彼のすべてではない
フィルが目を覚ましたとき、私は眠っていた。
彼は他人の家のソファで目覚め、すぐに驚いたに違いない。なぜ自分の家ではないのか。なぜ周りに植物がなく、土や葉の、慣れ親しんだ匂いもしないのか。
私たちは道を挟んだ向かいの家に住んでいる。彼の庭までは、ほんの数歩だった。
フィルは静かに帰っていった。
私は気づかなかった。
朝になると、家の中には誰もいなかった。
音ではなく、不在そのものによって、私はすぐにそれを悟った。
台所のマグカップは洗われていた。毛布はきちんと畳まれていた。玄関の扉は、いつものように閉まっていた。
フィルはいなくなっていた。
私はすぐには電話をかけなかった。
ときどき窓の外に目をやり、向かいにある彼の家を見た。外では風が吹き、木々からちぎれた葉が落ち着きなく渦を巻いていた。
フィルの姿はどこにもなかった。
電話も鳴らなかった。
正午を過ぎるころ、私は不安になり、連絡先から彼の名前を押した。
呼び出し音が鳴った。
やがて、聞き慣れた声がした。
「やあ、愛しい人」
「こんにちは、フィル。具合はどう?」
「ほどほどに最悪だよ」
彼はそう言った。
「今朝、君の家のソファで目を覚まして、昨日は一日中、あの忌々しい部品を探していたんだって思い出した……」
彼は咳をした。
「ごめん。たぶん、うっかり君の家で寝てしまったんだ。恥ずかしいよ。君は眠っていたから、起こさないように帰った。花はあまり長く独りにしておくと嫌がるからね」
彼はまた咳をした。
「今日はあまり具合がよくない。たぶん市場で何かもらってきたんだろう。何もかも霧に包まれているみたいだ。それに財布まで盗まれた。信じられるかい? 昨日は気づきもしなかった。身分証も、お金も……全部だ。ひどく落ち込んでる。きっと昨日からもう体調が悪かったんだろうね。君は? 具合は大丈夫?」
「たぶん」
私は答えた。
けれど、自信はなかった。
朝から左肩が痛み、頭も重かった。
「修理屋に電話したほうがいいかもしれない」
フィルが言った。
「部品は見つからなかったって伝えてくれ。何か方法を考えてくれるかもしれない……」
彼はまた咳をし、謝ると、急いで電話を切った。
受話器の向こうに沈黙だけが残った。
私は驚いていた。
それでも、彼に昨夜の言葉を思い出させることはしなかった。
彼が何を言ったのか。
どんなふうに言ったのか。
今それに触れれば、何かがまた悪い方向へ動き出してしまうような気がした。
それに彼はもう具合が悪い。
緊張と疲労と病気。
私は、あとにしようと決めた。
家の中は再び静まり返った。
水滴の音が、さっきよりもはっきり聞こえた。まるで今になって、そこに存在する権利を与えられたかのように。
私は流し台の前まで行き、立ったままその音を聞いた。
それからもう一度電話を手に取り、修理屋にかけた。
一度。
もう一度、呼び出し音が鳴った。
「はい」
男が出た。
「モリーです。部品の件なんですが。買うことができませんでした。昨日はうまくいかなくて……それにフィルも具合を悪くしてしまって」
「分かりました」
彼は答えた。
「私が直接伺って、何とかします。明日の朝に」
「分かりました。ありがとうございます」
「また電話します」
そう言って、彼は電話を切った。
私は携帯電話をポケットに入れた。
水は滴り続けていた。
急ぐことなく。
まるで、何かを待っているかのように。
私は長いあいだ台所に立ち、家の音に耳を澄ませていた。
やがて水滴の音は、慣れてしまえば意識しなくなる呼吸のように、背景へ溶けていった。
私は、電話や足音を待っているのではないことに気づいた。
何もかもが明らかになるような、心の内側の小さな音を待っていた。
けれど、その音はしなかった。
私は疲れていた。
昨日の出来事は、ひとまとまりではなく、断片となって戻ってきた。
フィルのことを考えた。
最初、彼は狂ったように叫んだ。
そのあと、目に涙を浮かべながらも、ひどく穏やかに夜の中で話していた。
まるで意味のないことばかりを口にしていた。
猫のような笑み。
私が彼を家まで引きずって帰ったこと。
そのすべてが、本当に昨日起きたのだ。
私は身震いした。
彼は今日、すべてを疲労と病気のせいにして、あまりにも簡単に説明してしまった。
部品を長いこと探し回ったと言った。
けれど私たちは、目的の通りにさえたどり着いていなかった。
本当に何も覚えていないのだろうか。
私は古いセーターを羽織り、アトリエへ向かった。
家の奥にある、大きな窓と冷たい床の部屋だった。
私はこの場所が好きだった。
ここでは何も説明する必要がなかった。
絵は沈黙を受け入れてくれる。
絵具は、必要なだけ時間をかけて乾く。
キャンバスは何も尋ねない。
絵を描きたくて来たのではなかった。
考えを少し遠ざけておける場所が必要だった。
すべての思考が一度に押し寄せてこない場所が。
イーゼルには、数週間かけて描いていた作品が置かれていた。
私はすぐには近づかなかった。
まずスツールに腰を下ろし、ただそれを眺めた。
絵はほとんど完成していた。
けれど、何かが足りなかった。
細部ではない。
進むべき方向だった。
まるで私はずっと核心の周りばかりを描き、そこへ近づくことを恐れていたかのようだった。
私は筆を手に取った。
そして、また置いた。
あの部屋が再び記憶の中によみがえった。
最初は、何もなかった。
古い家具。
薄暗い光。
余計なものは何一つない。
あのとき私を安心させたのは、その空虚さだった。
誰もいない。
そう思って安堵したことさえ覚えている。
けれど、その数秒後。
空間はまるで……開いた。
変化したのではない。
姿を現したのだ。
なぜ?
誰かが現れた瞬間が本当にあったのか、私は思い出そうとした。
それとも、彼らは最初からそこにいたのか。
もしそうなら、なぜ私は見えなかったのだろう。
視力が悪いというのは、都合のいい説明だった。
けれど、それだけでは足りない。
私は家具を見ていた。
壁も見えていた。
フィルも、あの男も見えていた。
ならば、目のせいではない。
では、何だったのか。
あのきらめきを思い出した。
彼の手の中で一瞬だけ走った、目を焼くような白い光。
紙だったのか。
それとも、紙のふりをした何かだったのか。
彼は何かを奪った。
以前は、財布からだと思っていた。
今は、それだけだったのか確信が持てない。
そもそも、彼は何者だったのだろう。
フィルが言ったように、人間ではない。
けれど、姿は人間だった。
人間のように話した。
紙幣を崩そうと申し出て、市場の通りのことを知り、自然に振る舞えるほど、私たちの世界をよく理解していた。
あまりにも自然に。
セルス。
その言葉が、説明もなく浮かんできた。
誰かがそう口にした記憶はなかった。
けれど、その名は確かにそこにあった。
どこから得たのか問いもしない知識のように。
彼が名乗り、私が忘れてしまったのかもしれない。
それでも名前だけが、意識の底に残ったのだ。
もし彼が何かを奪ったのなら、それは何だったのか。
金?
部品の名前を書いた紙切れ?
それとも……フィルの意識?
私は彼の笑顔を思い出した。
幸福そうで、恋に落ちたかのような笑顔。
抵抗する必要などないから、抵抗しなかったように見えた。
起きていることのすべてが、彼には正しく感じられていたかのように。
催眠?
あまりにも単純な言葉だった。
催眠とは、外から作用を受けることを意味する。
けれど、フィルの場合は違って見えた。
まるで、彼がもともと入り込むことのできた場所へ、ただ通されただけのようだった。
では、ほかの者たちは何だったのか。
幼虫。
その傍らにいた女。
幼虫の世話をしていた者たち。
ほかにも、小さな影がいた。
ふわふわと柔らかそうな何か。
じっくり見る時間はなかった。
そして、至るところに絡みつく、巨大な花をつけた蔓植物。
私は身震いした。
もし彼らが異星人なら、なぜ私が見たものには、侵略も、脅威も、優越もなかったのだろう。
異星人は、あんなふうには見えない。
あれはむしろ……
住人の姿だった。
私は目を開き、キャンバスを見た。
手がひとりでに筆へ伸びた。
そのとき、ふと思った。
あの部屋は、私たちの意味での「場所」ではなかったのではないか。
一つの層だったのではないか。
私たちがまだ完全にはその中に入っていなかったから、空っぽに見えたのではないか。
だとすれば、フィルは「催眠にかけられていた」のではない。
半分だけ、向こう側にいたのだ。
私は彼の言葉を思い出した。
僕はここにはいない。
でも、僕の全部がいないわけじゃない。
私は身震いした。
どちらの考えがより恐ろしいのか、自分でも分からなかった。
彼らが異星人であるという考えか。
それとも、私たちが信じてきたよりも、彼らがずっと近くにいるという考えか。
私は最初の一筆を置いた。
そして突然、なぜ今はまだフィルに尋ねたくないのかが分かった。
もし彼が答えたら――
私は、その答えをどうするのか決めなければならなくなる。
けれど、まだその覚悟がなかった。




