↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/61

第38話 月雫酒

 翌日。一樹とセレフィアは、朝から酒造りを続けていた。昨日までに試したものを一つずつ確認しながら、魔力の量と酒の変化を記録していく。魔力を少なくすれば森葡萄の香りは残るが、変化が弱い。多くすれば香りは強くなるものの、森葡萄本来の味が薄れてしまう。


「やっぱり、ほんの少しの差ですね。」


「はい。多すぎても少なすぎても、うまくいきません。」


「じゃあ、その間を探しましょう。」


 一樹は木杯を並べた。


「昨日より細かく分けてみます。」


「分かりました。」


 セレフィアは一つ目の木杯を手に取った。


 ほんの少しだけ魔力を加える。


 次は、それよりわずかに多く。


 さらにもう一つ。


 同じ作業を何度も繰り返す。


 一樹はそれぞれを飲み比べ、香りや味を確かめていった。


「これは違う。」


「こちらもですか?」


「うん。悪くはないけど、昨日の方がいい。」


「では、こちらは?」


「……近い。」


 一樹は木杯をじっと見つめる。


「でも、まだ何か足りない。」


「難しいですね。」


「本当に。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 それからも試行錯誤は続いた。


 昼になっても、二人は酒造りを続けていた。集落のエルフたちも少しずつ様子を見に来るようになり、以前のように遠くから眺めるだけではなく、木杯を覗き込んだり、一樹に味の違いを尋ねたりするようになっていた。


「これは何が違うの?」


「魔力の量です。」


「こっちは?」


「少しだけ多くしています。」


「そんな少しで変わるの?」


「飲み比べてみます?」


 一樹が木杯を差し出すと、エルフは少し迷ってから受け取った。


「……本当に違う。」


「分かります?」


「こっちの方が香りが強い。」


「そうなんです。」


 エルフは感心したように酒を眺めた。


「酒って、こんなに細かく変わるのか。」


「俺も驚いてます。」


 その会話を聞いていたセレフィアが、小さく笑った。


 以前なら、エルフたちが人間の酒に興味を示すことなど考えられなかった。


 それが今では、一樹の周りに自然と人が集まっている。


 その光景を見ていると、セレフィアの胸は不思議と温かくなった。


 午後になる頃には、試した木杯の数もかなり増えていた。


「これかな。」


 一樹が一つの木杯を持ち上げる。


「昨日より、かなり良くなってる。」


 セレフィアも口をつける。


「……確かに。」


「香りもいい。」


「味も柔らかいです。」


「でも。」


 一樹は木杯を傾ける。


「まだ、何か足りない。」


 セレフィアは酒を見つめた。


「何でしょう。」


「分からない。」


 一樹は少し考えた。


「一度、昨日と同じように月の下で試してみませんか?」


「はい。」


 夕方になると、一樹たちは仕込み道具を片付け、夜の準備を始めた。


 そして夜。


 二人は昨日と同じ泉へ向かった。


 月は昨日より高い位置にあり、森を静かに照らしている。


 一樹は試す酒を木杯へ注いだ。


「今日は、これです。」


「昨日より魔力を少しだけ増やしたものですね。」


「はい。」


 セレフィアは頷き、木杯を両手で包む。


「では。」


 静かに目を閉じる。


 魔力が集まっていく。


 一樹は酒の中の変化を見つめた。


「……もう少し。」


「ここですか?」


「はい。」


 セレフィアが魔力をほんの少しだけ増やす。


 その瞬間だった。


 木杯の中で、酒が淡く揺れた。


「……え?」


 一樹が目を見開く。


 赤紫色だった酒が、ゆっくりと色を変えていく。


 紫の色味が薄れ、深い赤へと変わっていく。


 そして最後には、今までの酒とは明らかに違う、鮮やかな深紅になった。


「セレフィアさん。」


「はい。」


「今、色が……。」


「私も見ました。」


 二人は言葉を失った。


 深紅の酒は、月明かりを受けながら静かに揺れている。


 一樹が木杯を少し持ち上げる。


 すると、酒の表面に月が映り込んだ。


 深紅の中に、白い月が一つ浮かんでいる。


 まるで月そのものが、酒の中へ雫となって落ちたようだった。


「……綺麗。」


 セレフィアが小さく呟く。


 一樹も、しばらく木杯から目を離せなかった。


「……月が入ってるみたいだ。」


 その言葉を聞いて、セレフィアが一樹を見る。


「月が……。」


 一樹は木杯を見つめたまま考える。


「月の雫。」


「月の……雫。」


「月雫酒(つきしずくしゅ)。」


 一樹が呟く。


「……いい名前ですね。」


 セレフィアは微笑んだ。


「うん。」


 一樹は木杯を持ち上げる。


「じゃあ、飲んでみましょう。」


「はい。」


 二人は同時に酒を口にした。


 森葡萄の香りが、今まで以上に柔らかく広がる。


 甘みと酸味が穏やかに重なり、その後を淡い花のような香りが追いかけてくる。


 そして、飲み込んだ後も、その香りが静かに残った。


「……美味しい。」


 一樹が呟く。


「はい。」


 セレフィアも頷いた。


 その声には、いつもより少しだけ嬉しさが滲んでいた。


 一樹は月明かりの下で、もう一度木杯を眺める。


 深紅の酒。


 その中に浮かぶ月。


「月雫酒。」


 その名前を、今度ははっきりと口にした。


 セレフィアは隣で静かに微笑んでいた。


 その夜、二人が生み出した酒は、森の静かな月明かりの中で完成した。


 次回に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。