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酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~  作者: 春野ケイ


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第3話 一杯が暴く嘘

 誰も動かなかった。


 乾杯の盟約が結ばれた酒席では、武器を振るうことはできない。


 さっきまで命を奪い合おうとしていた人間とオークが、互いを見つめ合ったまま立ち尽くしている。


 一樹は静かに息を吐いた。


「よし。」


「順番に話そう。」


 その一言で、全員の視線が一樹へ集まる。


 女性騎士は戸惑ったように言った。


「あなたが……仕切るんですか?」


「仕切るってほどじゃないよ。」


 一樹は苦笑する。


「酒の席で一番ダメなのは、みんなが一斉にしゃべることだから。」


「一人ずつ聞けばいい。」


 不思議と、その言葉には人を落ち着かせる力があった。


 一樹はオークの族長へ向き直る。


「さっき、『助けを求めた』って言ってたよね。」


「ああ。」


「詳しく聞かせて。」


 族長は杯を握り締めながら話し始めた。


「山の実は実らず。」


「獲物も姿を消えた。」


「冬を越す備えも底をついた。」


「だから我らは争う前に、人間へ助けを求めた。」


 一樹は静かに頷く。


「誰が行った?」


「若い者を三人。」


「武器は持たせず。」


「酒と保存肉を土産に持たせた。」


 女性騎士が目を見開く。


「武器を……持たせなかった?」


「ああ。」


「助けを求める者が武器を持てば、誤解される。」


 一樹は族長の表情を見つめる。


 目は揺れていない。


 乾杯の盟約がある以上、嘘もつけない。


「その三人は?」


「戻ってきた。」


「……断られた、と。」


 今度は村人たちを見る。


「使者を見た人は?」


 ざわり、と空気が揺れる。


 若い男が首を振る。


「知らない。」


「俺も。」


「見てない。」


「そんな話、初めて聞いた。」


 老人も、子どもを抱く母親も同じ反応だった。


 誰も知らない。


 だが、それもまた嘘ではない。


 一樹は腕を組んだ。


「なるほど。」


「やっぱり変だ。」


 女性騎士が尋ねる。


「何がです?」


「どっちも本当のことを言ってる。」


「なのに話が繋がらない。」


 一樹は笑う。


「酒の席で、こういうことは結構あるんだ。」


「『俺は聞いてない。』『いや、ちゃんと言った。』」


「その間には、大抵もう一人いる。」


 その言葉に、族長も村人も息をのんだ。


 一樹はゆっくりと視線を動かす。


 最後に止まったのは、一人の初老の男。


 村長だった。


「村長さん。」


 穏やかな口調で問いかける。


「あなたは、使者に会いましたか?」


 村長の肩が、ぴくりと震えた。


村長は何も答えなかった。


 額から一筋の汗が流れ落ちる。


 周囲の村人たちも、その様子を不思議そうに見つめていた。


「村長……?」


 若い村人が声を掛ける。


「本当に使者なんて来てたんですか?」


 返事はない。


 一樹は急かさなかった。


 酒の席で、黙る人間には理由がある。


 無理に言葉を引き出そうとすれば、心まで閉ざしてしまう。


 だから待つ。


 杯を片手に、ただ相手が口を開くのを待つ。


 やがて村長は、ゆっくりと目を閉じた。


「……来た。」


 その一言に、村中が静まり返る。


「えっ……。」


「嘘だろ……。」


「村長……?」


 村人たちの視線が一斉に集まる。


 村長は苦しそうに唇を噛み締めた。


「オークの若者が三人。」


「武器は持たず、酒と干し肉を持って来た。」


 族長は静かに目を閉じる。


「……やはり届いていたか。」


 一樹は何も言わず続きを待った。


「私は……。」


 村長の拳が震える。


「追い返した。」


 あちこちから息をのむ音が聞こえた。


「どうしてですか!」


 女性騎士が思わず声を上げる。


 村長は力なく笑う。


「村の倉庫を見れば分かる。」


「今年は人間も不作だった。」


「備蓄は冬を越せるかどうか、ぎりぎりだった。」


 その言葉に、村人たちは顔を見合わせる。


 誰も反論しない。


 それは事実だった。


「もし食料を分ければ……。」


「今度は村の子どもたちが飢える。」


「だから私は断った。」


 一樹は静かに尋ねる。


「それを、みんなには?」


「話さなかった。」


「話せば、『助けるべきだ』『いや、自分たちが先だ』と村が割れる。」


 村長は俯いた。


「だから……私一人で決めた。」


 オークの族長が低く唸る。


「それで我らの子どもたちは飢え続けた。」


 怒りのこもった声だった。


 だが、《乾杯の盟約》がある。


 拳を握り締めても、その拳を振り下ろすことはできない。


「すまなかった。」


 村長は深く頭を下げた。


「だが、私にも守りたいものがあった。」


 その姿を見て、一樹は小さく息を吐く。


「……やっぱり。」


 誰も悪人じゃなかった。


 オークは子どもを守りたかった。


 村長も村人を守りたかった。


 互いに守るものがあって、互いに話せなかった。


 それだけだった。


 一樹は酒樽へ視線を落とし、軽く叩く。


「酒ってさ。」


 全員が一樹を見る。


「乾杯しただけじゃ、お腹は膨れない。」


「でも。」


 少しだけ笑う。


「腹が減ってるから戦うなら……腹いっぱいになれば戦わなくて済むよな。」


 村人も、オークも、女性騎士も首をかしげる。


「そんな方法があるんですか?」


 一樹は酒樽を見つめながら、にやりと笑った。


「ある。」


「酒なら、できる。」


その場にいた全員が、一樹を見つめた。


「……酒で?」


 女性騎士が怪訝そうに眉をひそめる。


「食料の話をしているんですよ?」


「そう。」


 一樹はあっさり頷いた。


「だから酒なんだ。」


 村人たちもざわつき始める。


「酒なんて飲み物だろ?」


「腹なんか膨れないぞ。」


「むしろ贅沢品じゃないか。」


 一樹は苦笑した。


「うん、日本でもよく言われる。」


「でも、酒って飲むためだけにあるわけじゃない。」


 族長が腕を組む。


「どういうことだ。」


 一樹は酒樽を軽く叩いた。


「この酒、何から作ってる?」


「麦だ。」


 族長が即答する。


「少しだけ森の実も混ぜている。」


「やっぱり。」


 一樹は嬉しそうに笑う。


「じゃあ、その麦は誰が育ててる?」


「村の畑だ。」


 答えたのは村長だった。


「今年は不作だったが……。」


「オークは?」


「山で狩りと採集が中心だ。」


「畑はほとんどない。」


 一樹は指を鳴らした。


「なるほど。」


 頭の中で少しずつ答えが組み上がっていく。


 酒蔵を巡ってきた記憶。


 発酵。


 麹。


 酒粕。


 保存食。


 全国で見てきた酒造りの景色が、一つにつながった。


「……面白い。」


「え?」


 女性騎士が首をかしげる。


 一樹は村長と族長を交互に見た。


「村には麦がある。」


「オークには森の実がある。」


「お互い、相手にないものを持ってる。」


 二人は黙って頷いた。


「だったら。」


 一樹はにっと笑う。


「奪い合うんじゃなくて、交換すればいい。」


 その一言に、村人たちは顔を見合わせた。


「交換……?」


「そんなこと、今まで考えたこともなかった。」


 族長も低く唸る。


「だが、それだけでは子どもの腹は満たされん。」


「もちろん。」


 一樹は頷く。


「だから、酒を造る。」


「……は?」


 今度は村人もオークも、きれいに同じ声を上げた。


「酒を造れば、その過程で残るものがある。」


「残るもの?」


「酒粕。」


 一樹は思わず口をついて出た言葉に、はっとする。


「……いや。」


「この世界じゃ酒粕なんて名前じゃないか。」


 全員がぽかんとしている。


「えっと……。」


 一樹は頭をかいた。


「とにかく、酒を造った後にも食べられるものが残るんだ。」


「しかも栄養がある。」


「保存も利く。」


「だから――」


 そこまで言いかけたところで、女性騎士が小さく手を挙げた。


「あの……。」


「はい?」


「しゅ、しゅかすって何ですか?」


 一樹は一瞬固まり、思わず吹き出した。


「あ。」


「そこから説明しないとダメか。」


 張り詰めていた空気が、ふっと緩む。


 オークの若者まで肩を震わせて笑っていた。


 つい数分前まで命を懸けて戦おうとしていた者たちが、同じことで笑っている。


 一樹はその光景を見て、小さく呟いた。


「……ほらな。」


「酒って、悪くないだろ。」



次回


第4話「酒は腹を満たせるか」

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