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王立魔法研究所 ~魂の在処~  作者:


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決戦のカンタータ⑤

******


 私のなかになにかが流れ込んできたとき、私はそれを冷静に見て……ううん、感じていた。


 自分は最初から器だったのだと、そんな諦めた気持ちでいたから。


 でも、その――純粋な悪とでも言ったらいいのかな――無垢な子供みたいなのにやろうとしていることが酷く歪んだ魂に、私はすぐに呑み込まれることはなかったの。


 皆の声が……聞こえていたんだ。

 皆が、私を繋ぎ止めてくれていたんだ。


 私が、黒い塊の一部に感じる温かくて眩しいなにか……それがティルファさんだと気付くころには、意識だけはほとんど回復していて。


 その魂は、人を殺め魔力を取り込むことで、すべてを自分とひとつにすればいいと考えていることも感じた。


 これを『崇高な魂』だって言うのなら、そんなのは間違いだ。


 そして、黒い魂はティルファさんがアストを想っていた、苦しいほどの気持ちを口にしてしまった。


 ティルファさんが取り乱すことで、黒い魂にも歪みが生まれて、気付けば、私は背を向けるアストに止まるよう……声を発していたのである。


 ティルファさんは私に気付いてくれた。

 同時に、私が胸に秘めていたルークスへの気持ちも、伝わってしまって。


 彼女は、私を蝕んでいく黒い魂を押さえてくれたんだ。


 だから……炎に囲まれて、皆からも隔離されたその場所で……優しく……でも強く抱き締めてくれたルークスへ、想いを伝えることができて。


 ――それだけでいいって思ってた。


 思ってたのに……。


『……好きだ、デュー』


 ルークスの声は……私の感情を揺さぶるのに、十分すぎるものだったんだ。


『好きだ。何度だって言う。……俺もお前が好きだ。だから――』


 その、甘くとろけそうな囁きと、ルークスの――翠色をした熱を帯びた瞳。

 唇が、触れるか――触れないか。


『ここにいてほしいんだ。お前の魂は、此処に在る――』


 彼はそう呟いてから、私の唇を塞いだ。


「――」


 伝わる熱が、私のすべてをじんと痺れさせる。

 同時に、私は……私の存在を、私の魂を、強く感じた。


 一瞬が、とても長く思える。

 この時間を、もっと……もっとずっと、感じていたい。


「デュー……今度はもう、そばを離れない。このまま一緒にいるよ」


 ルークスがほとんど唇を離さずに、そう口にしてくれて。  


 ぎゅうっと、胸が締め付けられる。

 愛おしい。そばにいたい。離れたくない。


「……うん。私は……ルークスがいてくれるなら……大丈夫」


 ――呟いた私のなか、彼女が微笑んだような気がした。


〈……もう抑えられない。あとは……お願いね〉


 黒い魂が、いよいよティルファさんを呑み込んで膨れあがるその瞬間。


 私は、心のなか……黒い魂を拒絶した。




〈――私の魂は……何処でもない……此処に在る――ッ!〉




 ばん、と。


 なにかが弾けるような音がして。


 目の前がちかちかする私を、ルークスがぎゅっと抱き寄せた。


「――あとは任せろ。格好いいところ、見せてやる」


 私たちを取り囲む炎が溶けるように消えていく。

 熱が、すーっと引いていき、皆の声が戻ってくる。


 そして、私たちの前には……。


『――どうしてっ、わたしのカラダ――ッ!』


 黒い靄が、大きく渦巻いていた。


 皆がそれぞれ構え、私とルークスの周りに集まってくれる。


 大臣もタルークさんも、すぐそばにいてくれた。


「よくやったルークス! あとはその器で――」

 言いかけたタルークさんに、私を左腕で抱き寄せたままのルークスがふふん、と不敵に笑ったのはそのときだ。


「悪いな親父、気が変わった。この器はもう使わない」


「なんだって?」


「……頼まれたからな、あの魂を焼き尽くしてって。――デュー、俺の炎、ちゃんと見ておけよ!」


「うん!」


 答えた私に、笑みを浮かべて。


 ルークスは右腕を黒い靄へと向けた。


「皆は下がっててくれ! いざとなったらランス、ウイング! お前たちで熱を遮断するんだ、いいな!」


「な、なんだかわかんねぇけど――デューは大丈夫なんだな!?」

「そうですわ! 説明もなしに……失敗したらただじゃおきませんことよ、ルークス!」


 ランスとウイングがそう返し、手を翳す。


「メッシュ、アスト! 魔法が撃たれたらお前たちが防いでくれ!」


「任せて所長! おかえり、デュー!」

「――いいだろう」


 メッシュとアストが構える。


「大臣! 王立魔法研究所がちゃんと仕事してるって認めてもらうからな!」


「ふん……」


 

 ズオオオオッ!



 ルークスの手に、炎が集まって激しく渦を巻く。

 その熱から、ランスの風とウイングの水の膜が守ってくれる。


「フリューゲル!」

「……っ!」


 ルークスの声に、力なく肩を落としていた騎士団長がはっとした。


「お前と俺が信じたティルファは、ちゃんと……最期まで彼女らしかった。そうだろ――?」


 フリューゲルはそれを聞いて、泣きそうな顔で笑ってみせる。


「ああ。……これで、僕も前を向けそうだ」


 そこで、黒い靄が揺らいだ。


『ひとつになりましょう、フリュー? 私とひとつなら、あなたも、ティルファも……!』


「残念だけど、もう騙されないよ。……ティルファは、君とは違う」


 ばっさりと拒絶したフリューゲルに、ルークスはますます笑った。


 そして、その手のひらから――炎が、一気に放たれる。


「焼 き 尽 く す――ッ!」



本日分です。

所長がいいとこ見せようと奮闘します。

よろしくお願いします!

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