道化に送るシンフォニー⑧
実際、調べてすぐに怪しい情報は掴んだよ。
魔法大国では『雷使い』を集め始めたんだ。
同時に、ある鉱石もかき集めているのがわかってね。
その鉱石について調べてみたら、実にいい触媒になるってことがわかった。
簡単に言うなら、そうだな。魔力で箱を作るときに利用することで、効率よく箱を組み立てることができるようになる。
自分の研究から、器を作ることに適しているのが雷の魔法だとわかっていたのもあってね、ピンときた。
――彼らは器を作ろうとしている。当然、魂もだろう。
私は実際に国外へと赴き、大国を探る密偵として動くことにした。
魔法研究所付近に住み着いて、動向を調べていたわけだな。
けれどなかなかボロは出さない。――研究者として当然ではあるんだが――来る日も来る日も出入りする人間を調べ、行動を監視し、居酒屋で近付いたりもした。
ようやく手に入れたのは『まがいもの』と『崇高な魂』とやらの話だった。
昔『完成品』があったのを、裏切り者が駄目にしてしまったそうでね。
それを作るための情報は機密事項で、裏切り者しか閲覧できなかったために、まんまと情報は消され、研究は途絶してしまったらしい。
なら、『まがいもの』はその完成品の模倣……もしくはまったくそこに至らない歪なものだったんだろう。
『崇高な魂』とやらは、おそらくその言葉通り――器に入る魂のことを指すと仮定して、さて……じゃあ、その駄目になった『完成品』とはなんだろう?
答えをくれたのが、デューの記憶だったんだ。
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私は鼓動がどんどん速くなるのを感じていた。
皆は思い思いに座ったり、壁に寄り掛かったりしていて、床に座る私の左隣にはウイング、右隣には……ルークスがいてくれる。
呼吸まで乱れそうになるのを必死に押さえ込んで、心細さを誤魔化すために、私は膝の上で手を組んできつく握った。
タルークさんは一呼吸置いてから、また話し出す。
「……まず、裏切り者はふたり。デューの両親だ。彼女の家が荒らされていたのは見たね、フリューゲル?」
「――はい」
応えたフリューゲルは、落ち着いていた。
その長い睫毛が伏せられることはなく、しっかりと前を見つめている。
アストと同じ騎士団の団服は、彼の美しい容姿と相まってまた違った雰囲気を滲ませていた。
「襲ったのは魔法大国の人間だろう。なぜこんなにも先手を打たれたのか――わかるかい、ルークス?」
「……ッ」
次の質問に、ルークスは――目を伏せた。
白くなるほど握られた拳が、震えている。
やがて彼は横目で私を見ると、泣きそうな顔をした。
「――なんで、俺に、それを――」
ずき、と胸が痛む。
ルークスは、気付いたんだ。
だからそんな、泣きそうな顔してくれたんだ……。
ここまで言われたら、タルークさんがなにを言いたいのか……私にもわかってしまった。
それはきっと、当事者だから。
でも、ルークスは気が付いている。そのうえで口にするのを躊躇ってくれている。
――優しいから、ルークスは。
感情は……急にさざ波ひとつ立てなくなって、酷く冷静な自分に気付く。
たぶんこれが、私の在るべき姿なんだ。
私は、静かに息を吸った。
「『完成品』……それが、ジェスタニア王国にあったから――ですね。たぶん、その崇高な魂は『完成品』を見つけることができて、その結果、父と母の居場所がバレてしまった」
「やめろ、デュー」
ルークスが、私の右手を取ったのはそのときだ。
握られた手首だけが、とても熱い。
そこだけ、感情があるみたいだった。
そこだけ、皆と繋がっていられているみたいだった。
「ううん、いいんだよルークス。……黒い靄はわたしの居場所を追ってこれた。そういうことなんだよね? わたしが『完成品』だから――あぁ、そっか……もしかしたら、わたしの使う魔法に反応して、気付かれちゃったのかもしれない。だとしたら、全部……わ、わたし、の……」
わたしのせい。
わたし、が、ここに来てしまったから。
この国で、まだ新人だった騎士が命を落としたのも、皆がこんなに辛い思いをするのも、全部。
「……ッ、タルーク! そいつを止めろ!」
「所長、なにか……駄目! 結界が破られる!」
大臣の声と、メッシュの悲鳴にも似た訴えが頭のなかに響く。
同時に空気が震え、一切の音が、一瞬だけ途絶えた。
そして、扉だった場所の向こう……騎士の像の下に『黒い靄』が姿を現す。
わたし、は、ふう……と息を吐き出して、力を抜いた。
わたし、は、器だった。
それなら、いま、この瞬間。
私の魂は――どこにあるのだろう?
私は……ただの道化だったのか。
全てが遠のいていくなかで、ただひとつ。
手首の熱だけが、私に強い気持ちを残してくれた。
「ルークス――私、あなたに……伝えたいこと……」
視線を、彼に向けることはできなかった。
言の葉を、最後まで続けることも叶わなかった。
わたし、は、器だ。
わたし、の、魂が――いま、まさに入り込もうとしている。
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