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偽りのピースキーパー   作者: 新川翔
Reviver編
16/50

迷わず君だけを

「失礼します」


 ノックして、入室していいという返答を受け取ってから入ると、内田さんとハスターさんがデスクの並ぶ部屋の中で待っていた。


「お、来たな杜若リツト君」


「こちらにどうぞ」


 ハスターさんが俺を応接スペースまで案内した。壁などで仕切られていないので、内田さんの仕事の様子が見えた。彼は何かを見ながらキーボードを叩いているようだ。


「えっと、今日はどんな用ですか?」


「色々、知らせることがあってね」


 彼はキーボードのEnterキーを気持ちよく弾いてから立ち上がり、応接室まで来て、机を挟んだ先の椅子に座った。


「まず、今回の騒動よく働いてくれた」


 彼は礼を言うとすぐに頭を下げた。


「いえいえ、こちらの要望でしたし」


 戦うのは俺の要望だ。願いを通したら、通させてもらった分の恩は返さなければならない。


「それと、今回の件、本当に申し訳ない」


 さらにもう一度、彼は俺に頭を下げた。


「それも、大丈夫です。全然」


 彼女を守れなかった件は、異能局は悪くない。俺が悪い。


「ん。ほんとか?」


「はい、全然」


 彼もまた俺を見て少し黙った。


「次の話だ。君が上層部に疑われている」


「え?」


 聞き返してしまった。


「今回、君の妹の場所がバレただろう。それがどうして判明したのか、その可能性の一つに君が情報を漏らしたという仮説を立てている者がいてな」


 怒りと悔しさと申し訳なさが混濁する。

 情報を漏らしたことは決してないが、俺が原因で彼女の居場所が割れてしまったようなものだ。


「これはひどい。だからもう一度、椿による取り調べ、面接が行われる」


 俺が俯いていることを、あえてか、無視して続ける。


「これで君の疑いを晴らすこともできる。予定は午後」


 彼の話をここまで聞くと、俺にとってその取り調べが有利であることに気づいた。


「…えっと、俺に優しくありませんか?それ」


 まず、椿が担当するという時点で甘い。彼女は俺と関わりのある人間だ。嘘を見抜くなら嘘発見装置でも使えば良いのに、それを使わないという判断をしている。


「ああ、俺が融通を利かせた。情報を漏らすことは作戦の失敗を意味する。成功を誰よりも望んでいた君が、あんな状態になるほどのことをわざと起こせないだろうからな」


 彼は確固たる信念を示す態度で言い切った。


「…ありがとうございます」


 俺はその顔でなんだか安心できた。俺が異能局から切り捨てられる事態は起きないだろう。


「それこそ、構わないさ。それで次の話の方が重要なんだが」


「はい」


「君はこの前、出来るだけ偉い人と話したいと言ったな」


 あの発言は異能局局長とかと話ができればという感覚で言っていた。具体的に言えなかったのは、出来るだけ欲張って、より上層の人間と話したかったという願いがあった。

 彼の真剣ぶりを見るに、警察庁よりも上、国家公安委員会所属の人間だろうか。


「相手が…総理大臣なんだ…」


 位が一つ上がった。その委員会を統括している人だった。


「…一番偉い人じゃないですか⁉」


「今夜、首相公邸で夕食を取るそうだ。その…粗相のないように」


 俺は意図を図りかねている。

 内田さんもなぜ国のトップが動いているのかを分かっていない。

 今の首相が俺に話すことがあるのだろうか。


 ぽかんと頭の中で考えていると、内田さんが咳払いをした。


「い、以上だ。その…気を付けろよ」


「は、はい」



 

 俺は首相の意図を考えながら支部室を出て行った。

 部屋に戻ると、椿が椅子に座って真剣な表情でこちらを待っていた。


「さ、話を始めよっか」


「その…話ってなんだ?」


 彼女は俺の前に立って、片手を腰に当てる。


「あのさ、蓋してるでしょ」


 探偵が言い当てるようにハッキリ言った。


「蓋って、何を?」


 言い当てられた気はないので聞き返す。


「感情を」


「え?」


「その、こういうのあまり言うタチじゃないんだけど、次来たらマズいし」


 俺のどこかが壊されそうな恐怖を感じ始めた。


「君、感情を押し込んで気にしないようにしてるでしょ」


 さらに、心を探られているような感覚がある。


「えっとまぁ、そうだけど」


 何となく話を合わせながら自分を省みる。


「君が感情を切り替える方法として使ってる方法。『今はそんなことしている場合じゃない』って切り捨てて端に押し込んでるやつ」


 俺は感情を処理しないといけない時、考えていたものを頭の隅に押し込んではいることは何度かあった。ただ、それが悪いことだとは思えない。


「間違ってはないんだけどさ、そろそろ限界じゃない?」


「いや、限界ならこんなピンピンしてないだろ」


 この二日でこの感情に蹴りを付けている筈だ。だったらここまで回復していない。


「いやでもさ、無理あるでしょ。責任から逃げてるじゃん。前回の騒動、君のせいでしょ、力不足が招いた惨劇」


「なに言って…」


 記憶が蘇る。嫌なものが俺の内に充満していく。


「どれもこれも全部君のせい」


 押し込んでいた場所から少しずつ漏れている。


「何、言ってんだ?」


「やっぱり」


 彼女は目を細めて眺めている。


「なんなら言い返してみろよ。今回の騒動は、お前のせいで被害が拡大したんだ」


「やめてくれ。黙ってくれ」


 苦しい。カオス色の感情が俺を蹂躙する。


 傷が開き始めている。


「自分のしたことから目を逸らすな」


 ベッドに座り込む。

 モノを見たくない。

 右腕で顔を覆う。


「荒治療だけど、やるしかないし…」


 決意をするように立ち上がり、俺の目を見た。


 脳が揺れる。せっかく、どうにかできるところだったのに。


「そりゃないだろ…」


「うん、マジでその通りなんだけど、これ以上、何かが起きたら精神が持たなくなるから。今ならまだ会話できるくらい平気でしょ」


「ははは、なんだよ、それ」


 苦し紛れに笑う。


 彼女は至極冷静なトーンで俺に語り掛けている。それは寄り添うというより、難病の手術に立ち向かう医者のような慎重さを持っている。


「多分次、精神的に攻撃されたら、完全に自我が崩壊する」


「ほ、ほんとか?自虐した時は大丈夫だったんだけど」


 そうだ、内田さんと話した時は特に支障はなかった。


「多分、自虐はセーフ。自分を傷つけて来たから慣れちゃったんだと思う」


 何も言い返せない。この期間で自虐した回数を考えれば、その行為に慣れるのも頷ける。


「それで、他人からの言葉は文脈ナシでさえこのザマでしょ。次は心が死ぬ。確実に」


「はは、そうかもな」


 先ほどのものであれだけのダメージなら、リラシオの構成員にでも言われたら、本当に崩壊してしまうかもしれない。マイやタケルにでも言われたら崩れ落ちるどころじゃない。


「さらに。…君、死ぬ気なんじゃない?」


 彼女は、俺に言葉を突き刺した。

 俺の腹に、隅に、底の心理に突き通した。


 その言葉を聞くと、笑えなくなってしまう。

 なぜなら、否定できない。


「やっぱりね。このままリラシオが暗殺の手を緩めると思えない。次に狙うとしたら確実に君だ。それをいい機会にして死ぬって計画」


 そうなればいい。成り行きに任せればそうなる。そう思っていた。そうなる筈だ。


 いますぐ、楽になりたかった。


 右手で目を覆う。


 このままずっと、何も見ないでいたい。


「はぁ…」


 ため息が聞こえる。


「こら」


 前から声が聞こえると、すぐにベッドに倒された。


「…悪いけど」


 腕が退かされ、目の前に椿が見える。彼女は俺の上に四つん這いになっていた。


「そうはさせない」


「…何やってんだ?」


 俺が問うと彼女は自分のやっていることを自覚したのか頬を赤らめた。


「…いいから、そういうのは」


 目を合わせながら時間が流れる。彼女の顔は次第に冷静なものに戻っていった。

 ただ、まだ耳が赤い。


「…理由を聞いても?」


 俺が会話の口火を切った。


 他人のお前がどうして俺の生き方に口を出している。

 口では出さなかったがこの感情は彼女に伝わっているだろう。言って納得させてくれ。


「エゴ」


 椿クイナは放った。一層目を大きく開けて脅迫するかのように我儘だと言い放った。


「希望を持った人が、砕けて、絶望したまま目の前で死ぬのは本当に嫌だから」


 我儘。


「意地でも生きてもらう」


 主我。


「だから死なないでもらう。無理矢理にでも生かしてやる」


 我執。


 つまり、俺と一緒だ。

 俺と同じことを望んだ人間を、俺が卑下するわけにはいかなかった。


「……ああ、分かったから、どいてくれ」


 彼女の願いを叶えてあげたいと、思ってしまった。


「うん、楽にして」


 彼女は俺から退いて、座っていた椅子を持って来て、俺の目の前に座った。


「まず、今回の問題、誰が原因?」


 嘘は通じない。

 思っていることを素直に話そう。


「俺?」


「ハイ、アウト。原因は半分、こちらの見通し不足。全部君が悪いんじゃない」


「おい、その半分どうしようもならないじゃねぇか」


「そーなんだよね」


「おいおい」


 それでは俺は何もできなかったとでも言いたいのだろうか。


「完璧主義すぎるんだ。君は」


「でもよ。完璧を求めなきゃダメだろ。こういう事案は」


「求めてもいいけど。でも執着しない。この意識だけでもダメージは薄くなるから。世の中にはしょうがないことが多いからさ。諦め、ってなると語弊があるけど、どこかで折り合いを付けなきゃやってられないでしょ」


 言われてみれば当たり前のことなのかもしれない。


「…そうなるよな。だよな…」


「そうなる」


 電灯を見上げて、やるせなさに浸かる。それじゃあ、どうすれば良かったのだろうか。


「それで、君はどうしたいんだ?そのやるせなさ、どうする?」


「『どうするか』ね…」


 ぼーっ、と天井を見上げる。


「時間が欲しい」


 今の精神状態ではこの問題は処理できない。それだけは分かった。


「じゃあ、取り調べの時までに決めといて」


「ああ、そうする」


 俺に何ができるのか、取り調べまでそのことばかり考えた。


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