窮地
「サァ!始めようか!」
扉を避けたもう一人が、怯えるような目で、俺を見ていた。
「お前はァ!」
「誰だァ⁉」
怒鳴られたので大きな声で聞き返す。
「まさか、忘れたのか⁉」
怒り心頭の表情だが、俺はその顔をすぐに誰かと言い当てることは出来なかった。
「ああ、忘れたよ!色々ありすぎてな!」
言葉を吐いた後にやっと思い出した。カリムの家で俺に話しかけてきた男だ。
あのうるさい、押しつけがましい男だ。
「君は何故裏切った⁉みんな残念がっていたぞ!お前だけは絶対に許さない!」
『みんな残念がっていた』
奴の言葉は苦渋を溢れさせた。
「じゃあなんだよ。ただ殺された方が、都合が良かったか?野垂れ死ぬのが正解か?」
ここまで言う奴の答えにむしろ興味が湧いてきた。
「ああ!そうすれば君たちのその精神を汚されることはなかった!崇高な死として我々の御旗の一つになれたのに!」
寸分でもこいつに期待した自分に失望した。
「ク、ははは!」
無意識に口が笑ってしまう。すぐに顔を素面に戻した。
「気持ち悪いな。そんなの出来る訳ない。簡単じゃないだろ。テストの問題じゃないんだぞ」
コイツは頭がおかしい。こいつに期待した俺も少し心配になる。
「お前、まさか、組織の誇りとなる名誉に唾を吐くつもりか⁉」
「あー」
名誉、名声、勲章。人々が人を称えるための概念。
そんなものを、考えていたら、道を決められなかったんだ。俺は。
「そんだけ気楽なら楽だったかもな!」
アイツのように、何かの犬になって、家畜となって、抗わずに従っていればどんなに楽になれるのだろう。
「そうか!分かり合えないな。君とは!」
意見が違えた瞬間、奴は先ほどのうるさい調子に戻った。
「分かりあうわけねーよ。お前とは」
奴が怯えている眼前で銃を構える。
(正しいことはないんだろうな)
高威力の弾丸を叩きこめる射程に入れるために、距離を徐々に詰める。
(それでも探り続けるしかない)
奴はじりじりと後退して、銃の射程外に上手く逃げようとしている。もし、目の前の男に戦う意思があるのだとしたら、能力は中遠距離タイプ、対象に現象を付加するType:magoの可能性が高い。それとも、俺と同じType:scenicか。
「手に入れたものが、正解でなくても」
──新釈したものが、完全な答えでなくとも。
「それを求め続けるのが俺なんだ」
「なに言ってっ──」
奴は俺へ構える。近づいて殴る度胸もない人間が、皇帝レベルの能力を持っている筈がない。
「死ね!リツト!」
能力を発動する瞬間を見切り、右壁、天井、左壁へと飛び、その間に五回の発砲を挟んだ。
壁を蹴った勢いそのままに奴を殴りつけ、雷の刃を突き刺して最後に槍で串刺しにする。
「なんてザマだよ!」
怒りをぶつけるように叫ぶ。
すると、空白の衝撃により後方へ吹き飛ばされた。受け身を取って立ち上がり、奴の方へ目をやる。能力は発散、押しつけ吹き飛ばすサイコキネシス。射程距離は分からない。
しかし、それほど遠くにも吹き飛ばされておらず、さらに追撃もない。俺の立っているこの位置、三十メートル地点は能力の射程外なのだろう。
なら、この間合い保てば一方的に攻撃することもできる。
「死ね!すぐに死ね!」
すぐに間合いを詰めてくるので、後退しながら引き金を引き続ける。
ただ、突入部隊の中で一番にこの場所に来ただけはある。身体能力だけで銃撃を躱している。
遠くからの撃ち合いもあまり続けてはいられない。長引けば長引くほどリラシオの仲間が集まってしまう。求められるのは速攻、即討伐。
ここまでの戦いで能力の限界、誘導範囲、効果範囲。それらを推定する。
この距離でも、隙さえあれば十分な電撃を浴びさせるために近づける。この状態で脚力を強化すれば可能だ。そして、隙を作る布石なら既に打っている。
俺は撃った先の、彼の肺後のさらに先で空中に留めていた電気を一気に引き寄せる。
奴は不意の電撃を受けて膝を着く、その隙に形状をマシンガンに変更。適切な距離に立ち狙いを定めて十分な弾を撃ち尽くした。しかし、奴はしぶとくまだ意識がある。
それを見ると、すぐに奴へと飛んだ。もしこのまま放置しておいたら、奥の手を出される可能性がある。それを食らったら何が起きるか分からない。
それが使えない近距離で、かつ速攻で倒す必要があるので、電流を浴びせて完全に動けなくした。
「もう、…喋らないでくれ」
誰にも聞こえないはずなのに、淡々と呟いていた。
これ以上、雑音を聞きたくなかった。
「…そろそろタイミングか?」
襲来してきた二人の気絶を確認したら、無線から全ての部隊は外に出た旨を通達される。そろそろ作戦の第二段階に移る頃だろうか。これからの行動の選択肢をいくつか考える。
・このままずっとここにこもる。
・もう少しだけ、タイミングを見極める。
・離脱(複数ルートあり)。
ここですべきは遠回りで離脱だろう。
移動はする。
これは最低条件だ。囲まれて殺されることが最悪のケースであり、それを避けるためにはここから離れる必要がある。
ただ、カリムがこの光景を予知している場合、一番近道に幹部を配置しているだろう。俺の位置は内ポケットの発信機で把握している筈だ。出口を変えても対応してくれるだろう。
奴は可能性という言葉を口にしていた。それを信じるなら、彼自身は未来のフローチャートのように観測しているのだろう。ただ、彼か彼自身で観測しない限り、俺が今、何をしているかを、どのルートか推察することは出来ても、確定させることは出来ない。
「この選択、間違えられないな」
今の実力、余力なら幹部一人ならば逃げることができる。組織の構成員や準幹部、綿密な連携があっても抜け出すことも出来る。
俺は三番目に遠い出口に向かって走り出した。道中にいた者を行動不能にまでする必要もない。俺の目標は脱出だ。そこ以外に欲張る必要はない。
「リツトだ!」「そこか!」「殺せ!」
三人と目が合った瞬間に銃の引き金を引く。電気で動きが鈍った瞬間に横切って進んでいく。今の三人も、異能局の作戦が始まればすぐに拘束されるだろう。
T字路などの角が多いこの施設は物陰に隠れやすくていい。
『どう?』
無線に椿の声が入る。
『順調だ』
超能力者は能力が強化されれば、身体能力も強化される。自分でもまさかこれほど動きが違うとは思わなかった。
『このまま──』
出口まで大体半分。そこで俺は立ち止まる。カリムは上手く俺の行く先を予知したようだ。
「ここに来たか、良き人間」
「よし、私の法を執行できる」
あの時の、親父を殺した幹部の二人だ。様々な区画と繋がる少し広い広場で待ち構えていた。
カリムの助言でここまで来たのだろうか。
もし奴がそうしたとなると、俺は奴の手の平で転がされているのだろうか。
ただ、今はその不安を考慮しなくていい。
幹部二人を相手に戦う時に、そんなことを考える余裕はない。
「昨日以来ですね。元気でしたか?」
マイの父は左手に刃渡りの長いナイフを持っており、親父が捻じったはずの右腕がある。恐らく義手だ。あの傷を負った二人が本調子である筈もない。
ただ、その程度ハンデでこの二人から逃げられるという保証もない。
「ああ、良い人間にこうも立て続けに会えると、元気はつらつだ」
『椿、茨木って人はいつ来る?』
『あと三分』
「いいから殺してやる。規則に従い、な」
幹部たちが何か言っている間に目標を設定する。この三分間は何としても生き残る。
「殺してみろ、今の俺はあの時の親父よりも強いぞ」
全身に雷霆を纏う。
「見掛け倒しも良いところだな」
タケルの兄が呆れたように俺の姿を見て言った。
「纏って偽るか…それは良い人間とは言えないな」
マイの父も俺の姿の感想を言っている。相手には余裕がある。
能力は幼い頃にマイとタケルに聞いていた。マイの父は『捌く』サイコキネシスで、タケルの兄はタケルと同じ火炎を操る能力だ。彼らの能力を集中放火されたら死ぬ。だから、遠距離で能力を出力させないように戦いたい。
(あと、三分…凌ぎきる)




