第2話 ぱちぱち、と可愛い火花
──火花が、散っている。
それも、なんだか、ぱちぱちと、可愛らしく。
俺には事情がさっぱり呑み込めなかったが、とにかく、四人の機嫌が微妙にささくれていることだけは、分かった。修羅場になりそう、という空気では、なかった。むしろ、四人とも、どこか拗ねた子どもみたいな顔をしている。
俺は、手を、ぱん、と打った。
「えっと。じゃあ、せっかくですし」
冷蔵庫を開けた。
「みんなで、何か作りませんか。夜食、合作で」
***
提案は、思いのほか、すんなり受け入れられた。たぶん、四人とも、振り上げた拳の下ろしどころに、困っていたのだろう。
怜さんが、おでんの出汁を温め直した。まひるさんが、卵を溶いた。ゆめちゃんが、パンを切った。累さんは、俺がメンチを揚げる横で、ふらふらと油を見張った。揚げ物だけは、火傷が怖いので、俺が引き受ける。
俺は、その合間を縫って、四人の手の隙間で、火加減を見たり、塩を一振りしたりしていた。
やがて、食卓に、奇妙な献立が並んだ。出汁の染みたおでん。ふわとろのオムライス。はちみつトースト。肉汁のメンチカツサンド。
ばらばらの、四人の「特別」が、一つの卓に、ぜんぶ並んだ。
***
「……いただきます」
誰からともなく、四人が手を合わせた。
おでんを一口、オムライスを一口、トーストを齧り、メンチカツサンドに手を伸ばす。互いの「特別」を、こっそり、味見し合っている。
「……あ。このおでん、美味しい」と、まひるさん。
「でしょ」と、怜さんが、ちょっと得意げに。
「このトースト、やばい。なんで今まで黙ってたの」と、累さん。
「だから、私だけのって言ったじゃん」と、ゆめちゃんが、ふくれっ面で。
そうして、いつのまにか、四人は笑っていた。
互いの「特別」を、ひとつずつ、味見しては、「ずるい」だの「美味しい」だの、口々に言い合っている。さっきまでの、ぱちぱちした火花は、いつのまにか、湯気のなかに、溶けて消えていた。
考えてみれば、当たり前のことだった。腹を空かせた人が、四人いれば、俺は四人ぶん、飯を作る。それだけのことだ。誰か一人を特別扱いしているわけでも、ない。
なのに、四人が四人とも、「自分だけ」だと思い込んでいたのが、なんだか、おかしくて。そして、ほんの少し、いじらしかった。
「……なんか」
オムライスを頬張りながら、まひるさんが、しみじみ言った。
「みんなで食べると、いつもより、美味しいですね」
四人が、こくこくと、頷いた。
***
俺は、その光景を、カウンター越しに眺めていた。胸の奥が、じんわりと、温かかった。
「今日は、賑やかですね」
そう言うと、四人が、いっせいに、俺を見た。そして、なぜか、ふっと、目を見交わして、笑った。
「ねえ、管理人さん」
怜さんが、おちょこを傾けながら、言った。
「私たち、決めたことがあるんですけど」
「はい?」
「あなたのこと、もっと知ろうって。私たち四人で」
「……はあ」
何を言われているのか、よく分からなかったが、とりあえず、俺は頷いた。四人が、にっこりと、笑った。
なんだか、よくない予感がした。
***
その夜、四人が二階へ上がったあと。俺は、空いた皿を流しに運びながら、ひとり、首をかしげていた。
「……火花、ねえ」
呟いてみたが、やっぱり、意味は分からなかった。
足元で、小麦が、皿に残ったメンチの欠片を、物欲しそうに見上げている。
「お前にも、内緒の夜食、作ろうか」
その金色の頭を撫でると、小麦は嬉しそうに、尻尾を振った。
合作の夜食は、たしかに、一番美味かった。ただ、それだけは、よく分かった夜だった。
***
「管理人さんって、エスパーなんじゃないですか」
ある朝、まひるさんが、真顔でそう言った。
きっかけは、その三日前のことだった。
***
十月のはじめ。まひるさんが、しょんぼりと帰ってきた夜があった。
「どうしました」
「いえ……なんでもないです。ただ、ちょっと、疲れちゃって」
そう言って、彼女は二階へ上がっていった。
俺は、台所に立ったまま、しばらく考えた。カレンダーを、ちらりと見る。十月七日。
──そういえば。
俺は、冷蔵庫から、仕込んでおいた材料を取り出した。
振り上げた拳の下ろしどころに困った四人が、なぜか夜食を合作。おでんもオムライスもトーストも一卓に並んで、火花はいつのまにか湯気に溶けていきます。この微笑ましさにほっこりしたら、【にこにこ】か【いいね】を! 続きはブックマークで。




