新妻の策略
教会の外で挨拶に追われる、つい先程夫婦になったばかりの新郎新婦。
その二人――正確にはその片方を熱心に見つめる、一人の少女の姿があった。
仲間達の群れから離れ、思う存分憧れの人の晴れ姿を堪能している。どんよりとした天気とは正反対に、その少女の表情は晴れやかだ。
そこに、一人の少年がどしどしと近付いてきた。
「おい、何キースに見とれてんだよ、このブスラダ!おめーみてぇなブス、相手にされるわけねーだろ!」
見るからに腕白そうな少年は、ラダを指差して喚き散らす。
しかしラダは、大声でまくし立てる少年に目もくれない。『鬱陶しい奴が来た』と言わんばかりに、彼から目を背けて苦い顔をしている。
「こっのやろう・・・ブスの分際で無視かよ、このブス!」
ラダが何も言葉を返さないと、少年はますます声を荒らげる。
だが、彼女はなおも押し黙ったままだ。
(早くあっち行って・・・)
ラダが言い返そうものなら、大抵もっと面倒臭いことになる。少年より論理的な物言いをするラダの方が、最終的に彼を言い負かす形になるからだ。そうなれば、ハチャメチャな罵り文句をラダにぶつけた後、少年は言葉以外の物をつかって嫌がらせをしてくる。
ラダが読んでいる本を取り上げたり、ラダの髪をひっつかんでボサボサにしたり、虫やカエルを投げてきたり――
稚拙な嫌がらせは他にも色々あるが、ラダにとってはどれも注意を向けるに値しない。
ただ、鬱陶しいだけだ。
そんな状況をなるべく避けたいがために言い返さない訳だが、それはそれで少年の神経を昂らせるものだ。
「ほんっとにつまんねー奴だな、お前は!」
ラダは、眉をしかめてため息を吐いた。
(じゃあ、構わなきゃいいのに)
まだ幼い少女には、相手の気を必死に引こうとする少年の心は理解できなかった。
「残念でしたー!キースは、あの性格悪そうな女と結婚するんだよ!お前なんか相手にされるわけねーから!」
その一言に、ラダの顔がぴくりと引き攣る。
自分は何を言われても構わない。だが、憧れの人を貶められたことは許せない。
「この、ブスブスブスブスブ――」
「うるさいしつこい黙って!」
少年の方を振り向き、ラダは彼以上に苛烈な声音で言い放つ。
面食らった様子の少年が体を引こうが、一向に容赦しない。
「リエラさんを性格悪そうとか言わないで!それにわたし、キース様なんかに見とれてないし」
ラダが意図せずに放った暴言に、傍らで一部始終を見ていたロレントとエルゼは吹き出した。
「ひっでぇ・・・キース様かわいそ」
二人と共にいた孤児院の少年が、『なんか』呼ばわりされたキースを哀れんでいる。
それがより一層弟を悲しい男に仕立てあげているような気がして、ロレントはさらに苦笑を漏らした。
「僕の弟も哀れな奴だ」
「ふふ、意外と毒舌なのね、ラダは」
名実ともに夫婦になった二人は、子どもを見守る親のように、ラダたちの可愛らしい諍いを覗き見ている。
しかし、当の本人たちにはそんな和やかな気配は微塵もなかった。
「はぁー?やっぱりブスはごまかしが下手だなぁ!さすがブス」
「あーあ!やっぱり頭の悪いやつは言ってることが意味わかんないなぁ!さすがアホ」
「んだとこのブス!」
「何よ、アホオルジェ!」
「ブスブスブスブスブスブス!」
「アホアホアホアホアホアホ!」
双方ともに冷静さを失い、口論は収拾のつかない方向へ向かっている。
さすがに、エルゼも黙って見ていられなくなってきた。
「あー、もう・・・」
他の参列客の目を引いてしまうような事態は避けなければならない。
孤児たちを守る立場にある者としての責任だ。
「こら!」
未だに『ブス』と『アホ』の応酬を繰り返す二人の前に、険しい面持ちのエルゼが現れた。
「二人ともいい加減にしなさい!オルジェはどうしていっつもラダばっかりいじめるの!ラダも、今日に限ってどうしたの?そんなにムキになって」
エルゼの台詞に、ロレントの隣に立つ先程の少年が首を傾げた。そのあどけない顔には、不可解そうな表情が浮かんでいる。
「ラダの方はよくわかんないけど・・・オルジェがラダをいじめる理由なんて、年少の奴らでもわかりますよね?」
少年の問いかけに、ロレントは引きつった笑みを返す。
「カイル、それは少し言い過ぎだが・・・まぁ、エルゼは確かに鈍い」
――妙なところで鋭かったりするんだが。
そんな思いも生じるが、ロレントがそれを口にすることはなかった。愛しい人の"隠れた一面"というものは、どうも自分以外の人間には秘密にしておきたくなる。
一方、エルゼのお叱りを受けた二人は揃って大人しくなっていた。
「すみません・・・オルジェがリエラさんの悪口言うから、つい」
ラダの発言に、エルゼは目を瞬かせる。
予想外の名前が登場した。
「あらあら・・・ラダはリエラ様が好きになったの?」
「はぁ!?何だよそれ!」
「オルジェはちょっと黙っててねー。で、で、どうなの?」
何やら嬉しそうな顔で急かすエルゼに、ラダは先日のリエラとの出会いを説明した。
「リエラさん、とってもかっこいいと思います。私を助けてくれた時・・・王子様みたいでした」
「あら・・・そうなの」
オルジェは未だに『何だそれ!』と喚き散らしている。だが、ロレントと共に現れたカイルに引っ張られる形で、渋々その場を後にした。
「ねえ、ロレント」
エルゼはロレントの傍により、リエラの観察に夢中なラダには聞こえないよう、小声で語りかける。
「何だ?」
「ラダって、その・・・一人でいることが多いでしょ?他の子より大人びているせいもあるけど」
エルゼの言葉に、ロレントは複雑そうな表情になる。
「まぁ・・・確かにな。他の子たちと遊ぶよりも、一人で本を読んでる方が好きみたいだし・・・孤立しがちな印象はあるな」
「庭の掃除も、年少の子のお世話も、誰より熱心に手伝ってくれてるわよね?なのに、私たちがお礼に何かしてあげたいと思っても、何もせがまないし」
「そうだな。礼儀正しくて謙虚な分、僕らに遠慮している感じもある」
うんうんと頷くロレントを見て、エルゼは上目遣いになって口角を上げる。何らかの企みを持っている時の、彼女の表情だ。
基本的に真面目なエルゼがたまにしか見せないそれは、ロレントにとって貴重なものだった。
「それで、何を企んでるんだ?」
微笑みながら問いかける夫に向かって、エルゼは得意げな表情を向ける。
「ここはね、私たちの義妹を孤児院に招待してみましょうよ。ラダを喜ばせてあげない?」
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