決戦のカンタータ④
「し、知らないわ! 私は私だって言ったでしょう! ティルファはあなたを好きだったかもしれないけど、私にはそんなこと関係ないのよ! 退いて!」
「あいつの気持ちに興味はない」
冷ややかな声が、デューの声で話す彼女をばっさりと斬り捨てる。
「なっ、それは、そんな、アスト……」
彼女は初めて、混乱した顔をした。
俯きながら首を振るその仕草が、ティルファを思い起こさせて……俺は唇を噛む。
アストは剣をちゃきりと鳴らして、縦に構えた。
彼女はそれを凝視して、小さく悲鳴を上げる。
「待って、なに、これ……どうして怯えるのよ。私は私――これは体なの! それはわかっているでしょう、ティルファ! ――待って、アスト、私は――そんなつもりじゃ――」
デューの姿をした彼女は絶叫したあとで、打って代わり泣きそうな声で訴えた。
フリューゲルが、酷く辛そうな表情でそれを見つめる。
けれど、アストは容赦がなかった。
「なら、お前はお前のやることをやってみせろ。おい、ルークス!」
「え、おわっ!」
彼は吐き捨てると、彼女を俺に向かって突き飛ばしたのだ!
「きゃっ!」
俺が受け止めた彼女は、紅い瞳を困惑に揺らし、背中を俺に預けたまま見上げる。
「……ルークス……わ、私は……この、体は――」
「ティルファ――」
俺は思わず、その名を呟いてしまった。
これはティルファじゃない。そう思っていたはずなのに、息が詰まる。
彼女は肩を震わせ、デューの足で立つと、再び俯きながら首を振った。
「やだ……なによ、これ――こんなの望んでない。望んでないのよ、アスト――」
アストは黙って背を向ける。
彼女はひゅっと喉を鳴らして息を吸うと、呻いて項垂れた。
けれど。
「――待って、アスト。歩み寄って」
はっきりと。
彼女が口にする。
俺はそれがデューなんじゃないかと――そう思った。
アストが、訝しげな顔で振り返り、彼女を凝視する。
「……ああ。あなたが――そうなんだ」
彼女は両手で顔を覆うと、ぐす、と鼻をすすって。
次の瞬間には、顔を上げ、涙声で告げた。
「アスト――私……あなたが好きだったわ」
「……そうか」
アストは頷いてみせる。
彼女はその顔を……口元を少しだけ緩めたアストの顔を……見たはずだ。
「私は――ティルファの記憶なのね。黒い私とともに――産み落とされた。……そう、あれも私。でも、本物の私は、もういないんだね……」
彼女は俺を振り返ると、俺の胸元を両手でがしっと掴んだ。
「え?」
「ルークス! 炎の渦で私たちを覆って。いますぐに!」
「な、なにを……」
「いいから!」
俺はその目を見て、息を呑んだ。
紅い目が揺らめいてエメラルドが覗き、また揺らめいて紅くなる。
「……デュー……? 聞こえてるんだな? 全部」
囁くと、彼女は頷く。
「彼女は、私の気持ちをアストに伝える時間をくれた。私は――やれることをやる。だから彼女の声を、呑み込まれる前に、ルークス……あなたに!」
必死な叫びが胸を貫く。俺は迷わなかった。
「ルークス……!」
フリューゲルの声に、俺は口には出さずにごめんと謝って、一気に炎を巻き上げる。
「うわっ! おい、ルークス!」
ランスの声が聞こえてくるけど、応えている暇はなかった。
炎がものすごい熱を伴って、俺とデューの体を取り巻く。
少しでもその熱から彼女を守るため、俺は白い外套を広げて、彼女を包み込んだ。
「…………」
揺らめく、紅い眼。
その色が、曇りのない宝石のようなエメラルドになるのを見届けて。
「デュー」
俺は、そっとその名を呼んだ。
俺の胸元を掴んでいた彼女の……デューの両手がゆっくりと緩み、手のひらが、頬が、俺にそっと寄せられる。
「……起きたんだな」
「うん――ルークス……皆の声が、聞こえたよ。……でも、たぶん長くは……」
俺はこんなときなのに、胸が苦しくて切なくて……愛おしい彼女を思い切り抱き寄せた。
「……!」
「デュー。消えるな。消えないでくれ。……お前は器なんかじゃないんだ」
「ルークス……」
デューの声が、震える。
その小さな体で、デューはいま、抗っているのだ。
そう思ったら堪らなかった。
俺は、彼女を守ることすらできないのか……?
「伝えたいことがあるの。……あのね、ルークス、私は――」
懸命に顔を上げる彼女を、少しだけ腕を緩めた俺は真っ直ぐに見つめる。
潤んだエメラルド色の眼には、俺が……泣きそうな、情けない顔をした俺が映っている。
消えてほしくない。
「ティルファさんに勇気をもらったんだ。――ルークス、私ね、ルークスが……好きだよ」
「――!」
俺は、驚いて……息を詰まらせた。
濡れた瞳は俺の様子を見守っていて……声が出せないでいる俺に、えへへ、とはにかむ。
「伝えたかったの――好き、大好き。……ごめんね、困っちゃうよね」
困ることなんか、なにひとつない。
俺は、その背中に回した自分の腕に、デューの熱を感じ取る。
手放すなんて、絶対にできなかった。
「……ひとつだけ約束してルークス。その炎で、必ず私……ううん、『器』ごと、この黒い魂を灰に――」
話を進めようとするデューに、俺は……。
「馬鹿なこと言うな!」
怒鳴った。
まるで、ランスみたいに。
「え、ひゃっ!」
そのままデューを抱き締め、俺はその髪に指を埋める。
自分の気持ちを知って、彼女の気持ちを聞いて――そんな約束できるわけがないだろ。
「……好きだ、デュー」
「……っ!」
デューの肩が小さく跳ね、俺の腕の中で、息を呑むのが聞こえた。
「好きだ。何度だって言う。……俺もお前が好きだ。だから――」
そっとデューの耳元で囁いてから、俺は彼女の唇に自分の唇を寄せる。
「ここにいてほしいんだ。お前の魂は、此処に在る――」
「――――」
……熱が、伝わる。
ようやく恋愛らしいところにたどり着きました。




