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混沌のワルツ⑨

******


 ランドワールとランスを待つあいだ、俺は騎士団の陣に留まることにした。

 ハームとシルガが率先して隊長の様子を告げてまわり、魔物を討伐したことを伝えている。


 炭火で焼いていたはずの肉はすっかりなくなっていて、俺はまだ熱を保っているかまどのそばに座った。


 騎士たちの目は、さほど気にならない。


 俺はほっと息を吐いて、魔物の魔力を溜めたはずの鉱石を取り出す。


 ……ここじゃ調べられないから、ただの気休めなんだけどな。


「コップ、借りてきましたわ」


 そこに、太陽のような髪をさらさらと揺らしながら、ウイングがやってくる。


 騎士からものを借りてこれるのはさすがといっていい。


 差し出されたコップには水が並々と注がれていて、俺はそれを一気に飲み、ふーっと息を吐いた。


 体が水分を欲していたことに、今さら気が付く。


「……少し食べないとな」


 苦笑すると、ウイングは隣に座って笑った。


「ええ。……食べ物も分けてくださるかしら?」

「うーん。さすがに食糧まで分けてもらえるとは思わないなぁ」


 そこに、バヴェルが無言でやってきた。

 ……食べ物の話は聞こえていただろうが、勿論手ぶらである。


「どうした?」

「お前が隊長を無理矢理……連れ出したから」


 俺の言葉に被せるようにして絞り出された声に、ウイングの目が眇められた。

 俺はそれを目線で咎めて、バヴェルに向きあう。


「ああ。怪我なんてちっとも気付かなかった。……悪かった」

「……お前にはわからない。剣で敵と肉迫するんだ、隊長に……俺たちに危険なことを任せて、自分は後方から――」


 震える声。

 遠巻きに、ほかの騎士の視線が集まるのを感じた。


「魔法なんてもの、ここには必要ない! 臆病者め! 剣の誇りすら持たないくせに、なにが討伐だ! お前が来なければ、隊長は――っ」


「あなた……ッ、それは……!」


 腰を浮かせたウイングを、俺は今度こそ手で制した。


 バヴェルが怒っているのはわかる。

 それが矛盾していることもきっと気付いているのに、ぶつける場所はここしかないのだろう。


「……剣の誇り……ね。わかった。バヴェル、ここに訓練用の剣は持ってきてるか?」


「……なに?」


「それならば、ここにある」


 カランカランッ、と乾いた音を立て、訓練用の木刀が目の前に転がってきた。

 振り向くと、ハームが難しい顔をして立っている。


 その横にはシルガの姿もあった。


 思い切り剣を振るうことが、いまのバヴェルに必要なことだろうな。

 ……その鼻先をへし折られることも含めて。


 俺は木刀を拾い上げ、バヴェルに向き直る。


「剣の誇りがあれば、お前は俺たちを認めるのか? そうは思わないけどな。隊長は怪我を隠してまで先陣を切ってくれた……俺はランドワールに感謝してるよ。そうしなきゃ、お前たちの士気は下がったはずだから。……ランドワールはちゃんとわかってくれてた。だから、俺はここにいる」


 本当なら、待機させている翼竜に乗って、すぐにでも戻りたい。

 デューに会いにいきたい、と……そう思って俺は首を振った。


「俺は王立魔法研究所の所長。剣でなく、魔法で認められることが俺の使命だ。騎士と争ってる場合じゃないんだよ、バヴェル。守るべき民がいる――それを忘れたお前の剣の誇りなんて、なんの意味もない。そんなもの捨てちまえ!」


 俺は木刀の片方をバヴェルに放った。

 ……俺も頭を冷やす必要があるみたいだと、どこか遠くから冷静に見ている自分がいる。


「……ッ、この!」


 バヴェルは駆け出しざまに木刀を拾い上げ、真っ直ぐ突っ込んできた。


 俺は左に半身だけ移動して、バヴェルの一振りを弾き上げる。


「っ!」


 まさか簡単に迎撃されるとは思っていなかったのか、バヴェルはマントを翻して飛び離れた。


「どうした? 来いよ」


 挑発してやると、驚いていたバヴェルの表情がぎゅっと嫌悪に染まる。


 再び地を蹴ったバヴェルの木刀が俺の右から振り抜かれ、俺はまた弾いた。

 何度も何度も繰り出される攻撃は、がむしゃらで、落ち着きがなく、読みやすかった。


「なん……でだよっ! なんで、当たらないんだよっ!?」


 バヴェルの声は、悲鳴のようでもある。

 俺は答えず、ひたすら弾く。


 ――騎士団長が幼馴染みの俺にとって、剣は魔法と同じくらい長い時間触れてきたものだ。


 騎士団のなかでも、それを知っている奴は多いはずだった。


 ハームやシルガも、知っていたんだろう。


 バヴェルの腕が上がらなくなるまで付き合うつもりだったけど、次の瞬間、俺の集中は一気に吹き飛んだ。


「……なんでだよっ! 仲間ひとり守れなかったくせに!」

「――ッ!」


 放たれた言葉は矢のように俺を射貫き、頭のなかが真っ白になって。


 俺の前で斬られたティルファ……そして、いまも牢屋に入れられているデューの微笑みだけが、脳裏にちりちりと焼き付くように過ぎっていく。


 横薙ぎに切り払われたバヴェルの一撃を、切っ先を下にして立てた木刀で受け、俺はその刃を滑らせるようにバヴェルに肉迫した。


 体は、半ば染みついた経験だけで動いている。


 急に攻撃に転じた俺に驚いたのか、後ろに引こうとして上半身の重心が崩れたバヴェル。

 その剣を下から上に絡め取るようにして弾き飛ばし、俺は無防備になった首筋へと木刀を振り抜こうとして……止まった。


 そのまま切り払わずに済んだのは、ウイングの水の球が俺の剣を包み込んだからだ。


「……う」

 バヴェルの目は、信じられないと訴えている。


 俺はその怯えが混ざる光りに向き合って、唇を噛んだ。


「――いまだって、仲間が囚われてるんだよ……ッ!」


「……え?」


「守れなくて……彼女が……デューが囚われてる――それは、俺のせいだ。……でも、俺はそれを置いてここまで来たんだ」


「お前、なに言って……?」


「剣だけじゃ、守れないものもある。魔法だけじゃ守れないものもある! なら、協力すればいいだろ! それを実現させるために来たんだ! 敵は俺たち魔法を使う者なのか? 違うだろ!?」


 デューが待っているのに。


 こんなことで怒るつもりはなかった。

 それなのに、俺は……。


 そこに、ウイングの冷ややかな言葉が降りかかる。


「そこまでですわルークス。バヴェルでしたわね。あなたも、人を怒らせてなにが楽しいのかまったくわかりませんわ。団長は自分の意志で戦ったのに、それをこんな形で貶めるなんて失礼ですのよ? ……あなたの剣の誇りは、そんなことのためにかざすものではありませんわ。頭を冷やしなさい」


 瞬間。


 俺とバヴェルの頭の上で、大きな水球が弾けた。


 ばしゃあっ!


「……」

「……」


 バヴェルと俺は、ぐっしょぐしょに濡れたお互いを見詰めあいながら、呆然と立ち尽くす。


 俺は髪の毛の先からぼたぼたと水を垂らすバヴェルに、みるみる冷静になった。


「……あー。ごめん、バヴェル……」


 思わず呟くと、バヴェルは仏頂面で鼻を鳴らした。


「……説明するなら、謝ってやってもいい」


 俺はそれに苦笑して、とりあえず大きな火を起こそうと決めた。

 


お待たせしました!

よろしくお願いします!

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