決戦のカンタータ⑤
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私のなかになにかが流れ込んできたとき、私はそれを冷静に見て……ううん、感じていた。
自分は最初から器だったのだと、そんな諦めた気持ちでいたから。
でも、その――純粋な悪とでも言ったらいいのかな――無垢な子供みたいなのにやろうとしていることが酷く歪んだ魂に、私はすぐに呑み込まれることはなかったの。
皆の声が……聞こえていたんだ。
皆が、私を繋ぎ止めてくれていたんだ。
私が、黒い塊の一部に感じる温かくて眩しいなにか……それがティルファさんだと気付くころには、意識だけはほとんど回復していて。
その魂は、人を殺め魔力を取り込むことで、すべてを自分とひとつにすればいいと考えていることも感じた。
これを『崇高な魂』だって言うのなら、そんなのは間違いだ。
そして、黒い魂はティルファさんがアストを想っていた、苦しいほどの気持ちを口にしてしまった。
ティルファさんが取り乱すことで、黒い魂にも歪みが生まれて、気付けば、私は背を向けるアストに止まるよう……声を発していたのである。
ティルファさんは私に気付いてくれた。
同時に、私が胸に秘めていたルークスへの気持ちも、伝わってしまって。
彼女は、私を蝕んでいく黒い魂を押さえてくれたんだ。
だから……炎に囲まれて、皆からも隔離されたその場所で……優しく……でも強く抱き締めてくれたルークスへ、想いを伝えることができて。
――それだけでいいって思ってた。
思ってたのに……。
『……好きだ、デュー』
ルークスの声は……私の感情を揺さぶるのに、十分すぎるものだったんだ。
『好きだ。何度だって言う。……俺もお前が好きだ。だから――』
その、甘くとろけそうな囁きと、ルークスの――翠色をした熱を帯びた瞳。
唇が、触れるか――触れないか。
『ここにいてほしいんだ。お前の魂は、此処に在る――』
彼はそう呟いてから、私の唇を塞いだ。
「――」
伝わる熱が、私のすべてをじんと痺れさせる。
同時に、私は……私の存在を、私の魂を、強く感じた。
一瞬が、とても長く思える。
この時間を、もっと……もっとずっと、感じていたい。
「デュー……今度はもう、そばを離れない。このまま一緒にいるよ」
ルークスがほとんど唇を離さずに、そう口にしてくれて。
ぎゅうっと、胸が締め付けられる。
愛おしい。そばにいたい。離れたくない。
「……うん。私は……ルークスがいてくれるなら……大丈夫」
――呟いた私のなか、彼女が微笑んだような気がした。
〈……もう抑えられない。あとは……お願いね〉
黒い魂が、いよいよティルファさんを呑み込んで膨れあがるその瞬間。
私は、心のなか……黒い魂を拒絶した。
〈――私の魂は……何処でもない……此処に在る――ッ!〉
ばん、と。
なにかが弾けるような音がして。
目の前がちかちかする私を、ルークスがぎゅっと抱き寄せた。
「――あとは任せろ。格好いいところ、見せてやる」
私たちを取り囲む炎が溶けるように消えていく。
熱が、すーっと引いていき、皆の声が戻ってくる。
そして、私たちの前には……。
『――どうしてっ、わたしのカラダ――ッ!』
黒い靄が、大きく渦巻いていた。
皆がそれぞれ構え、私とルークスの周りに集まってくれる。
大臣もタルークさんも、すぐそばにいてくれた。
「よくやったルークス! あとはその器で――」
言いかけたタルークさんに、私を左腕で抱き寄せたままのルークスがふふん、と不敵に笑ったのはそのときだ。
「悪いな親父、気が変わった。この器はもう使わない」
「なんだって?」
「……頼まれたからな、あの魂を焼き尽くしてって。――デュー、俺の炎、ちゃんと見ておけよ!」
「うん!」
答えた私に、笑みを浮かべて。
ルークスは右腕を黒い靄へと向けた。
「皆は下がっててくれ! いざとなったらランス、ウイング! お前たちで熱を遮断するんだ、いいな!」
「な、なんだかわかんねぇけど――デューは大丈夫なんだな!?」
「そうですわ! 説明もなしに……失敗したらただじゃおきませんことよ、ルークス!」
ランスとウイングがそう返し、手を翳す。
「メッシュ、アスト! 魔法が撃たれたらお前たちが防いでくれ!」
「任せて所長! おかえり、デュー!」
「――いいだろう」
メッシュとアストが構える。
「大臣! 王立魔法研究所がちゃんと仕事してるって認めてもらうからな!」
「ふん……」
ズオオオオッ!
ルークスの手に、炎が集まって激しく渦を巻く。
その熱から、ランスの風とウイングの水の膜が守ってくれる。
「フリューゲル!」
「……っ!」
ルークスの声に、力なく肩を落としていた騎士団長がはっとした。
「お前と俺が信じたティルファは、ちゃんと……最期まで彼女らしかった。そうだろ――?」
フリューゲルはそれを聞いて、泣きそうな顔で笑ってみせる。
「ああ。……これで、僕も前を向けそうだ」
そこで、黒い靄が揺らいだ。
『ひとつになりましょう、フリュー? 私とひとつなら、あなたも、ティルファも……!』
「残念だけど、もう騙されないよ。……ティルファは、君とは違う」
ばっさりと拒絶したフリューゲルに、ルークスはますます笑った。
そして、その手のひらから――炎が、一気に放たれる。
「焼 き 尽 く す――ッ!」
本日分です。
所長がいいとこ見せようと奮闘します。
よろしくお願いします!




