第5話 王都から来た正義
備蓄庫の外から響いた怒声に、全員の動きが止まった。
「王国監察騎士団だ!」
「村長、直ちに姿を見せよ!」
女性騎士の表情が強張る。
「……来るのが早すぎます。」
一樹は首をかしげた。
「そんなにまずい人たち?」
「王都直属です。」
彼女は短く答えた。
「国境警備や貴族の護衛ではありません。」
「王国の法を守らせるための騎士団です。」
「法?」
「はい。」
彼女は小さく息を吐いた。
「彼らは命令を曲げません。」
「目の前にどんな事情があっても。」
その言葉を聞いた族長が静かに立ち上がる。
「ならば我らは去ろう。」
「いや。」
村長が首を横に振った。
「今さら隠れても意味はありません。」
「……そうだな。」
一樹も頷いた。
「隠したら、また同じことの繰り返しだ。」
族長は一樹を見る。
「お前は逃げぬのか。」
「逃げても腹は減るからね。」
一樹は苦笑した。
「だったら話す。」
備蓄庫の扉が開く。
一行は広場へ出た。
村の入口には十騎ほどの騎士が並んでいる。
青と白を基調とした鎧。
胸には王国の紋章。
その中央には、一人の男が馬上から村を見下ろしていた。
三十代後半ほどだろうか。
日に焼けた顔には幾筋もの古傷があり、その目には鋭さと落ち着きが同居している。
「村長。」
男は静かな声で呼びかけた。
「報告を受けた。」
「オークの群れが村を襲撃したと。」
村長は一歩前へ出る。
「……その件ですが。」
「討伐はまだか。」
男の言葉は短かった。
「いえ。」
「事情がありまして……。」
そこで男の視線が動く。
村人たち。
そして、その後ろに立つオークたち。
互いに武器を下ろしたまま、同じ場所に立っている。
男はゆっくりと馬を降りた。
腰の剣には手を掛けない。
ただ静かに周囲を見回す。
「誰か説明してもらおう。」
その声には怒りも焦りもなかった。
あるのは、事実だけを求める冷静さ。
女性騎士が一歩前へ出る。
「隊長。」
「私が――」
「いや。」
一樹がその肩を軽く叩いた。
「俺が話す。」
女性騎士は驚いて振り返る。
「あなたが?」
「うん。」
「酒の席でも、最初に話す人が大事だから。」
「今は酒の席じゃありません。」
「そうだけど。」
一樹は困ったように笑う。
「なんか癖で。」
思わず女性騎士も吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
そんな二人を見ていた隊長が、一樹へ視線を向ける。
「お前。」
「名は。」
「酒井一樹。」
「この村の者ではないな。」
「そう。」
「旅人?」
「……たぶん。」
一樹自身も、まだ自分の立場がよく分かっていなかった。
隊長は小さく頷く。
「では聞こう。」
「なぜ人間とオークが、同じ場所に立っている。」
一樹は族長を見た。
村長を見た。
そして隊長を真っすぐ見返す。
「その話をする前に、一つだけ約束してほしい。」
隊長の眉がわずかに動く。
「約束?」
「ああ。」
「最後まで話を聞いてほしい。」
「それだけ。」
広場が静まり返る。
隊長は一樹を見つめたまま、数秒間黙っていた。
やがて静かに口を開く。
「いいだろう。」
「ただし。」
「嘘なら、その場で全員を拘束する。」
一樹は笑って頷いた。
「大丈夫。」
「今日は嘘をつける人が、一人もいないから。」
隊長は一樹の言葉に目を細めた。
「……どういう意味だ。」
一樹は酒樽の方へ視線を向ける。
「この人たちは、さっきまで《乾杯の盟約》の席にいた。」
「だから、今まで話したことに嘘はない。」
隊長の表情がわずかに変わる。
「盟約を結んだのか。」
「ええ。」
女性騎士が前へ出る。
「私もその場にいました。」
「オークの族長も村長も、本音で話しています。」
隊長はゆっくりと村長へ向き直る。
「村長。」
「オークは食料を奪いに来たのではない、と?」
村長は迷わなかった。
「はい。」
「助けを求めに来ました。」
「ですが私は、使者を追い返しました。」
「その事実を村人にも隠しました。」
隊長は何も言わない。
続いて族長を見る。
「オークの長。」
「お前たちの目的は。」
族長は静かに答える。
「食料だ。」
「だが、人間を殺すことではない。」
「子どもたちを飢えさせたくなかった。」
隊長は二人の言葉を最後まで聞き終えると、小さく息を吐いた。
「事情は理解した。」
その一言に、村人たちの表情が少し和らぐ。
しかし、続く言葉は厳しかった。
「だが。」
「王国法第五十二条。」
「武装したオークの集団が人間の居住地へ侵入した場合、監察騎士団は討伐または排除を行う。」
広場が再び静まり返る。
隊長は感情を押し殺した声で続けた。
「法は感情のためにあるものではない。」
「民を守るためにある。」
「私には、この法を曲げる権限はない。」
女性騎士が一歩踏み出す。
「ですが隊長!」
「この方たちは――」
「分かっている。」
隊長は彼女の言葉を遮った。
「私も耳がある。」
「事情は聞いた。」
「同情もする。」
「しかし、法を私情で曲げた瞬間、それは法ではなくなる。」
一樹はその言葉を黙って聞いていた。
この男は悪人ではない。
むしろ、誰よりも責任感が強い。
だからこそ苦しんでいる。
「隊長さん。」
一樹が静かに口を開く。
「一つだけ聞いていい?」
「許可する。」
「王国法は、誰を守るためにある?」
隊長は即答した。
「王国の民だ。」
「じゃあ。」
一樹は村人たちを見渡す。
「この村の人たちは?」
「もちろん守る。」
「オークの子どもたちは?」
隊長は答えなかった。
一樹は責めるような口調ではなく、穏やかに続ける。
「俺、この世界の法律は知らない。」
「でも、人が飢えるのを見るのは嫌だ。」
「それは人間でも、オークでも変わらない。」
隊長はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと空を見上げる。
「……酒井一樹。」
「お前は、この状況をどうするつもりだ。」
一樹は迷わず答えた。
「人間とオークで、一緒に酒を造る。」
「それが、この村の未来になる。」
騎士たちの間にざわめきが広がる。
「酒造りだと?」
「こんな時に?」
「正気か……?」
だが隊長だけは笑わなかった。
一樹の目を真っすぐ見つめたまま、静かに言う。
「三日だ。」
その一言に、全員が息をのんだ。
「三日後、私はもう一度ここへ来る。」
「その時までに、お前の言う『未来』をこの目で見せろ。」
「もし見せられなければ、私は王国法に従い、オークたちを排除する。」
隊長は踵を返し、馬へ向かって歩き出す。
そして最後に、一度だけ振り返った。
「酒井一樹。」
「お前が変えようとしているのは、一つの村ではない。」
「王国の常識だ。」
その言葉を残し、監察騎士団は村を後にした。
残された村人とオークたちは、誰一人として口を開けなかった。
三日。
それが、この村に残された最後の時間だった。
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次回
第6話「三日で仕込め」




