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偽りのピースキーパー   作者: 新川翔
Reviver編
15/50

偽りのピースキーパー 急

 部屋のあちこちで部隊の人々が血を流して倒れており、まだ息のある一人に声をかける。


「ユウナ、は、そこの、扉の、先だ」


 彼の頭をゆっくり下ろしてから閉ざされた扉の前に立つ。


 震える手が止まらない。体が、扉を開けることを拒否している。銃声は聞こえない。抵抗の声は聞こえない。


 だからもう、今入っても間に合わない。


 震える手を抑えて軽い扉を重く開けたその先で、俺の妹が倒れていた。腹に穴を開けられながら。


「あ……」


 どうすればいい。何が、まだ生き、もう無理だ。


 頭で思考が混濁しながらも持って来ていた応急キットを起動させた。


『離れてください』


 機械音が流れる。


 無力感と罪悪感、虚無感、後悔、侮蔑、憎悪。


 全てが混じってうねって暴れまわる。感情の処理ができずその場で立ち止まて、そこから数歩下がって崩れるように跪いた。


 なにが、なにを、間違えた?


 守るためにここまで選んできたはずじゃなかったのか?


 そのために自分の払える犠牲は払ったんじゃなかったのか?


 どこで選択を間違えた?


「あ…」


 どうすればいい?


 どうしてもダメだったのか?


 まだ俺に支払える犠牲があるとでもいうのか?


 何か選択肢があったとでもいうのか?


 いや、そうじゃない。多分、これはどうあがいてもダメだったんじゃないのか?


 もっと、常識に囚われない何かをすれば上手くいったのか?


 また、奴だ。あの植物野郎が殺しに来た。どうしてそこまで、執拗に家族を狙う?裏切り者だからか?


 実際は何もしていないのに。


 顔を上げると力なく倒れるユウナと彼女の風穴が見えた。



「ああ、あああああ、あああああああああああああああああああ!」



 頭を抑えてそれを床に叩き這わせる。


 その後、何度も頭を床に叩きつける。


 悔やんでも悔やみきれない。恨んでも恨みきれない。感情の行き先が分からない。


 吐きだしたい。

 壊したい。

 脳も全部穿り返したい。


 物を見る目が邪魔だ。


 動く手が憎い。


 動かない足は切ってしまいたい。


 この程度の頭に殺意が湧く。


 継続して動く心臓がうざい。止めてしまいたい。




 俺が内包する全てを消し去ってしまいたい。

 



 そもそも、どうして彼女がここにいるのがバレたのだろう。


 こんな未来を奴は察知したとでも言うのだろうか。




「あ」




 まさかカリムは、俺がここでこんな状態になっている未来を、見たのではないのだろうか。




「嘘だろ…?」





 つまり、ユウナに大怪我をさせてしまったのは俺のせいだ。





「─────」





 このどうしようもない屑を、誰か殺してくれ。





 俺は俺が、全てが…。憎しみを持ったとしてなんだ?感情だけで物事は変えられない。


力がない。


本当にどうしようもない。


 そうしていると、部屋に誰かが入ってくる音が聞こえた。 

 それが誰かを確認せずに胸倉を掴み銃口を頭に当て壁に押さえつける。


「落ち着いて」


 部屋に入ってきたのは椿だった。


 それに気づくと手の力がゆっくりと抜けていく。


「…すまない」


 するりと、掴んだ手を降ろしながら謝った。


「平気…平気…」


 方向を変えふらつきながら、一歩一歩、おぼつかない足取りでユウナの方へ近寄る。


 頬に触れるべきだろうか。まだ彼女は暖かいだろうか。


 まだ、温もりを感じられるだろうか。一歩一歩そしてさらに一歩踏み込む。


 躓いて転ぶ。


 膝を打ち、倒れる自身を支える気力もなく地に伏せる。


 手に血が付いていた。


 ユウナから出た血だ。

 俺が流させてしまった血だ。

 どうしようもないこの世のクズが、いらぬことをしたせいで──


「立てる?」


 誰かが声をかける。多分、椿の声だ。


「あ、ああ、立つ」


 憎い脳が憎い全身に命令して起き上がらせる。


 鹿の赤子のように足を震わせながらなんとか立ち上がる。


「応援がくるからここで待とっか。部屋出る?」


「いや…いい。来たら教えてくれ」


「うん、それじゃ」


 近くにあったパイプ椅子を持ってそれに座り、窓から零れる月を見る。今日の月は満月になりかけの月だった。俺はそのまま、何も考えられないまま時間を過ごした。


「はい。来たよ」


 二分経った頃だろうか。一度退出していた椿と、救急隊員らしき方々が部屋に入ってきた。


「それじゃ、行く?」


「…行く」


「それじゃ、連れて行くから」


 ユウナは担架に乗せられ、俺は彼女を先導として建物を出て、拠点に戻った。


 そのまま拠点で、何もせず寝ることしかできなかった。


 しかし、一睡もできない。


 何もすることがないので、部屋から出ようとする。


 井原原のアカウントへメッセージに残してから部屋を出た。拠点の被害はあることにはあったようで、徹夜の復旧作業が続けられていた。

 俺は目が合ったら会釈をするくらいの様子で拠点の中を徘徊する。

 

 会釈でもすると、笑顔が帰ってくる。


 彼らは優しい人たちだ。中には頑張れと言ってくれた人もいる。

 励ますための言葉だ。

 きっとそう受け取るべきなのだろう。

 


 でも、頭がそれを拒否している。



 笑顔が笑顔に見えない。実は全員俺のことを恨んでいるのだろうという妄想が、後ろから足や肩を突き刺して歩みを揺らがせる。


 ここを攻めるために、リラシオが一致団結できる状況を作ったのは俺が裏切ったせいだ。


 ユウナにあんな怪我をさせたのも俺のせいだ。


 全部、俺のせい。

 全部、俺のせい。

 全部、俺のせい。


 全て俺のせいなんだ。



 感情が上手く整理できない。捻くれた理性が俺を殺そうとしてくる。

 俺は自分が成したことが分からないまま、そのまま徘徊し続けて、夜を過ごした。



 

 次の日、部屋で何もない虚無の時間を過ごしていた。


 時々、声を出してみた。当然。反応はない。

 そして、時々時計を眺めるだけ。やけに時間の進みが遅い。

 

 昨夜と打って変わって動く気が湧かない。このまま餓死してしまうかもしれない。


 脳が命令を下すことを拒否している。


 足を動かそうとしても全く動かない。手を動かそうにも手がピクリと跳ねるだけでなんの反応も起こさない。

 

 このまま、動かないでいたい。

 このまま消えてなくなりたい。


 そんな気分を、ただ感じるだけの時間が過ぎていく。


「おはよ」


 いつか分からないが、椿は部屋に入って、携帯食料のようなものを俺の隣に置いた。


「これ、カロリー高いから、食べるだけで一日は食わなくて大丈夫」


「…ありがとう」


 彼女はそれだけ言って部屋を出た。

 俺はベッドの上で寝そべったまま答えた。


 彼女が出てしばらくした後にそれを食べて、その日はそれ以上活動することはなかった。

 その後、誰かから、彼女はもう死んでしまったことを告げられた。




(動かなきゃ。動け、動け!)

(俺はクズなんだ。動かなかったら生ゴミも同然だぞ)


 次の日、俺はありもしない義務感に駆られて、強引に体を動かせるようになった。


 虚無感に苛まれながらも部屋を出た。

 訓練室のシミュレーターに入って、搭載されているモードをやりこむ。


 何時間かやっていると、外から誰かに呼び出された。


「椿か」


「そうだけど…ってどうしたの。それ」


 椿は俺の顔を見ると、困惑したような表情をした。彼女の言う『それ』の意味が一瞬だけだが分からなかった。


 ただ、きっと、俺が急に動き始めたことに驚いたのだろう。


「あー、ま、どうにかしたんだよ」


「いや、できてるようには見えないけど」


「そ、そうか?」


 互いに無言の間が作り出される。俺にとっては、動けるならばかなり回復させたのだろうと思っているが、彼女にとってはどこか違和感があるのかもしれない。


「あー。内田隊長から、一時間後に第二部隊の支部室にって」


「お、そうか。ありがとう」


 この前頼んでいた地位の高い人物との対談が用意できたのだろうか。それともまた別の話があるのか。


 どちらにしろ、俺が断る理由はない。


「道分かる?」


 彼女に聞かれると俺は頭の中で地図を広げて部署への生き方を考えた。


「…えっと」


 計画していた逃げ道はハッキリと覚えているが、第二部隊の支部の場所は覚えていない。

 調べても構わないが、案内してくれるのなら甘えよう。また、親切を断るのが申し訳ない気もしていたから尚更だ。


「じゃあ、お願いしていいか?」


「オーケー。それじゃ、四十五分後、着替えて君の部屋前に」


「了解」


 彼女が訓練室を出てから部屋に戻った。そこから四十五分、準備をしながら、彼女が『俺に何を感じていたのか』ということについて考えたが、結局、答えは出なかった。


「これから、どうするつもり?」


「確かにやることないな…」


 待ち合わせをし、そこから二人で歩いていると彼女から話しかけられた。


 もうやることがない。ここにいても、やる気のない人間が一人いるのは迷惑だろう。


「ここでなんか仕事あればするよ。事務方とか?戦うことはないんじゃないか?」


 彼女は俺の方は向かず前を向いて歩いている。ただ歩いて、第二部隊の支部に向かっている。


「そこ曲がった先」


 目的地の少し手前で行き方を指した。


「お、ありがと」


 俺は礼を言って指示通りに歩き始めると、彼女から後ろから肩を叩かれた。


「あとで話していい?部屋で」 


「ああ、いいよ…?」


 やけに深刻そうに言っていた。

 俺は困惑しながらも第二部隊の支部の扉の前に立った。

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