2章24話 残心の中
「私、村の人が嫌いなんです。幼い時からずっと決められた人と結婚させようとしてきて……いざと言う時には助けてくれない癖に私達には求めてばかりで」
小さいながらも強いスミレの恨み言。
なのに、少しも聞いていて嫌な気がしない。こちらの反応を伺う素振りを見せたから笑みだけを返しておく。俺から何かを言って話を遮るつもりは無い。
「それでも村を出る事が出来ないからってお父さんもお母さんも頑張ってきたんです。色々な手伝いをして……あの時もそうでした」
「あの時……」
「はい、三週間前にいきなり村の近くで魔物が現れたからって昔、冒険者をしていたお父さんに討伐するように命令してきたんです。それでお母さんも一緒に倒しに家を出てしまって、それっきり……」
泣きそうなくらいに辛そうな顔。
そんなもの俺は見たくはない。だから、スミレの隣まで行って抱き締めてあげた。嫌がったりはしないだろうか、そんな事を思ったけど服に顔を埋めるだけで離れようとは一切してこない。多分だけど正しい選択だったはずだ。
「助けに行って欲しいって……頼んだんです。でも、アイツらは『もう死んだだろう』って。おかしいですよね……話をしに行ったのは家を出た次の日ですよ」
次の日には死んだって決め付けられたのか。
普通なら単純に助けに行きたく無かったのかとでも考えるだろうが……俺は全てを知ってしまっている。だから言える……村のヤツらが俺に負けず劣らずの屑野郎だってな。
「私の親は助けない癖に、一人になったのを見計らうように面談の話ばかりされて……」
「最低な奴らだ」
おっと、口から漏れてしまっていたか。
俺の胸に抱きついていたスミレが一瞬だけ顔をあげてくれた。共感してくれて嬉しかったんだろうな。どんなに弱音を吐きたくても一人だから聞いてくれる人も、助けてくれる人もいなかったのだろう。
「……私は……本当は強くなりたくなんてないんです。私が弱かったら……きっと、ボイドさんは私の傍に居てくれるから……ずっと村の近くで一緒にいて欲しいんです」
「村の近く……なのは何で?」
「それは……お父さんと約束したからです。『絶対に帰ってくるからそれまで待っていてね』って。強くなりたいと言えばボイドさんなら……なんて、私最低ですよね」
最低……別にスミレに限った話では無い。
俺だってスミレを利用しようとしていた事に間違いは無いからな。周囲に関する情報を手に入れるための相手だと思っていたし、戦い方を教えると言ったのは準備を整えるまでの暇潰しのようなものでもあった。だから、人の事を言える道理は俺には無い。
とはいえ……となると、連れ出すのは無理か。
このまま一緒に王都までとかも視野に入れていたけど多分、断られてしまうかな。……今のスミレは両親が生きているかもしれないという僅かな可能性に縋っているんだ。
帰ってきて欲しいって……きっと、それは家族として振舞おうとする俺では、偽物ではなんとかすることはできない。スミレの両親が帰って来る事でようやく解決するような大きな問題だ。
「お兄ちゃんがいなくなったら……私はまた一人になってしまいます。二人の喜びを知ってしまった私はもう独りでは」
「分かっている。独りは……辛いよな」
俺は彼女の本心までは知らなかった。
でも、その中で口にした言葉はきっと彼女にとって毒であり、薬でもあったのだろう。それ程までに苦痛を癒しながら抜けられない安らぎを与えてしまっていた。だからこそ、俺は隠さずにスミレに伝える。
「俺は……ずっとはこの村にはいられない」
「王都に……それ程の事があるんですよね」
「ああ、俺の命の次くらいに大切な存在が囚われているんだ。それに、その子に俺は幾つもの安らぎを与えられたんだ。そこまで独りだと思えていた俺を助けてくれた人がいる」
菜奈がいたから俺は新島を手を払った。
菜奈がいてくれたからグランとだって仲良くなれたからな。あの時に……手を抜いていた俺にグランは良い印象を持たなかっただろう。だから、スミレと菜奈を同じ土俵に立たせようとしても後者が勝ってしまうんだ。
「その方は……女性ですか」
「あ、ああ……女性だよ」
「そう、ですか……」
そこまで言えば自ずと答えは分かるよな。
でも……そんなに詳しいところまで気になるものなのか。アレか、兄のお付き合いしている人がいるのかも妹からすれば気になるとか……いや、誤魔化すのはやめよう。一緒にいたいという目的は俺以外にも迷惑をかけるからと分かっただけだ。
後は……俺の事を異性として見てくれている、とかも無くはないか。そこら辺をゼロと言うにしては俺とスミレの距離は近過ぎる。悪いが俺は無自覚系主人公とかでは無いのでね。人の気持ちに関しては鋭敏と言える程に深く分かってしまう。
「そうですよね、ボイドさんは……誰よりも優しくて強いですから。そんな人に……大切な人がいないわけもありませんよね……」
「ああ、その人の事は誰よりも大切に思っているよ。殺されかけでもしたら世界の全てを敵に回せる程には好きだと思っていい」
「です、よね……なら」
「でも、その子の次くらいにスミレは大切だよ。こういう事を言うのは甘えた事だと分かっているけどさ。俺はスミレの事が一人の、女性として好きだよ」
こんな事を口にするのは間違っている。
だって、その言葉は彼女の心に深い未練と大きな後悔を残すだけになるから……それでも俺はスミレに悲しい顔をしていて欲しくない。スミレが独りになるだなんて認めたくは無いんだ。例え俺の心の奥底にある感情に嘘をついたとしてもスミレのためになるのなら幾らでもわらってみせよう。
「俺はさ、スミレに笑っていて欲しいんだよ。そのためにはスミレが安全に暮らしていける場所が必要だろ。それこそ、スミレのお父さんやお母さんが帰ってくる可能性だってあるんだ」
「それは……」
「スミレが何と言われようと俺は君を強くさせる。村人がスミレを虐めるのなら、ソイツらだって一緒に倒し切ってやる。なんと言ったって俺はスミレのお兄ちゃんだからな。ずっと一緒にいられるかは分からないけど近くにいる間は俺が守ってやる」
そう言われたら何も返せなくなるよな。
本心で言えば早く王都まで行きたい。その気持ちは未だに強くあるよ。多分だけど今なら向かったとしても何とかはなるはずだ。でも、仮にそうしてしまったらスミレはどうなる。一人で苦しんできて気を許し始めてきた俺にさえも裏切られてしまったら……そんな結末だけは認めたくない。
「俺はスミレが不幸なままでいて欲しくなんてない。それに誰よりも強くなれるだけの才能があるとも思っている。だから……本気で強くなって欲しいんだ。君が一人になったとしても道を切り開けるだけの存在になって欲しい。それがお兄ちゃんとしての気持ちだ」
手を伸ばして笑いかける。
手を振り払うのならそれはそれでいい。スミレが本心で思いを口にしてくれたんだ。その気持ちだけは尊重してあげたいからな。だけど、だとしても、本音を言えば手を取って欲しい。
これはスミレに大きく関わることだ。
俺はスミレの両親に関してだって詳しく知ってしまっている。どのようにするべきか分からないからこそ、動けないでいた。いや、動かないでいると言った方が正しいか。だって……俺が解決するべき案件では無いんだ。だから、別にどちらを選ぼうと俺は気にしない。そこはスミレのしたいようにさせるだけだ。
「本当に……私を強くしてくれますか」
「ああ、スミレは大切な妹だからな」
自分でも自分の本心が分からない。
だけど、スミレの事を大切に思っている事だけは絶対に間違っていない。建前上の妹、別に本心から俺を慕っていなくてもいいんだ。食事を作ってくれたことの恩返しだってしなければいけなかったわけだからな、ちょうどいい。本心だって全てを終えた頃には幾らかは分かるだろ。
「……やります。本気で強くなります。あの時のような言い訳じゃなくて……お兄ちゃんのために強くなって見せます。いつかは別々になるとしても独りだと思わなくて済むくらい……大きなものを手に入れてみせます」
「そっか、なら、ご褒美はその期待に見合うだけのものにしないといけないね。それに……口だけの存在にならないように俺も頑張らせてもらうよ」
「うん! お兄ちゃん!」
腕にギュッと抱きついてきた。
軽く頭だけ撫でておく。この子が幸せに待っていられるように……ただ、そのためだけに……そう、それ以外の感情はきっと今は必要無い。だから、願わくばスミレが望む結果になるように……俺は祈り戦うだけだ。




