第12話 王都への事情聴取
赤蜜麦酒が完成してから、五日が過ぎた。
村には、以前とは違う穏やかな時間が流れていた。
朝になれば、村人とオークが一緒に畑へ向かう。
昼になれば、子どもたちが種族を気にすることなく駆け回る。
夕方になれば、酒蔵から笑い声が聞こえてくる。
「一樹さん!」
村の少年が元気よく駆け寄ってきた。
「今日も赤蜜麦餅、焼いてくれる?」
一樹は笑いながら頷く。
「もちろん。」
「でも、その前に畑の手伝いだぞ。」
「はーい!」
少年はオークの子どもと一緒に畑へ走っていった。
その姿を見ながら、一樹は思わず笑みを浮かべる。
「すっかり仲良しだな。」
「子どもは順応が早い。」
隣で樽職人の老人が目を細めた。
「大人が勝手に壁を作っとるだけじゃ。」
一樹は静かに頷く。
「そうかもしれませんね。」
酒蔵では、新しく仕込んだ赤蜜麦酒が静かに育っていた。
第1号は村人たちで飲み干してしまったため、今は二樽目を仕込んでいる。
村長は帳面を見ながら嬉しそうに笑った。
「まさか酒蔵が、こんなに忙しくなる日が来るとは。」
「嬉しい悲鳴ですね。」
「ええ。」
「赤蜜麦餅も評判が良くて、毎日作っても足りないくらいです。」
そんな穏やかな時間を切り裂くように、村の入口から鐘の音が響いた。
カーン。
カーン。
「騎士団だ!」
見張りの声が村中へ響く。
一樹たちは顔を見合わせる。
「また……?」
酒蔵を出ると、村の入口には数頭の馬が止まっていた。
その先頭には、見覚えのある青と白の鎧。
監察騎士団長が静かに馬を降りる。
村人たちの表情が強張る。
だが団長は、前回のように周囲を警戒することなく、一樹へ歩み寄った。
「酒井。」
「お久しぶりです。」
一樹が軽く頭を下げる。
団長も小さく頷いた。
「少し話がある。」
その一言だけで、村の空気が張り詰めた。
村長と族長も近づいてくる。
団長は全員を見回してから口を開いた。
「王都より命が下った。」
「酒井一樹。」
「お前に王都への同行を命じる。」
酒蔵の前が静まり返る。
一樹は落ち着いた様子で尋ねた。
「理由を聞いてもいいですか。」
「調査。」
団長は短く答える。
「それと事情聴取だ。」
村長の表情が曇る。
「やはり……。」
「まだ信用されたわけではありませんか。」
団長は迷うことなく頷いた。
「当然だ。」
「討伐対象だったオークと共同で酒を造った。」
「しかも、それを理由に討伐中止を進言した。」
「王都が報告書だけで納得するはずがない。」
誰も反論しなかった。
その通りだからだ。
一樹は少しだけ考え、静かに口を開く。
「分かりました。」
「俺が行けばいいんですね。」
団長は首を横に振る。
「酒井だけではない。」
「赤蜜麦酒も持って来い。」
「赤蜜麦餅もだ。」
「王都で、その酒と料理を確かめる。」
一樹は小さく息を吐いた。
「つまり……。」
「俺たちがやってきたことを、王都で証明しろってことですね。」
団長は一瞬だけ口元を緩めた。
「理解が早くて助かる。」
その言葉に、一樹も苦笑した。
「行きます。」
「俺たちの酒を、ちゃんと見てもらいます。」
その言葉を聞き、村長がゆっくりと前へ出た。
「団長殿。」
「私も同行させてください。」
「この村の代表として、説明すべきことがあります。」
団長は静かに頷く。
「異論はない。」
「必要な人物だ。」
今度は族長が一歩前へ出る。
「ならば我らも──」
しかし、その言葉を最後まで言わせず、団長は首を横に振った。
「今回は駄目だ。」
酒蔵の前が静まり返る。
族長も怒ることなく、理由を待った。
「王都では、まだオークへの偏見が根強い。」
「お前たちが行けば、酒ではなく、お前たち自身へ注目が集まる。」
「調査の目的が変わる。」
一樹は族長を見る。
族長は少し考えたあと、静かに頷いた。
「……その通りだな。」
「今はまだ、その時ではない。」
村長は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。」
「いえ。」
族長は笑った。
「我らは待つことも知っている。」
そう言うと、一樹へ向き直る。
「一樹。」
初めて名前で呼ばれた。
「この酒は、お前だけの酒ではない。」
「我らの酒でもある。」
「胸を張って届けてこい。」
一樹は少し驚いたあと、力強く頷いた。
「任せて。」
「必ず届ける。」
女性騎士も一歩前へ出る。
「私も同行します。」
「酒井さん一人では、王都の作法で困ることもあるでしょう。」
「護衛も兼ねます。」
団長は短く答えた。
「問題ない。」
出発は明日の朝と決まった。
村人たちは急いで準備を始める。
丈夫な樽を選び、その中へ赤蜜麦酒を丁寧に詰める。
赤蜜麦餅も一つひとつ布で包み、木箱へ並べられていく。
樽職人の老人は樽を何度も叩き、漏れがないか確かめていた。
「この樽なら王都まで耐える。」
「親方。」
一樹が頭を下げる。
「留守、お願いします。」
老人は鼻を鳴らした。
「酒蔵はわしらがおる。」
「お前は酒を届けてこい。」
「はい。」
その返事には、もう迷いはなかった。
翌朝。
村の入口には、多くの村人とオークが集まっていた。
見送りのためだった。
誰もが「行くな」とは言わない。
この旅が、この村の未来につながると信じているからだ。
一樹は馬車へ乗り込む前に、村のみんなを見渡した。
「行ってきます。」
村長が笑う。
「行ってらっしゃい。」
族長は右手を胸に当てる。
「ガル・ドゥール。」
オークたちも続く。
「ガル・ドゥール!」
一樹は笑顔で胸に手を当て、同じように返した。
「ガル・ドゥール。」
その声に、村人たちも自然と笑顔になる。
馬車がゆっくりと動き始めた。
一樹は小さくなっていく村を見つめながら、胸の中で静かに誓う。
(この酒を、王都にも届けよう。)
赤蜜麦酒を乗せた馬車は、新たな物語が待つ王都へ向けて走り始めた。
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次回
第13話「王都という世界」




