↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
34/40

第4話 ケーキ、三回練習したんです

その夜、管理人室で。固定電話が、けたたましく鳴った。


こんな時間に、珍しい。この番号を知る人間は、片手で数えるほどしかいない。


俺は、受話器を取った。


「はい、常夜灯です」


『あらぁ、周さん。久しぶりねえ』


聞き覚えのある、しわがれた、けれど張りのある声。昔、世話になった、ある料亭の女将だった。


「女将さん。ご無沙汰しています」


『元気にしてた? あなた、相変わらず、こんな電話一本でしか、捕まらないんだから』


「ええ、まあ。お変わりなく?」


『おかげさまでねえ。この前なんて、また妙な人たちが、あなたを探しに来たのよ。「柏木さんの連絡先を」って。もちろん、教えやしないけどね』


「……お手数を、おかけします」


『いいのよ。あなたが見つかったら、また連れ戻されちゃうもの。──ああ、そうそう。それより周さん』


女将の声が、ふっと、柔らかくなった。


『今年も、お誕生日、おめでとう。来週でしょう』


俺は、受話器を握ったまま、少し、黙った。


「……覚えていてくださったんですか」


『当たり前じゃないの。あなたの誕生日くらい。毎年、忘れたことなんてないわよ』


***


そのとき。管理人室のドアが、ほんの少し、開いていた。


麦茶のおかわりを、届けに来てくれたのだろう。まひるさんが、盆を手に、廊下に立ち尽くしていた。ドア越しに、聞こえてしまったのだ。


──来週。来週が、管理人さんの、誕生日。


まひるさんの目が、まんまるに、見開かれていた。俺は、まだ、その視線に、気づいていなかった。


『じゃあね、周さん。ちゃんと、ご飯食べるのよ』


「……はい。ありがとうございます」


受話器を、そっと置いた。カチャリ、と、静かな音がした。


***


翌朝から、常夜灯は、妙に落ち着かなかった。


二階が、やけに、ざわついている。四人が、何やら、ひそひそと、けれど興奮した様子で、相談している。俺が近づくと、ぴたりと、口をつぐむ。そして、四人が、揃って、こちらを見た。その目が、なんだか、きらきらしていた。


「……どうしました。みなさん」


「なんでもない!」


声が、見事に、揃った。


それから数日、四人は、やたらと、こそこそしていた。廊下でぱたぱたと足音がして、俺が顔を出すと、ぴたりと止む。買い物に出たかと思えば、紙袋を後ろ手に隠して帰ってくる。台所で何かしようとすると、「いいから、管理人さんは座ってて!」と追い出される。


「……俺、何か、しましたかね」


小麦に訊いてみた。小麦は、何も知らないというふりをして、けれど、しっぽが隠しきれずに、ぶんぶんと振れていた。


***


その日。夕食どきになっても、誰も台所に来なかった。


おかしいな、と思いながら、俺はいつものように夕飯の支度をしていた。そろそろできますよ、と声をかけようとした、そのとき。リビングの灯りが、ふっと消えた。


「……あれ。ブレーカーかな」


俺はエプロンで手を拭いて、リビングへ向かった。そして、ドアを開けた瞬間。


ぱっ、と灯りがついた。


「サプライズ! お誕生日、おめでとうございます!」


四人が横一列に並んで、声を張り上げていた。怜さん。まひるさん。ゆめちゃん。累さん。その真ん中に、誇らしげに座った、小麦。


テーブルの上には、手作りらしいケーキ。少しいびつだった。生クリームの塗り方が、あちこちでよれている。苺は、数だけはたくさん載っていた。真ん中には、火の灯ったろうそくが、四十二本──ではなく、四本と二本、ちょこんと立っていた。


『HAPPY BIRTHDAY 管理人さん』


そう書かれた手作りの飾りが、壁にぶら下がっていた。


──その瞬間の俺の顔を、たぶん、住人の誰も、見たことがなかったと思う。


俺は。立ち尽くした。何か言わなければ、と思った。けれど、言葉が出てこなかった。


「……あの」


口を開いた。けれど、その先が続かない。四人の顔と、ケーキと、ろうそくの灯りを、何度も見比べた。


「えっと……これは」


声が、少し上ずっていた。


「俺の……ため、ですか?」


「そうですよ!」


まひるさんが、目をうるうるさせながら頷いた。


「いつも、私たちのこと、祝ってくれるじゃないですか。だから、今日は、私たちが」


「来週が誕生日って、聞いちゃったんで」と、ゆめちゃん。


「フライングだけど。サプライズは、当日より、こっちのほうが、驚くでしょ」と、怜さん。


「ケーキ、私たちで焼いたんですよ。失敗しないように、三回も練習して」と、累さん。


俺は、ろうそくの灯りを見つめていた。ゆらゆらと揺れる、小さな炎。


──こんなの、いつ以来だろう。


灯りが消えたリビングで「サプライズ!」。いびつな手作りケーキ、四本と二本のろうそく、失敗しないよう三回練習した苺のケーキ。いつも祝う側の人が主役に座らされる瞬間にじんときたら、【にこにこ】か【泣ける】を! その顔の続きはブックマークで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。