バトルファイル 012 VS 冷却
女整備士
「ラルズさん。普段からソレして下さい」
対海賊護衛艦ヒュウガの宇宙機整備デッキ。
整備エリアにまで溢れていた物資がようやく目立たなくなった頃。日程的には連続護衛受注の四分の一程度を消化したある日。
整備に下りてきたラルズは、短い赤髪の小柄な女整備士に声を掛けられた。
ラルズ
「やあ、ジーナ」
そう応えてラルズは胸ボケットに挿してあったソレを、あわてて装着する。
ソレとはゴーグル型視線走査記録機。つまり装着者が何処を見ているかを記録するデバイスである。
ラルズは先日のジーナ騒動を思い出す。騒動と言うには些細な、しかし宇宙船という密閉空間においては重大な騒動だった。彼女の行き過ぎた効率主義が生んだ問題だったが、今では週2回ハンチョウの元を訪れて匂いチェックを受けているようだ。
上層階から浮遊落下してきたラルズは整備デッキ床に柔らかく着地、ジーナに向き直る。
床の45センチ角のブロックタイルは宇宙鉛と呼ばれる「鉛の20倍の質量」を持つ金属をスピナーさせて0.1Gの疑似重力を発生させている。床から50センチ程度までしか及ばない人工重力だが、これに磁力と空調を組み合わせて工具や液体が無限にすっとんで行くのを防いでいる。
タテイシという老舗医療メーカーがこの技術を発表した時、もっとも震えたのは飲料業界だったと言われている。それまで宇宙空間ではチューブ入りでしか提供出来なかったスープやコーヒーが香り立つ状態で提供できることになったのだから。
女整備士ジーナ
「提案書ちゃんと読んだですか」
落ち着いたトーンで静かに話すジーナは、タブレットからコードを伸ばして先端にある指先程の部品をラルズのゴーグルに当てた。
ゴーグルから端末に吸い上げられるデータは少量で、ジーナは不満顔である。
ジーナ
「実弾命中率が低く、塗膜破壊に時間がかかって戦闘時間が伸び、結果自機友機ともに危険に晒している現状を改善するためのビーム高出力化プラン。パイロットになったラルズさんの為のプロジェクト。ちゃんと協力して」
そう。「光学兵器高出力化に備えた新冷却装置増設に伴うUIデータの収集」
ラルズらパイロットに届けられたゴーグルには、そう書かれた提案書が添えられていた。
ラルズは自分を納得させるために、順を追って確認する。
ラルズ
「えっとジーナ。僕の為であってる?」
ジーナ
「あってる。ラルズさんは実弾はダメダメだけどビームは当てれてる」
ラルズ
「実弾を諦めて出力を上げたビームで塗膜を溶かした方が早いけど、その為にはより強力なラジエターが必要?」
ジーナ
「あってる。ビームの出力を上げるのは簡単。でも従来のフィンラジエターだと冷却能力が追いつかなくて次撃までの間隔が非現実的。だからアタシが任意展開の新しいラジエターを設計した」
ラルズ
「温度管理が大事なのは分かるけど、視線データはプライバシーじゃないかなぁ」
ジーナ
「あってない。新ラジエターは液滴式でゼロモーメント時が最大効率。ビーム発振器から1000ケルビン弱の熱を奪った液体スズを100μmサイズで宇宙空間に噴霧、往路液体スズが22.5メートルの距離を2.5秒かけて移動し、回収器を経て再噴霧で復路も同様に22.5メートルの距離を2.5秒かけて移動、液体上限温度1000ケルビンから液体下限温度500ケルビンまで放熱、熱源に再接触して1000ケルビンまで熱を奪いループ。長大な往復ミストは回収メッシュの表面張力で液体スズを逃さないけど、ミストが結合すれば排熱効率は低下する。だから任意展開式ラジエター温度管理UIの場所が、モーメント由来の姿勢制御側がいいのか、次撃由来のクロスヘア側がいいのか、視線が最も通過する交差点付近がいいのか、エンジニアじゃ分からなかった。だから視線データが必要」
ラルズ
「お、おう。そうだな」
言葉の濁流に押し流されそうになりながらも、ラルズは懸命に踏みとどまる。
ラルズ
「それなら、戦闘中のデータでよくないかなぁ。普段の視線データはやっぱりプライバシーの侵害だと思うなぁ」
ジーナ
「あってない。アドレナリンは一次的に処理能力を高めるけど、解決しないとストレス物質と認識してトランスポーターが受容拒否して、今度はセロトニンを無理に分泌しだすの。脳の興奮弛緩は視界や視野に影響を及ぼすから、普段のリラックスした状態のデータも必要」
ラルズ
「ぐ……」
ジーナ
「ロマーリオさんは巨乳。エースさんはお尻。ラルズさんはふくらはぎ。そんな付随データはどうでもいいの。プライバシーを祭壇に捧げる事で生き長らえるなら、躊躇う理由はないのです。パイロットの生死は艦と会社全体の命運。喜んでプライバシーを捧げるのです。ふくらはぎをじっとり舐め回すように見るくらい何だと言うのです」
ラルズ
「舐めてないーーー!」
周囲で作業する整備士から堪えた笑いが漏れる。
このヒュウガは女性整備士も多いが、幾人かが捲っていた作業ズボンの裾をするすると戻すさまを見て、ラルズは耳まで赤くなった。
エース
「ミーティングにしては騒がしいが」
プリーニオ
「だから、ポスチェレバーの前傾だけ感度を1.1倍にして……」
ハンチョウ
「は?1.1?数値が雑なのよ。ドックファイトで平泳ぎする気?」
エース、プリーニオ、ハンチョウの三人が整備デッキに下りてきた。
さっきの模擬戦の振り返りが終わったようだ。
エースは正面を見据えているが、ロマーリオはほぼ真横にあるハンチョウの谷間に向かってずっとしゃべっている。このひとにはプライバシーの心配は無用のようだ。
ラルズ
「あ、ハンチョウもデータ収集手伝ってるんですね」
ジーナ
「データ貰うです」
ジーナがタブレットを持って三人に近づき、それぞれのゴーグルからデータを吸い上げている。
吸い上げ中もハンチョウの乳に向かって話しているプリーニオはさておき、腰に手を当ててすまし顔で構えるエースも、ここにいるメンツには尻好きだと知れ渡っている。
とは言え、三人ともゴーグルが妙に似合っていて、ラルズはちょっと悔しかった。
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