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酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~  作者: 春野ケイ


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第13話 王都という世界

 王都へ向かう街道は、村へ続く道とはまるで違っていた。


 石畳がどこまでも真っすぐ続き、荷馬車が何台も行き交う。


 商人らしき一団が馬を連れ、冒険者風の男たちが笑いながらすれ違う。


 遠くからは鍛冶場の金属を打つ音まで聞こえてきた。


「人が多いですね。」


 村長が馬車の窓から外を眺める。


「村じゃ一日に会う人数より、多いかもしれません。」


「まだ王都の外ですよ。」


 女性騎士が微笑む。


「城門が見えたら、もっと驚きます。」


 一樹は窓に肘をつきながら景色を眺めていた。


 街道脇には畑が広がり、その先には大小さまざまな集落が見える。


 荷馬車とすれ違うたび、御者同士が軽く手を挙げて挨拶を交わしていた。


「平和なんだな。」


 一樹がぽつりと漏らす。


 監察騎士団長は前を向いたまま答えた。


「王都周辺はな。」


「騎士団が昼夜問わず巡回している。」


「だから商人も安心して商売ができる。」


「なるほど。」


 一樹は静かに頷く。


 そんな話をしているうちに、馬車はゆるやかな坂を上り始めた。


 そして。


「……うわ。」


 一樹は思わず言葉を失った。


 地平線の向こうに、巨大な城壁が姿を現した。


 高く。


 厚く。


 まるで山そのものが壁になったような圧倒的な存在感。


 陽の光を受けた白い石壁は、どこまでも左右へ続いている。


「あれ全部が……王都ですか。」


 村長も息をのむ。


「ああ。」


 団長が短く答える。


「王国最大の城塞都市だ。」


 馬車が近づくにつれ、その巨大さはさらに際立っていく。


 城門だけでも村の見張り台ほどの高さがあり、両脇には重装備の兵士たちが整列していた。


 門の前では何台もの荷馬車が順番を待ち、一台ずつ荷物の確認を受けている。


「厳しいんですね。」


 一樹が呟く。


「王都へ入る物は、基本的に全て確認する。」


 団長は当然のように答えた。


「酒も例外ではない。」


 やがて一行の番が来る。


「停止。」


 門番の号令で馬車が止まった。


 二人の兵士が荷台へ上がり、木箱や樽を一つひとつ確認していく。


「積み荷は。」


「王命による調査品。」


 団長が一枚の書状を差し出す。


 門番は封蝋を確認すると、表情を引き締めた。


「失礼しました。」


 しかし、検査は終わらない。


 兵士は赤蜜麦酒の樽の前で足を止めた。


「これが例の酒ですか。」


「ああ。」


 団長が頷く。


「赤蜜麦酒だ。」


 兵士は樽の栓に鼻を近づける。


 完全に密閉されているはずなのに、ほんのわずかに甘く香ばしい香りが漂ってきた。


「……。」


 兵士は思わず目を細める。


「どうした。」


 隣の兵士が尋ねる。


「いや。」


「少しいい香りがした気がしただけだ。」


 すぐに表情を戻し、兵士は樽を軽く叩く。


「異常なし。」


「通行を許可します。」


 ゆっくりと巨大な城門が開いていく。


 重々しい音が響き、王都への道が目の前に広がった。


 一樹は思わず息を吸う。


「よし。」


「王都だ。」


馬車が城門をくぐる。


 その瞬間、一樹は目の前の光景に圧倒された。


「……すごい。」


 村とはまるで違う。


 広い石畳の大通りが真っすぐ伸び、その両側には三階建て、四階建ての建物が並んでいる。


 荷馬車が絶えず行き交い、人々は忙しそうに歩き、それでもどこか活気に満ちていた。


 通りのあちこちから、美味しそうな香りが漂ってくる。


 焼きたてのパン。


 香ばしく焼かれた肉。


 甘い菓子。


 香辛料の刺激的な香り。


 一樹の腹が、小さく鳴った。


 それに気づいた村長が苦笑する。


「酒井さん、お腹が空きましたか。」


「いや……。」


 一樹は照れくさそうに笑った。


「美味しそうな匂いが多すぎるんですよ。」


 女性騎士も窓の外を眺める。


「王都は各地から商人が集まりますから。」


「食べ物も、お酒も種類が豊富なんです。」


「お酒も?」


 その一言で、一樹の目の色が変わる。


「ありますよ。」


「王都には酒屋だけが集まる通りもあります。」


「酒屋だけ?」


 一樹は思わず身を乗り出した。


「見てみたい。」


「駄目です。」


 即答だった。


「まだ何も言ってませんけど。」


「寄り道したいと思ったでしょう?」


「……はい。」


 女性騎士は小さくため息をついた。


「事情聴取が終わってからです。」


「終わったら寄っていい?」


「それは団長次第ですね。」


 一樹は前に座る団長へ視線を向ける。


 団長は腕を組んだまま、外を見ている。


「団長。」


「なんだ。」


「事情聴取が終わったら──」


「駄目だ。」


「まだ最後まで言ってません。」


「酒屋だろう。」


「……はい。」


「駄目だ。」


 あまりにも即答だった。


 馬車の中に笑いが広がる。


 村長は肩を震わせながら笑う。


「酒井さんも、よく分かられていますね。」


「そんなに分かりやすいですか?」


「ええ。」


 女性騎士もくすりと笑う。


「王都に入ってから、酒屋しか見ていません。」


「そんなこと……。」


 一樹は言い返そうとして窓の外を見る。


 ちょうど視線の先には、大きな酒屋があった。


 店先には何十もの樽が並び、木札には酒の名前が書かれている。


 さらに少し進むと、また別の酒屋。


 その隣にも酒屋。


「……本当だ。」


「見てますね。」


「いや、だって。」


 一樹は思わず笑ってしまう。


「こんなの酒好きには天国じゃないですか。」


 団長が小さく鼻を鳴らす。


「事情聴取が終わるまでは、地獄だと思っておけ。」


「ですよね。」


 一樹は苦笑しながら窓の外へ目を向けた。


 酒屋の前には、多くの客が集まっている。


 樽を選ぶ者。


 瓶を抱えて帰る者。


 店主と味について語り合う者。


 どの店も活気にあふれていた。


 その光景を見て、一樹は静かに呟く。


「これだけ酒が愛されている街なら……。」


「きっと、赤蜜麦酒も受け入れてもらえる。」


 そう思った、その時だった。


 店先から聞こえてきた会話が、一樹の耳に届く。


「聞いたか?」


「オークと一緒に造った酒が王都へ来るらしい。」


「ああ、変な噂だろ。」


「オークの酒なんて飲めるか。」


「縁起でもない。」


 笑いながら立ち去る男たち。


 一樹は何も言わず、その背中を見送った。


 酒を知らないからではない。


 オークを知らないからでもない。


 ただ、そう教えられてきたのだ。


 その思い込みを変えることが、これから自分が王都でやるべきことなのかもしれない。


 赤蜜麦酒を積んだ馬車は、ゆっくりと王城へ向かって進んでいった。


王城へ近づくにつれ、町の景色も少しずつ変わっていった。


 賑やかな市場は姿を消し、代わりに大きな屋敷や手入れの行き届いた庭園が並ぶ。


 道を歩く人々も、商人より礼服姿の者が目立つようになっていた。


「ここから先は貴族街です。」


 女性騎士が静かに説明する。


「王都にも、こんなに雰囲気が変わる場所があるんですね。」


 一樹は窓の外を見つめながら感心する。


「村一つ分くらい違う世界だ。」


 村長も緊張した面持ちで服の襟を整えた。


「私なんかが来ていい場所なのでしょうか……。」


「村長。」


 一樹が笑う。


「胸を張ってください。」


「この酒を一緒に造ったのは、村長たちなんですから。」


 その言葉に、村長は少しだけ肩の力を抜いた。


「……ありがとうございます。」


 やがて馬車は、大きな噴水のある広場へ入る。


 その先には、ひときわ大きな白い城。


 何本もの塔が空へ向かって伸び、磨き上げられた白い壁は陽の光を受けて眩しく輝いている。


「これが……王城。」


 一樹は思わず見上げた。


 ただ大きいだけではない。


 威厳がある。


 王国の中心とは、こういう場所なのだと自然に理解できた。


 馬車が城門の前で止まる。


 団長が先に降り、一樹たちへ視線を向けた。


「降りろ。」


 一樹たちは荷物を抱え、ゆっくりと馬車を降りる。


 赤蜜麦酒の樽は騎士たちが慎重に運び、赤蜜麦餅の入った木箱は村長が大切そうに抱えていた。


 王城へ足を踏み入れると、床は鏡のように磨かれた石造り。


 赤い絨毯が真っすぐ奥まで続き、壁には歴代国王と思われる肖像画が飾られている。


 一樹は思わず周囲を見回した。


「すごいな……。」


「きょろきょろするな。」


 団長が小声で言う。


「ここでは一つ一つの振る舞いを見られている。」


「……はい。」


 一樹は慌てて背筋を伸ばした。


 その様子を見て、女性騎士は小さく笑みを浮かべる。


「緊張していますか?」


「少し。」


「いや、かなり。」


「実は私もです。」


「え?」


 一樹が驚いて女性騎士を見る。


「意外です。」


「私だって、人間ですから。」


 その一言で、一樹の緊張も少しだけ和らいだ。


 案内役の文官が歩み寄る。


「皆様、こちらへ。」


 一行は王城の一室へ案内された。


 部屋には長机と椅子が用意され、窓からは王都の街並みが一望できる。


「こちらで少々お待ちください。」


 文官は一礼して部屋を出ていった。


 静かな部屋に、張り詰めた空気だけが残る。


 村長は深く息を吐く。


「いよいよですね。」


 一樹は窓の外へ目を向けた。


 王都の街は今日も賑わっている。


 そのどこかで、自分たちのことが噂になっているのかもしれない。


 この部屋の扉が開けば、事情聴取が始まる。


 一樹は静かに拳を握った。


 赤蜜麦酒は、人間とオークが共に造り上げた酒だ。


 その事実だけは、誰に何を聞かれても変わらない。


 やがて部屋の外から、規則正しい足音が近づいてきた。


 コン、コン。


 扉が静かに叩かれる。


「準備が整いました。」


 文官の落ち着いた声が響く。


「どうぞ、お入りください。」


 一樹は村長と顔を見合わせ、小さく頷いた。


 そして、一歩前へ踏み出した。


⸻


次回


第14話 王都の事情聴取

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