目の爆発は効果があったようで、甲冑を大きく吹き飛ばす。
(このままじゃ勝てないな)
耐久力とも言うべきだろうか。
あの甲冑の化け物はタフすぎる。今の俺が正面から殴り合える相手ではない。さらに警察がここに到着しようとしている。ハスターさんから応援が来るという連絡はまだ来ていないから、アレはごく普通の超能力のことなど何も知らない普通の警官たちだ。
一般人である彼らに能力の存在を知られてしまうのは不味いことだ。
『勝てない』と『知られてはならない』という二つの理由から、俺はこの場から離れ、逃がした彼女たちを追うために走り出した。




