決戦のカンタータ⑥
炎の渦は黒い魂を巻き込んで一気に巻き上がった。
塔の内部は紅く染まり、熱を帯びた風がごうごうと轟く。
『こんなもの――ッ!』
黒い魂の絶叫に蒼い雷がバチバチと弾け、手当たり次第に放たれる。
「……ふっ!」
「――は!」
アストが短く息を吐き出して、飛んできた雷を斬り伏せると、メッシュが岩の壁を作り、雷を蹴散らした。
「まだまだ!」
天井を焦がすほどに勢いを増すルークスの魔法は、激しい熱と光を放ち続け、黒い魂を巻き込みながらどんどん広がっていく。
……すごい。
炎はもはや紅蓮から明るい橙へと色を変えている。
それでもルークスの魔法は、言葉通りまだまだその威力を増しているようだ。
「体が焼けそうですわ」
「へっ、こんなもの、俺の風でどうにかしてやる!」
水と風の膜が私たちを取り巻いて守り、ウイングとランスは私と目が合うと不敵に笑ってくれた。
「心配いりませんわ、デュー」
「任せとけ!」
……それがすごく心強い。
「我が息子ながら、この威力は真似できそうにないなぁ」
「ふん。このままだと塔が炭になるがな」
「あー、それは困るね。……グリモア、ちょっとだけ手伝ってもらうよ」
「とっくに準備済みだ」
「ふふ、さすがだね。……じゃあ」
タルークさんと大臣が、目を合わせ、魔法を使う。
すると、塔の天井や壁に氷の華がぶわあっと咲いて、大臣の結界が展開された。
それはルークスの魔法で溶け落ちては再生される。
次から次へと絶え間なく展開することで、炎が塔内へと燃え広がるのを防ぐのだろう。
「わ……」
思わず感嘆の声をこぼした私は、騎士団長フリューゲルがくすりと笑ったことに気付く。
こんなときなのに、騎士団長はその――ウイングとどこか似ている精巧に作られた人形みたいな美しい顔で、困ったような笑みを浮かべていた。
彼は私の視線に気付いたのか、目を細める。
「……僕だけなにもできないのは、なんだか情けない気もするよ」
「!」
私ははっとした。
……ここは、剣の国ジェスタニア王国。
彼のように剣しか持たない人にとって、この国は自身の拠り所なんじゃないかって。
魔法差別をなくしたい、そう思ってきたけれど……彼のような存在は、魔法という未知が不安でたまらないのかもしれない。
――でも、でもそれなら。
アストの研究、対魔法戦術を広めることができれば、もしかしたら。
私はフリューゲルの手に光る剣に目を留めて、思わず微笑んだ。
ああ、それなら。
私にも、できることがある。
それに気付いたんだ。
それはたぶん、自分が『器』として作られたことを知ったから……同時に、ティルファさんが教えてくれたからだと思う。
――私には、それができるとわかっていた。
「剣をこっちに……」
私は言いかけたんだけど……ルークスの左腕が変わらず私を抱き締めていることを、唐突に意識した。
あれ待って。
この状態、じつはものすごく、ものすごーく恥ずかしいんじゃ……?
我に返るって、こういう瞬間を言うのかもしれない!
「あ、あの、ええと」
ルークスをちらと見上げると、彼は横目で私を見た。
途端に、翠色の目がすっと優しくなる。
――――か、格好よすぎやしませんか!
それだけで胸がいっぱいになり、恥ずかしくなって、私は呼吸を忘れてしまう。
うん、わかってはいる。それどころじゃないって。
いまも炎は激しく迸り、黒い魂は絶叫とともに雷を弾けさせ、皆が頑張ってくれているのだから。
――なのに、ルークスときたら。皆に聞こえないくらい小さな声で、そっと囁いた。
「……放したくないんだけど……どうしてほしい?」
「……!」
そんなこと言われたら、放してなんて返せるわけがない。
ずるい。ずるすぎる!
「う……。だ、大丈夫……」
私は声を絞り出して俯き、代わりに右腕を伸ばして手のひらを……フリューゲルに向けた。
このままやるしかないって、必死で冷静なふりをするしかなくて。
「フリューゲル……あの、剣をこっちに」
「――剣を?」
でも彼はこんな状態の私を見ても、照れた素振りすらなくて。
……そういえば、皆もなにも言わなかったよね。
いや、本当にそれどころじゃないだけだ、きっと。
顔が熱いのは、ルークスの魔法のせい。
――そうだよね。きっとそう。
自分に言い聞かせながら、私はフリューゲルの剣に雷をはしらせた。
「……!」
フリューゲルがそれを見て、目を大きく見開く。
雷は磨き上げられたフリューゲルの剣へと宿り、その刃には蒼白い光りが灯る。
それは、とても美しい剣だった。
「これは……」
「私の魔法を宿したの。これで戦えるはず、あなたも。……ティルファさんが、それを望んでる」
息を呑んだ彼は、私と剣のあいだに視線を往復させた。
「デュー、君は……いや。ありがとう、感謝を!」
フリューゲルは頷くと、剣を構えて踏み出す。
彼が剣をすっと持ち上げ美しい動作で振り抜くと……刃から雷が放たれ、ルークスの炎の渦を突き抜けた。
『う、あ――!』
黒い魂が絶叫する。
「うおっ、おい騎士団長!? なんだよその剣……!」
余裕が出てきたのか、気付いたランスが声を上げ、アストがその隣で眉をひそめた。
「これが……魔法の力なんだね」
フリューゲルは彼らに微笑むと、ふたたび剣を構え気迫のこもった声で、王立魔法研究所、所長を呼んだ。
「ルークス!」
「ああ、やるぞ、フリューゲル!」
ルークスの炎が、ぶわあっと広がって消える。
その炎に巻き込まれ、小さくなった黒い魂が揺らいだ。
すでに私よりもひとまわり……ふたまわりは小さいかもしれない。
――きっとやれる。私は確信した。
『嘘よ! 私を、たかが魔法なんかで……消せるわけが……!』
私と同じことを思ったんだろう。
たまらずそう言った黒い魂に、タルークさんが冷静な言葉を投げたのはそのときだった。
「残念だね。魔力の塊の君は、魔力を変換させることで使用する魔法に押し負ければ、そこで消えてしまうということ……。覚悟したほうがいい」
『――そんな……そんなこと!』
「はああぁ!」
「消えろ――ッ!」
フリューゲルと、ルークスの声が重なる。
――雷を纏う刃とねじり上げられた炎の槍が、黒い魂を穿った。
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