2章25話 本当に求めている事
「まず、今まで教えた事のおさらいをしよう」
今日で十六日目、つまり七回講義を行っている。
その中の一回は戦闘に関する座学で、二回は魔法に関する座学、残りの四回が模擬戦を踏まえた上での講義だ。ただ、その中で未だに本物の魔物との戦闘、要は殺すという意味での実戦は行えてはいなかった。
「魔法は詠唱を行うものと行わないもの、短縮されたものがあるが、それらにはどのような違いがあるか」
「はい……えーと、詠唱は魔法を発動させるための想像力を補うためのもので、時間を代償とする代わりに行えば火力を高める事が出来ます。仮に無詠唱を極めた存在であっても詠唱を行った時に得られる火力を超える事は出来ません」
「その通り、時間を取るか、火力を取るかで使用用途は変わってくる。そこに関連してくるのが」
「魔法陣です。魔法陣の場合は事前に魔力で魔法を書いて用意しておく必要がありますが、経由させる事で無詠唱で高火力の魔法を放つ事が出来ます。それと魔法を覚えていない人でも必要な魔力があれば行使が可能になります」
うんうん、悩まずに言えるなら十分だ。
というのも、魔法に関しては無詠唱でやればいいとか、詠唱をすればいいと言うような両極端なものでは決してない。今から行う本当の魔物討伐には魔法の使用は絶対だし、これから先も生きていくのなら弓や短剣だけで全てを賄うという訳にもいかないだろう。それだけ魔法というものは有用なものだ。
「今日までの間に教えた事は確実に将来、本当の意味で生きていくために必要となる。だから、これから先の訓練に関しては少しも妥協する気は無い。オーガを倒せるようにすると言ったのであれば必要な要素は多いからな」
「は、はい!」
「さて、今の事を踏まえてスミレに最後の試験を行おうと思う。なに、簡単な話だ。ゴブリンを相手にするよりは余っ程、簡単な事でしかない」
俺はスミレの兄であり、家族の一人だ。
だから、これから伝える事がどれだけ酷な事かは俺が一番に分かっている。それでも覚悟が、未来を生き抜く力を手に入れたいと懇願するのならば避けては通れない道だと言っていい。この世界というのは隣人を愛する事すらも出来ないのだからな。
「ウルと殺し合いをしてもらう」
「ガルゥッ!?」
「え……?」
「何を惚けているんだ。これでも魔物を相手にさせているだけ恩情だと思って欲しいんだけどな。それとも俺が相手をしてやろうか」
ハッキリ言ってスミレは天才だ。
異世界人の中に紛れていたとしても見劣りする事は無かっただろうし、その才能を見抜いて育てた俺ですらも微かな恐怖を覚えてしまう。それだけの存在を相手させるのに普通の魔物や俺自身が向かうのは愚の骨頂だと言っていい。俺ですら遊んでやれるかは分からないんだ。
「いいか、ウル。必要な事だ。本当にスミレを大切に思うのなら手を抜くな。相手の強さを見て力を発揮しろ」
「……グルルゥッ!」
「ま、待って、くだ」
なるほど、ウルに頼んだのは正解だったか。
縋り寄ろうとしてきたスミレの頬に爪による傷を作って毛を逆立ててみせている。本来なら今の一撃で首を飛ばすのだって可能だっただろう。それでもしなかったのは俺の意図を汲んでの事か。
「ウルの覚悟は出来ている。今のが戦場なら死んでいたぞ。まさか、ウルを殺す覚悟すら持てない存在が強さを求めるのか。ハッキリ言って笑えてしまうぞ」
「で、でも」
「なら、ここで朽ちていればいい。強さなんて求めずに死ぬまで待つだけの存在となれ。村人から逃れられる力は手に入れた。居場所も確保した。大好きな両親の幻影と幸せに暮らしていればいいだろ」
俺は覚悟を持って欲しいと心から思っている。
それでウルを殺してしまったのならそれはそれでいいとしか考えていない。ぶっちゃけた話、ウルのような従魔は死んだところで俺が生きていればどうにか出来る。まぁ、最初から殺しに行くとは思ってもいなかったけど。
「それは違う!」
「何が違う。力というのは手に入れた存在によって意味が大きく変わるものだ。悪が持てば悪の道を進む事となり、善が持てば善の道を進む事となってしまう。だが、どちらも道を進むという覚悟があっての事だろう。今のスミレにはそれが無い」
「それ、は……」
前を向いて歩くというのは簡単で難しい事だ。
人は容易に向いている方角を変えるし、その方角を何度も疑って否定だってする。俺が一緒にいるのならまだしも一人で生きる時には、一人で生きていくための強さだって手に入れなければいけないんだ。それはきっと、菜奈だって持っていない強さだと思う。彼女は強いけど内心は女子高生に毛が生えた程度だからね。
「一時間、それだけ猶予をあげるから本当の意味で考え直してみろ。強くなるという意味がどれだけの事なのか、ね」
「……なんだ。やっぱり、ボイドさんはボイドさんです」
「何を言っているんだ。俺は俺のままだよ」
少しだけ目の色が変わった気がするな。
まぁ、強めに背中を押してあげたんだ。変わらずに嘘ですとはならないだろう。それに……あの目は一度、見ているからね。俺が誰よりも愛している女性の最後に見た笑顔と同じだ。だから、信じられない訳が無い。
「ウルさん、ここからは本気です。手を抜く気も無ければ死んでやる気もありません。貴方と本気で戦う事に意味は無いとは思いませんが、それは限りなく価値の薄いものでしょう。ですが、それをボイドさんが望むというのならば」
「グルルゥッ!」
「貴方を殺しますッ!」
と、感涙に浸るのは後回しにしないとね。
煽った手前、二人が本気で殴り合うのは目に見えている。ってか、戦闘経験が浅いとは言っても俺と近接戦が出来るスミレが相手だ。ウルも手を抜いたままでとはいかないだろう。
「グルゥァッ!?」
「い、いひゃい……」
「うん、合格合格」
ウルは影魔法で四肢を抑え、スミレには軽くデコピンをして止めておく。抱き締めて止めようかと思ったが、それをすればウルから対応が違うって、後で突っつかれるのが目に見えているからね。拗ねてモフモフを楽しませてくれなくなれば生きていけないし。
「スミレ、それが出来ればいいんだ。本当に殺し合って貰おうとは思っていないよ。ただ覚悟を持つという本当の意味を知ってもらいたかっただけに過ぎない」
俺は俺の周囲の人間を仲間とは思わない。
さすがに菜奈は仲間というよりも嫁だから信用も信頼だってしている。だけど、内心、何処かでスミレも裏切る可能性があると考えている節があるからね。スミレを信用しているからこそ、疑っているっていうのもあるけど。
「殺意は絶対に生きるために必要になる。強くなりたいのなら尚の事だ。それがウルに向けられるだけで十分だと思うよ。これなら魔物討伐なんて簡単だろうしね」
「それ、は……」
「人の敵は魔物だけとは限らない、それだけは伝えておきたかったんだ。人は生きる事を選択した時点で何かを奪い続ける側に回る。例え、聖者であろうと何も奪わないで生きていくなんて不可能な話だよ。まぁ」
生まれ持った聖者なんて居る訳も無い。
仮に居たとして……だから、奪わないで生きていくなんて不可能だ。仙人のように霞でも食って生きられるのなら話は別だけど。まぁ、この世界なら居ても不思議では無いか。居たところでどうでもいい話でもあるが。
「奪うにも程度の差はあるんだけどね。必要だから殺すのと不必要だけど殺すでは大きく意味が変わるだろ。だから、スミレはそういう事を平気で出来るようにはならないで欲しいな」
俺の手は既に人を殺して汚れているんだ。
俺は強くなるために魔物を殺している。ただ見方を変えればそれはきっと遊びの範疇だと言ってもおかしくはない。ましてや、生死はどうであれ、人の首を俺は落としている。魔物だって何百、何千と殺してきた俺に、俺のようにならないで欲しいんだ。まぁ、それは俺のワガママでしかないんだけど。
「ただ強くなってもらうために今から奪う側に回ってもらうけどね。これから行く場所は俺達が普段、強くなるために使っているダンジョンだ。絶対に奪う事が正義とされる世界に連れていくのに覚悟を揺らがせる事はする気も無い」
「……今から命を奪うんですもんね」
「そうだよ。それが求められる世界、強くなるという事は自分の足元に多くの屍を築き上げる事だからね。その捉え方が人によって違うだけで結果は変わりはしない。……強くなるんだろ」
スミレの頭を少しだけ強めに撫でてやった。
未だに俺は俺の本心が分からない時がある。今だってそうだ、あの時に教えると言って正解だったかは俺も知らないんだ。だけど、あの時に教えたいと声を上げた存在は既に失った本当の俺だからな。なら、それを見て見ぬふりにするのは愚かとしか言えないだろ。
「は、はい!」
「安心してくれよ。肝心な事はお兄ちゃんに任せてくれ。一人で立てないのなら俺が立たてせてあげるから気にしなくていい」
一人で立てないから誰かを頼る。
それは依存でも甘えでも無い、人として生きていくために必要な行動だ。もっと言えば、甘えだのという言葉は一人前に立てるようになってから口にしていい事でしかない。俺でも一人で立てないのに誰がその事を咎められるって言うんだ。俺には俺の、スミレにはスミレに合った方法がある。
それを俺が導いてやるだけの事でしかない。
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