バトルファイル 006-1 VS戦闘AI
CR556宙域での、新型フレーム同士の模擬戦から8時間後。
機体のメンテナンスと戦闘AIのアップデートを終えた機体は、一旦並列化され、そこから各パイロット向けに調整される。
エース機はグリップの遊びが少なく、全スラスターのレスポンスもかなり過敏に設定されているが、プリーニオ機はグリップが重く、ポスチェスラスター出力が各所で微妙に違うセッティングがされている。
個別調整の中で最も特徴的なのがエース機のワンオペ用ナビAIだろう。
元々、人型機動兵器は仮想敵である宇宙機に比べて最高速や追尾機動で劣るため、設計思想段階から追尾を受けながらの回避反撃という戦術運用が想定されている。
そのためナビには通信や火器管制と同じ位大事な役割として後方警戒がある。腰のロケットで主推力を出しながら、腰上の回転軸で後方に火力を向ける。この時パイロットはバックしながら追ってくる敵と撃ち合う状態にあり、進行方向への注意はナビが担当する事になる。
最初期のナビシートは後ろ向きに設置されていた事もあったが、ナビ嘔吐率100%、パイロット及びメンテ者の釣られ嘔吐率70%は当社において最もブラックなデータである。
乗り心地は、データが蓄積されるにつれ改善される傾向にあるが、兵器である以上優先度に限りがあり、エースの鋭角的な不規則機動は同乗者を頑なに拒んだ。
集中を阻害する酔い止めが使えない為、胃薬だけがコンテナ単位で消費され、曲芸飛行ナビゲーションで出していた求人は応募が無くなりついには打ち切られた。
そしてエース専用ナビAI「メロディ」が開発された。
メロディは絶対音感を持つエースの為だけに開発調整された後方視界支援AIで、視野外を88のエリアに区切り方位を音程で、距離を長さで表す事で、視野外の視覚情報を聴覚に変換し無理やりワンオペを可能としている。
エースはメロディに満足している様子ではあるが、現状、母船との通信や火器管制などパイロットの負担が過大で、一般化される予定は無い。
経営部は今後海賊の組織的反攻も想定しており、変化する状況やプラン変更などの母船からの通信が増えると予想している。
聴覚というチャンネルを通信用に確保したいと考えている為、フレーム改良に伴う乗り心地改善だけでなく、強いシェイク耐性を持つラルズという新人に密かに期待を寄せている状態だったりする。
ラルズ
「お疲れ様です。KEN型フレーム用のメロディですか」
ハンチョウ
「早いわね。頭痛や吐き気は出てない?」
ラルズ
「大丈夫です。検査もオールグリーンでした」
対海賊護衛艦ヒュウガ。格納庫。
メロディとがっつり書かれたAIブロックが、今まさにエース機に装着格納される所だ。作業をするハンチョウの背中にラルズは声を掛け続ける。
ラルズ
「乗り心地は良くなりましたけど、キャビンと違って操縦席が回らない分全天モニターからの視覚情報と体感Gのズレが、まあまあ気持ち悪いですよね。慣れなんでしょうけど」
ハンチョウ
「まあまあ……って、エースやプリーニオとベクトルは違うけど、ラルズちゃんもまあまあモンスターよね」
ラルズより先に格納庫に降りていたハンチョウ。新型フレーム搬入でやることが山積みなのだが、模擬戦後のメディカルチェックでは脳神経ストレスを中心に7箇所のイエロー判定があり、投薬を受けての作業であった。
0.1Gの格納庫内、低重力化特有の極端な前傾で歩くラルズ。ハンチョウの背後2メートルまで接近して、ラルズは違和感を覚える。ハンチョウの背中に常にある古代文字「班長」のマークが無い。いつもの作業ツナギを着ていないのだ。
ラルズ
「あれ?いつものツナギは……?」
ハンチョウ
「搬入業者がランドリーの水とマシンオイルの注入口間違えたらしくってね、模擬戦予定だったからまとめて洗濯に回したら着替え全部やられちゃったのよ」
立ち上がり振り返ったハンチョウは、首袖周りの緩い麻のノースリーブに、脚と尻の境界線が見えるホットパンツを着用していた。
ラルズは思わず胸の双丘に視線を奪われてしまう。宇宙育ちの低重力下で暮らす彼女の双丘は、長年1Gに引っ張られることによる変形が殆ど無い。ハンチョウの年齢を思い出そうとしたが、無意味なので諦めた。美しいものは美しいのだ。
ハンチョウ
「おやぁ?そっちは蛋白かと思ってたけど、実は夜行性かい?」
宇宙にいて昼行性も夜行性も無いが、特にセクシャルな意味でイメージと違う場合などに使うスラングである。数十年前に流行した映画のセリフらしいが、長いタイトルを言えるフリークは艦内には居なかった。
ラルズ
「こ、これは、生物としての本能が視線誘導から離脱することを拒んでまして……こんなキレイなのは初めてです」
ハンチョウ
「こらこら、照れるじゃないかね。アタシもまだまだ捨てたもんじゃないだろ?」
ラルズ
「捨てたなんてとんでもない!他の物が目に映らない程の強烈なジャミングですよ……ん?」
ハンチョウ
「ん?」
ラルズは何か思い当たって瞼を閉じ、視覚情報を遮断して集中し、ブツブツ何かを言い始めた。
ハンチョウはこの状態のラルズを知っている。模擬戦でも見せた過集中とも言える状態。邪魔をしない方が面白いことが起こりそうだ。
ラルズ
「ハンチョウ。戦闘AIって機動ラーニングはどの位のズームでするものなんです?」
ハンチョウ
「全天用のロングで機体の向きやモーメント。武器用のスコープでスラスターの向きや可動部の予備動作を見るのが一般的ね」
ラルズ
「スコープって機体のペイントが見える位ですか?」
ハンチョウ
「距離によるわね」
ラルズ
「……こういうのってどうです?」
ついさっきまで桃色だったラルズの脳みそは、過集中によって平常を取り戻し、知的探求が本能へのアプローチを上回っているようだった。ラルズとハンチョウは、時に相槌を時にジェスチャーを交えて密談し、最終的に二人揃って「にちゃぁ」と悪い笑みを浮かべたのだった。
ラルズ
「エースさんとプリーニオさんの模擬戦って……?」
ハンチョウ
「……この後スグよ」
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