第5話 似ているだけでは、盗作になりません
俺は、男の話を、最後まで聞いた。口を挟まなかった。ひとつ残らず、聞いた。
そして、男が言い終えてから、静かに口を開いた。
「お話は、分かりました。では、こちらからも、いくつか」
声を、張らなかった。ただ、語尾を、言い切った。
普段の俺の喋りは、語尾が柔らかい。「〜かなあ」とか、「〜ですよね」とか。それが、消えた。句点で、ぴたりと止まる。
「まず、似ているだけでは、盗作になりません」
「は……?」
「アイデアそのものに、著作権はないんです。境遇が似ている。世界観が似ている。それは、法的には、保護の対象ではありません。守られるのは、アイデアではなく、具体的な表現です。台詞の運び、コマの割り、絵そのもの。そこが一致して、はじめて複製と言える」
男の顔から、勢いが、少し引いた。
「それと──」
俺は、続けた。
「彼女には、日付のある制作履歴があります」
「制作、履歴」
「下書き、ラフ、ネーム。すべて、いつ作ったかの記録が残っている。作業データには、更新の日時が刻まれます。クラウドの保存履歴も、投稿の記録も。どちらが先に、その表現を形にしていたか。それは、証拠で決まります」
俺は、真壁さんを、ちらりと振り返った。彼女は、こくり、と頷いた。
「彼女のほうが、先のようですよ」
***
男は、答えなかった。
連れの二人が、構えていたスマホを、そろそろと下ろしはじめた。
「もし、これ以上、根拠のない盗作の主張を、不特定多数に向けて続けるのであれば──それは、彼女の社会的評価を下げる行為になります。名誉毀損、信用毀損。投稿の一つひとつが、証拠として残ります」
「いや、僕は、ただ」
「発信者情報の開示は、去年、手続きが一本化されて、前より早くなりました。ご存知ですか。匿名のアカウントでも、辿れます。DMも、対象です」
男の喉が、こくりと鳴った。
俺は、最後に、こう言った。
「証拠の話を、しましょうか。それとも──お引き取りいただけますか」
殴ってはいない。脅してもいない。ただ、事実と、原理と、手続きを、退路を塞ぐように、一枚ずつ畳んだだけだ。
裁くのは、俺ではない。社会の仕組みだ。俺はただ、その仕組みが、どこにあるかを、指し示しただけ。
男は、何も言い返せなかった。
「……行くぞ」
連れに低く言って、踵を返した。三人は、来たときよりずっと小さく見える背中で、門を出ていった。
***
ドアが、閉まる。
俺は、その閉まったドアを、しばらく見ていた。それから、ふっと、肩の力を抜いた。
「……ふぃー」
長く、息を吐く。
なんだか、ひどく、くたびれた。こういう「顔」を出すのは、もう、ずいぶん久しぶりだったから。手のひらが、少しだけ冷たくなっていた。それを、悟られないように、握り直す。
そして、振り返った。
「あ、累さん。お腹、すいてませんか」
いつもの、たれ目に戻して。
***
真壁さんは、ぽかんとしていた。口を半分開けて、たった今ドアの向こうに消えた男たちと、目の前の優しい中年男とを、何度も見比べている。
リビングの入口には、いつのまにか怜さんとまひるさん、ゆめちゃんの三人が、息を呑んで立っていた。騒ぎを聞きつけて、下りてきていたらしい。その三人も、揃って、ぽかんとしていた。
「……ねえ」
最初に口を開いたのは、ゆめちゃんだった。
「今の、誰」
「え?」
俺は、きょとんとした。
「いや、俺ですけど」
「そうじゃなくて。今の、なに。法律とか、すらすら出てきて。声、別人だったし。管理人さん、あんな喋り方できるの」
「……普通のこと、言っただけですよ?」
四人が、顔を見合わせた。普通ではない、という顔で。
***
「とにかく」
俺は、手をぱん、と打った。空気を、いつもの常夜灯に戻すように。
「お昼、まだでしたよね。みんな揃ってるなら、軽く何か作りますよ」
冷蔵庫を開けて、炊いておいた飯と、塩鮭、梅、昆布。握って、一口大の小さなおにぎりにする。
真壁さんの右手は、締切続きで、腱鞘炎気味だった。だから、左手で、ひょいと摘めるように。皿の上に、ころころと並べた。
ひとつ、つまんで口に入れた真壁さんが、もぐもぐと噛みながら、ぽつりと言った。
「……管理人さん」
「はい」
「ありがとうございました。さっきの」
「いえ。腹が立ったわけじゃないんですよ。ただ、君が描いたものは、君のものだ。それだけは、はっきりさせておきたかった」
真壁さんは、おにぎりを、もうひとつ摘んだ。
その頬が、ほんの少し、赤かった。観察対象を見るふりをして、それより、もっと別の何かで、彼女がこちらを見ていることに、俺は、やっぱり、気づかなかった。
***
その夜、四人はリビングに残って、長いこと小声で話していた。
「ねえ」と、怜さん。
「私たち、管理人さんのこと、本当に、何も知らないよね」
誰も、答えなかった。ただ、誰もが、同じことを思っていた。
あの人は、いったい、何者なんだろう、と。
***
管理人室で、俺はひとり、湯呑みの茶をすすっていた。握った右手の指を、ゆっくりと開いては、閉じた。
久しぶりに、あの「顔」を出した。たったそれだけのことで、こんなに疲れる。やっぱり、もう、戻れないな、と思う。
足元で、小麦が、俺の膝に顎を載せてきた。その金色の頭を、撫でた。
「大丈夫だよ」
誰にともなく、そう呟いた。
茶の湯気が、ゆらりと立ち上って、灯りのなかに消えていった。
凸してきた相手を前に、いつもの柔らかい語尾が消えて、句点でぴたりと言い切る管理人さん。「ただの賄い係」では説明のつかない一面がちらり――ゾクッときたら、【びっくり】を! この人、何者?の答え合わせはブックマークで。




