表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/6

第4話 酒は腹を満たせるか

 「ある。」


「酒なら、できる。」


 一樹の言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。


 最初に反応したのは、女性騎士だった。


「……あなた。」


「今、何とおっしゃいました?」


「だから、酒ならできるって。」


「食料の話ですよ?」


「うん。」


「だから酒の話。」


 女性騎士は額に手を当てた。


「会話が噛み合っていません……。」


 その様子に、一樹は思わず笑ってしまう。


「ごめんごめん。」


「順番に説明する。」


 そう言って酒樽の横にしゃがみ込み、樽を軽く叩いた。


「みんな、この酒って何だと思う?」


 村人たちは顔を見合わせる。


「何って……酒だろ?」


「飲み物です。」


「祝いの日に飲むもの。」


 オークの族長も静かに頷く。


「我らにとっても同じだ。」


 一樹は満足そうに笑った。


「やっぱり。」


「みんな完成した酒しか見てない。」


「完成した酒?」


 村長が首をかしげる。


「そう。」


「でも俺が見てるのは、その前。」


 一樹は酒樽を指差した。


「この酒を造るには何がいる?」


「麦。」


 村長が答える。


「水。」


 女性騎士が続ける。


「樽。」


 族長が短く言う。


「そう。」


 一樹は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、その麦は誰が育てる?」


「村だ。」


「樽は?」


「村の木工職人です。」


「水は?」


「村の井戸……ですが。」


 一樹は今度は族長を見る。


「オークたちは?」


「森で暮らしている。」


「赤い実。」


「薬草。」


「蜂蜜。」


「山菜。」


「木の実。」


「それらを集めて生きている。」


 一樹の目が輝いた。


「すごいじゃないか。」


 族長が怪訝そうな顔をする。


「何がだ。」


「もう材料が揃ってる。」


「え?」


 誰一人、意味が分からない。


 一樹は地面へ枝で大きな円を二つ描いた。


「村は畑を持ってる。」


 左の円を叩く。


「オークは森を持ってる。」


 右の円を叩く。


「でも今は、お互い自分のものしか使ってない。」


 円を一本の線で結ぶ。


「もしこれを合わせたら?」


 沈黙が流れる。


 誰も答えられない。


「もっと価値のある酒が造れる。」


「そして、その酒は村の外にも売れる。」


「……売る?」


 村長が思わず聞き返した。


「そう。」


「この世界にも商人はいるよね?」


「もちろんおりますが……。」


「だったら買う人もいる。」


 一樹は笑った。


「酒ってさ。」


「飲み物でもあるけど、立派な商品なんだ。」


 その発想は、この世界の誰にもなかった。


 村では酒は自分たちで飲むもの。


 オークも祭りで飲むもの。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 一樹は続ける。


「俺、酒蔵巡りが趣味だったんだ。」


「日本中の酒蔵を回って、職人さんからいろんな話を聞いた。」


「一つだけ、みんな同じことを言ってた。」


 少しだけ遠くを見る。


「『酒は一人じゃ造れない。』って。」


 村人も。


 オークも。


 静かに耳を傾けていた。


「米でも、麦でも、葡萄でも。」


「畑を作る人。」


「収穫する人。」


「樽を作る人。」


「運ぶ人。」


「売る人。」


「誰か一人欠けても酒はできない。」


 一樹は酒樽をぽん、と叩く。


「だから酒造りって、人を繋ぐ仕事なんだ。」


 女性騎士は一樹を見つめていた。


 さっきまで変わり者だと思っていた男が、酒の話をしている時だけは、不思議なくらい真っ直ぐな目をしている。


「……ですが。」


 彼女は静かに口を開く。


「今の村には、その酒を造る余裕すらありません。」


「食べる物が足りないのです。」


 一樹はゆっくり頷いた。


「だから、まずは現場を見よう。」


「倉庫にある食料。」


「畑の様子。」


「足りないもの。」


「余っているもの。」


「全部見てから考えよう。」


 村長は一樹を見つめ、小さく息を吐いた。


「……分かりました。」


「村の備蓄庫へ案内します。」


 その一言で、人間もオークも自然と歩き始めた。


 ついさっきまで武器を向け合っていた者たちが、同じ場所へ向かって歩く。


 その光景を見た女性騎士は、小さく、本当に小さく微笑んだ。


村の備蓄庫は、広場の奥にある大きな木造の建物だった。


 重たい扉を開けると、乾いた麦の香りが鼻をくすぐる。


「これが、この村の備蓄です。」


 村長の声には疲れが滲んでいた。


 一樹は中をゆっくり見渡す。


 袋に詰められた麦。


 干した野菜。


 塩漬けの肉。


 樽に入った水。


 数はあるように見える。


 だが、一樹はすぐに気付いた。


「……少ないな。」


「え?」


「この人数で冬を越すには足りない。」


 村長は驚いた顔をした。


「見ただけで分かるのですか?」


「だいたいね。」


 一樹は積まれた袋を軽く持ち上げる。


「しかも、全部を食べられるわけじゃない。」


「種麦も残しておかないと、来年はもっと困る。」


 村長は目を見開いた。


「その通りです。」


「だから今年は、誰にも余裕がなかった。」


 女性騎士は静かにうつむく。


 村長を責めたくても責められない。


 あの判断は間違っていたかもしれない。


 だが、村を守ろうとした気持ちは本物だった。


 一樹は今度は族長を見る。


「オークのみんなは、普段どんな物を食べてる?」


「山の実。」


「木の根。」


「狩った獣。」


「蜂蜜。」


「春は山菜。」


「秋は木の実。」


 一樹は頷いた。


「その木の実って、まだ残ってる?」


「少しならある。」


「薬草も?」


「ああ。」


「持ってきてもらえる?」


 族長は一瞬だけ村長を見た。


 村長も小さく頷く。


「……分かった。」


 若いオークが数人、森へ走っていく。


 その姿を見送った村人たちは、どこか落ち着かない様子だった。


 昨日までなら考えられない光景だ。


 オークが村の中を歩いている。


 それなのに、誰も武器を握っていない。


 一樹は備蓄庫の隅に並ぶ樽へ近づいた。


 蓋を開け、香りを確かめる。


「やっぱり酒だ。」


 村長が答える。


「祭り用に仕込んだものです。」


「今年は祭りどころではありませんでしたが……。」


 一樹は少し考え込んだ。


「祭りって、いつだった?」


「収穫祭です。」


「本来なら、あと二十日ほどで。」


 一樹は静かに笑う。


「じゃあ、まだ間に合う。」


「何がですか?」


 女性騎士が尋ねる。


「この村を救う一番のお祝い。」


 その時だった。


 外から慌ただしい足音が響く。


「村長!」


 見張りの青年が息を切らせて飛び込んできた。


「大変です!」


「村の入口に騎馬隊が!」


 村長の表情が強張る。


「誰だ!」


「青い紋章です!」


「王都直属……監察騎士団!」


 備蓄庫の空気が一変した。


 女性騎士は顔色を変える。


「まずい……。」


「どうした?」


 一樹が尋ねると、彼女は唇を噛んだ。


「監察騎士団は、王国の法を執行する部隊です。」


「もしここでオークと共にいるところを見られたら……。」


 その言葉を遮るように、外から鋭い声が響いた。


「王国監察騎士団だ!」


「村長、直ちに姿を見せよ!」


 誰も動けなかった。


 ようやく生まれた小さな信頼が、再び試されようとしていた。



次回


第5話「王都から来た正義」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ