第14話 王都の事情聴取
重厚な扉が静かに開く。
「失礼します。」
文官に案内され、一樹たちは部屋へ足を踏み入れた。
広い室内の中央には長い机が置かれ、その向こう側には五人の役人が並んで座っている。
年配の文官。
鋭い眼差しの法務官。
農政官。
酒税官。
そして、一番端には監察騎士団長の席があった。
誰も笑っていない。
静かな部屋には、紙をめくる音だけが響いていた。
「どうぞ、お掛けください。」
一樹、村長、女性騎士は椅子へ腰を下ろす。
団長も静かに着席した。
法務官が書類へ目を落とす。
「それでは、事情聴取を始めます。」
「まず確認です。」
「あなたが酒井一樹さんで間違いありませんね。」
「はい。」
「酒井一樹です。」
「村長。」
「はい。この村の村長です。」
「本日は村を代表して参りました。」
法務官は頷くと、一枚の書類を机へ置いた。
「では、本題に入ります。」
部屋の空気がさらに張り詰める。
「酒井さん。」
「あなたは討伐対象だったオークと接触し、その後、人間とオークが共同で酒を造った。」
「報告書には、そのように記されています。」
「間違いありませんか。」
「間違いありません。」
一樹は真っすぐ答えた。
法務官は次の質問を投げかける。
「では、お聞きします。」
「なぜオークと協力したのですか。」
一樹は少しだけ考え、静かに口を開いた。
「正確には、最初から協力しようと思って近づいたわけじゃありません。」
役人たちが顔を上げる。
「あの日、人間とオークは武器を向け合っていました。」
「今にも戦いが始まりそうだった。」
「俺は、この世界の文化をまだ何も知りませんでした。」
一樹は苦笑する。
「酒を飲むなら乾杯するものだと思っていたので、いつものように杯を掲げたんです。」
法務官が口を開く。
「それが、『乾杯の盟約』ですか。」
「はい。」
「でも、その時はそんな意味があるなんて知りませんでした。」
「あとになって教えてもらったんです。」
部屋が静まり返る。
「結果として、その場の戦いは止まりました。」
「そこで初めて、人間とオークの話を聞いたんです。」
今度は農政官が身を乗り出す。
「どんな話を。」
「どちらも食料不足でした。」
「人間の村は不作で酒蔵も止まっていた。」
「オークたちも森の実りが減って、十分な食べ物を確保できていませんでした。」
一樹は村長へ視線を向ける。
「村長。」
村長は静かに頷いた。
「その通りです。」
「村は不作が続き、多くの者が先の見えない日々を送っていました。」
「酒蔵も閉まり、このままでは冬を越えられるかどうかも分からない状況でした。」
農政官は黙って書き留める。
今度は酒税官が口を開いた。
「そこで、酒を造ることを提案したのですか。」
「はい。」
一樹は頷いた。
「敵同士じゃなくなったなら、一緒にできることがあると思いました。」
「人間には麦がある。」
「オークには赤蜜の実がある。」
「だったら、一緒に酒を造ってみようって。」
酒税官は腕を組む。
「食料不足を解決するのに、酒を選んだ理由は。」
一樹は少し笑った。
「最初は酒が飲みたかっただけです。」
一瞬、部屋の空気が止まる。
「……。」
「……。」
一樹は慌てて続けた。
「もちろん、それだけじゃありません。」
「酒を造る過程で残る搾りかすを使えば、食べ物も作れると思ったんです。」
「実際に赤蜜麦餅ができて、村の保存食になりました。」
役人たちは互いに顔を見合わせた。
酒を造ることが、食料問題の解決にもつながった。
報告書に書かれていた内容が、本人の口から語られたことで、ようやく現実味を帯び始めていた。
酒税官は静かに頷きながら、手元の書類へ目を落とした。
「報告書には、酒を造っただけではなく、人間とオークが共同で作業を行ったとあります。」
「間違いありませんか。」
「はい。」
一樹は頷く。
「麦を育てたのは村のみんなです。」
「赤蜜の実を集めたのはオークたち。」
「酒を仕込んだのは酒蔵の親方。」
「俺は、その間をつないだだけです。」
法務官が視線を上げる。
「つまり、自分一人の功績ではない、と。」
「そう思っています。」
一樹は迷いなく答えた。
「一人じゃ、赤蜜麦酒は生まれませんでした。」
村長も静かに口を開く。
「私も同じ考えです。」
「酒井さんがいたから村は動き出せました。」
「ですが、村人もオークも、皆が力を合わせたからこそ完成した酒です。」
法務官は小さく頷き、今度は監察騎士団長へ視線を向けた。
「団長。」
「現地を確認したあなたの見解を聞かせてください。」
団長は椅子へ深く座り直し、落ち着いた口調で話し始める。
「私が村へ到着した時点で、人間とオークの争いは収まっていた。」
「共同で酒造りが行われていたことも、この目で確認している。」
「赤蜜麦酒については。」
「酒蔵の職人立ち会いのもとで醸造され、村人とオーク双方が製造に関わっていた。」
部屋は静まり返る。
団長は感情を交えず、淡々と続ける。
「また。」
「酒造りで生じた搾りかすを利用し、新たな保存食が作られたことも確認済みだ。」
「赤蜜麦餅ですか。」
農政官が尋ねる。
「ああ。」
「村人、オーク双方が口にし、食料として活用されていた。」
農政官は興味深そうに書き留める。
「食料問題の改善については。」
団長は一枚の報告書を机へ置いた。
「短期間で完全に解決したとは言えない。」
「だが、酒蔵の再開により仕事が生まれ、保存食も確保された。」
「改善傾向にある。」
農政官はゆっくり頷いた。
「報告書の内容と一致しています。」
その言葉に、一樹は少しだけ肩の力を抜いた。
法務官は書類を閉じる。
「事実関係については理解しました。」
「では、最後に確認します。」
「酒井さん。」
「はい。」
「あなたは、今後もオークとの交流を続けるつもりですか。」
一樹は迷わなかった。
「続けます。」
「理由は。」
「赤蜜麦酒は、人間だけでは造れません。」
「オークだけでも造れません。」
「だからです。」
法務官は一樹の目をまっすぐ見つめる。
「……分かりました。」
そして、酒税官へ視線を送った。
酒税官は静かに立ち上がる。
「では。」
「最後は実物を確認しましょう。」
騎士たちが赤蜜麦酒の樽を部屋の中央へ運び込む。
部屋中の視線が、その樽へ集まった。
酒税官は樽へ手を添え、ゆっくりと言う。
「報告書だけでは、酒は分かりません。」
「香りも。」
「味も。」
「自分たちで確かめる必要があります。」
その一言で、部屋の空気が再び張り詰めた。
酒税官が頷く。
「栓を開けてください。」
一樹は静かに樽の前へ歩み寄り、深く息を吸った。
そして、ゆっくりと栓を抜いた。
ふわり。
麦の香ばしさと、赤蜜の実の甘く爽やかな香りが、静かな部屋いっぱいに広がっていく。
役人たちの表情が、わずかに変わった。
部屋の空気が変わった。
それまで書類だけを見ていた役人たちが、思わず樽へ視線を向ける。
酒税官は静かに香りを確かめ、小さく息を吸った。
「……香りは悪くない。」
その一言に、一樹は少しだけ胸をなで下ろす。
しかし、法務官は冷静だった。
「香りだけでは判断できません。」
「その通りです。」
酒税官も頷く。
「酒は口にして初めて分かるもの。」
「ですが、その前に必要な手順があります。」
法務官が扉の方へ視線を向ける。
「毒見役を。」
文官が一礼し、部屋を出ていく。
静寂が流れた。
村長は膝の上で手を握りしめ、一樹も無意識に樽へ目を向ける。
「緊張していますか。」
女性騎士が小声で尋ねた。
「しますよ。」
一樹は苦笑する。
「酒を飲んでもらうだけなのに、こんなに緊張するなんて思いませんでした。」
「酒井さんらしいですね。」
「いつもなら、『早く飲んでください』って言うところなんですけど。」
「今日は言えません。」
二人は小さく笑い合う。
その空気を壊さない程度に、団長が静かに口を開いた。
「酒井。」
「はい。」
「ここから先は、お前の酒が答える。」
「余計な言葉はいらない。」
一樹は団長の言葉を聞き、静かに頷いた。
「……はい。」
やがて扉が開く。
一人の男が部屋へ入ってきた。
年は五十代ほど。
派手な服装ではないが、落ち着いた所作から長年この役目を務めていることがうかがえる。
文官が紹介する。
「王城毒見役です。」
毒見役は一礼すると、樽の前へ立った。
酒税官が木杯へ赤蜜麦酒を注ぐ。
琥珀色の酒が静かに揺れ、部屋に再び甘く香ばしい香りが広がった。
毒見役は木杯を持ち上げる。
まず香りを確かめる。
次に、ごく少量だけ口へ含んだ。
部屋中が固唾をのんで見守る。
毒見役はゆっくりと飲み込み、しばらく目を閉じたまま動かない。
一樹は思わず息を止める。
長く感じた沈黙のあと、毒見役は静かに目を開いた。
「……異常ありません。」
その一言で、部屋の空気がわずかに緩む。
だが、酒税官は木杯を見つめたまま言った。
「安全性は確認できました。」
「しかし。」
「この酒の価値は、毒見役では判断できません。」
法務官が頷く。
「当然です。」
酒税官は文官へ向き直る。
「王宮料理人へ連絡を。」
「この酒を、料理とともに評価してもらいます。」
文官は深く一礼した。
「承知しました。」
一樹はその言葉に、小さく息を吐く。
ようやく一歩前へ進めた。
だが、本当の評価はまだ始まっていない。
⸻
次回
第15話 王宮料理人




