バトルファイル003-1 VS手指
対海賊護衛会社キリサメ所有、護衛船ヒュウガ。
中型船の中で、大きな格納庫と余裕のある基礎設計が特徴のマッコウ型と呼ばれる種類の宇宙輸送船。
格納庫と対宙装備を改造した本船は、人型機動兵器を主力とする非常に稀な護衛船である。
単純機動性で宇宙機に劣る人型機だが、データにないトリッキーな軌道や最初から対宇宙機を想定して準備された装備など、ニッチな部分での優位を最大限に活かして、対海賊戦闘に連勝を重ねていた。
通常、振り掛かる火の粉を払うのが警備会社の役割だが、この会社は火の元への「追撃」を契約書に明記してあり、宇宙機を失った海賊母船の拿捕売却を最大の利益元としていた。
艦船の占領に人型が優位なのは結果が証明しつつあるが、万事順調という訳では無かった。
帰還シークエンスを終え、プレナムサインが出た低重力下の格納庫内。帰還した人型機動兵器に近寄るクルー達。海賊を返り討ちにし、良好な状態で母船の鹵獲に成功。帰還した人型機動兵器を迎える船内は祝賀ムードだった。
整備位置に固定された人型機動兵器のキャビンから前席のパイロットが、ふわりと飛び降りてくる、パイロットスーツのヘルメットロックを外しながらゆっくり着地したパイロットは、ヘルメットを脱ぐと同時に髪を振り、キザな仕草で掻き上げてストップモーションした。歓声待ちである。
そこへ肩を怒らせ、大股でずんずん迫る背中がある。高身長の立派なガタイに一本結いした赤いくせ毛。
筋の通った高い鼻と歯車モチーフのピアス。整備士のツナギの背中には班長の文字。
ハンチョウ
「何度言ったら分かるの?!何で毎回マニュピレーター壊して来るの?!何で機体の中で一番繊細な部分でぶん殴るの?!」
キメポーズで歓声待ちをしていたパイロットは、高い位置から鼻先に革手袋の人差し指を突きつけられて文字通り鼻白んだ。
格納庫クルー達
「うわ。プリーニオさんまた壊して来たんか」
「ハンチョウ怒らせるのやめてくれよナー。整備班大変なんだからサー」
ハンチョウの剣幕の割りには、やれやれとやや緩いテンションのクルー。
プリーニオ
「いや、その……心理的圧力を高めて投降を促す……ためにー」
ハンチョウ
「マスターキーでミンチにしてるんだからコレ以上の圧力要る?見りゃ分かるのよ?小指側潰れてるって事は、上からコウ叩いたのよね?コウ!!」
プリーニオの鼻先で拳を何度も振り下ろすハンチョウ。プリーニオは頷くように拳を目で追ってしまう。
すっかり気圧されているプリーニオの後ろに、遅れて人型から降りてきた人物がヘルメットを脇に抱えて着地する。
ハンチョウ
「新入り!あんたもナビゲーターなんだから止めなさいよ!何で見てるのよ!」
新入りナビ
「無理ですよぉ。レーダーと火器管制のナビシートで機体制御にカットインなんて出来ませんよ」
ハンチョウ
「コウやるのよ!コウ!」
プリーニオの頭に空手チョップを二度落とすハンチョウ。その様子に周囲から笑い声が漏れる。
ハンチョウ
「もう予備パーツないわよ!あんたらも、予備機からの共食いは許しませんからね!」
そう言ってハンチョウは機体の整備の為に、整備足場へと登って行く。
後半の言葉は他の整備クルーに向けてだった。共食い整備は一度でもやると歯止めが効かなく、備品や物資の管理がいい加減になりがちで、整備士間では堕落へのラチェットと呼ばれているタブーだ。
プリーニオ
「やれやれ、こいつぁ……打つ「手」無しかぁ」
その言葉に周囲は笑いに包まれ、整備クルーはパイロットに労いの言葉を掛けて、それぞれの作業に取り掛かった。
解散した人混みから、オーバーイヤーヘッドホンを付けた一人のパイロットがプリーニオに近づく。もう一機の人型機動兵器のパイロット、ナビ無しで最多撃墜数を更新し続けるエースだった。
エース
「承認欲は満たされたか?重宇宙服に着替えて掃除だ。新入り、行けるな」
新入りナビは頷き、三人は連れ立って気密室へと移動して行った。
エースの言う掃除とは、拿捕曳航している海賊船に爆発物などの置き土産や密航者が居ないかのクリアリングをする事である。
元軍人のエース曰く。こういう作業を機械任せにしていると肝心な時に後ろを気にしなきゃならない。だそうだ。
ドローンを飛ばして船内をスキャンした後、エースの指導のもとプリーニオと新入りは人力でのクリアリングを学んでいく。それは逆にもし船を制圧された時、どこで何をするのが良い抵抗かを学ぶレクチャーでもあった。
ーーーマニピュレーターーーー
精密作業用手腕の総称である。
兵器ツリーには存在しないパーツだが、災害救助から派生した作業機には一部装備されている。汎用性とイメージトレースが利点とて上げられるが、可動部品が多く、バーツが繊細で、多数のセンサーが内包されるパーツであるマニピュレーターは当然衝撃に弱い。
人型であるが故か、マニピュレーターで物理攻撃してしまう事例は試作段階から多数報告されている。イメージトレースでロボットボクシングする興業が悪い影響を与えているとする者も、古いアニメのせいだと主張する者もいる。
そして、人型機動兵器において武装を持ち替えられる汎用性だが、実働して問題点が見つかった。
対振動固定力の弱さである。
対宇宙機を前提に用意された装備に、塗膜割り用の実弾兵器がある。ビームで塗膜表面を蒸発させるより、実弾で塗膜を割る方が短時間で塗膜性能を低下させうる事が実践で証明されつつある。まだ一般的ではないが現状優位の実弾兵器。その発射振動が問題だった。
人間の手は皮膚と肉が滑り止め兼緩衝材として機能するため固定力が欠点になる事は無いが、金属の指は振動が共振を誘い繊細なパーツは緩み歪み、出撃の都度メンテを必要とした。
対策として試作された振動吸収ラバーグローブだが、固定力が更に悪化、肝心の命中率を低下させた。
このような理由から整備班から時間と労力を奪っていたマニピュレーターだが、あろうことか毎回壊してくるヤツが居て、交換部品の不足もあり遂に一枚の企画書が経営部に上げられる。
ーーーーー
護衛船ヒュウガ内、食堂。
襲撃に備えながらの航海。そのストレスを発散する大切な要素として食事がある。温かく上等な食事は体と心を温め、航海のトラブルを未然に防ぐ。
護衛船ヒュウガは、オーナーの意向で食堂に十分な予算が投じられていた。
護衛対象の輸送船が食材を献上し、食堂を利用させてくれと懇願に来る度に料理長は小さくガッツポーズをするのだった。
その食堂の一角。一般ブースで食事ミーティングする整備班に、デカいトレイを持った男が近づいて来る。
パイロットは食事の内容も量も違う為、食堂はゾーニングされているが、その男はゾーンを破って侵入して来る。
プリーニオ
「おいハンチョウ嘘だろ?俺達のロボから手を無くす企画書上げたって」
ハンチョウ
「何がロボよ。そんな認識だからロボットパーンチとか叫びながらコンテナにマニピュレーター叩きつけるのね。ログ見たわよ」
整備士達が占拠する8人用テーブル。ハンチョウの隣に腰を下ろし、やや見上げる姿勢でハンチョウと口論するプリーニオ。
プリーニオ
「うっ。いや、だがなハンチョウ。やっぱロボには手が必要だろ?格納庫で宇宙機のコクピットを潰す……」
ハンチョウ
「撃ちなさい」
プリーニオ
「こじ開けで歪んだハッチの溶接……」
ハンチョウ
「ジェル吹きで」
プリーニオ
「アンカー外したり……」
ハンチョウ
「ビーム撃ちなさい」
プリーニオ
「そもそも武器持てねえだろ!」
ハンチョウ
「持たなきゃいいのよ」
プリーニオ
「てめえ!人がシタテに出てりゃ!」
ハンチョウ
「あなたシタテの意味分かってないでしょ!」
立ち上がって額を突き合わせる二人を、慌てて羽交い締めして引き剥がす整備班の面々。周囲は二人程ヒートアップしておらず、遠巻きには見物しながら食事を継続する者もおり、二人の喧々諤々がいつもの事だと感じさせる。総じて雰囲気は「まあまあ」といった感じである。
その時、警報が未確認機の接近を告げる。
プリーニオは両手をバンザイするとストンとしゃがみ、何の苦も無く羽交い締めから抜け出す。そして振り返りもせず駆け出し食堂を後にした。
艦橋クルーは一瞬待ってパイロットが通ったのを確認してから走り出し、整備士達はパイロットや艦橋クルーが放置した食事トレーを返却口に放り込んでから駆け出す。
シェフ
「みんな無事に帰って来るんだよ」
おたまを握ったままの両手は、祈るように、額の前に強く組まれた。
プリーニオ
「……手……無ぇじゃん……」
パイロットスーツに着替えたプリーニオは、自分の乗る人型機動兵器の前でフリーズした。
先に乗り込みキャビンから伸ばす新入りの手にも気付かず、呆然と、数時間前まで手のあった箇所を見ていた。
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