面白くてためになる
「それはそうと俺、講談社の社長から名刺をもらったんだ。俺が説得したら英二と比企谷のラノベを読んでくれるって」
「は?」
「え?」
晩飯を食べ終えて、それまでの重い空気をふっ飛ばそうと軽いノリで言ってみたら、英二と比企谷が目を丸くしていた。こいつらの反応おもしれーな。
英二が震えながら、
「お、おま、講談社の社長とどうやって知り合ったんだよ」
「普通に職場の喫茶店で」
「いやいや嘘だろ、そんなとこに来るわけないだろ」
「それが来たんだよ。で、お前らのラノベは今の出版業界を変える新しい文学にして
傑作だってことを伝えたら是非とも読みたいって」
俺が笑いながら話すと英二に右ストレートで顔を殴られた。
「なにすんだよ!」
「むしろ、お前はなに話してんだよ! お前も知ってるだろ。俺のラノベは毎年新人賞に落ちてるって。そんな出版業界を変えるとか、新しい文学とか俺のラノベじゃ無理だって」
「でも、集英社の編集さんは面白いって言ってたじゃん」
「あれは……たまたまだろ」
英二のやつ、自信をなくしてやがるな。
全くメンタルが現代のもやしっ子なんだから。
俺なんて、講談社の周りの社員たちに無礼だのなんだの言われながらもお前らのラノベのプレゼンをしてきたというのに。
軽く咳払いをする。これからする話をよく聞いてほしかったからだ。
「いいか、お前らが作ったのは未来の小説だ。この時代にはない熱くなれるような展開と萌えでできている。現代じゃ当たり前だが、この時代じゃ当たり前じゃない。ライトノベルは未来の小説だ。想像してみろ、馬に乗って走るのが当たり前の時代に二〇二六年の軽自動車を売り出すのを。革新的なんてものじゃないぞ」
「……言われてみればそうだ。小説だって進化している。ストーリーの見せ方、演出に表現、キャラクターをより魅力的にする方法、テーマだって現代の方が豊富な種類がある。それこそ、ジャンルなんてこの時代じゃ考えつかないほどたくさんある」
「それにライトノベルは普通の小説と違って、エンターテインメントや客商売に特化したいわば大衆向けに進化した小説だ。この時代にだってウケる可能性はある」
「たしかにな」
英二はどうやら納得したみたいだ。でも、比企谷は、
「そうは言っても涼宮部長、僕は不安ですよ。この時代の人にオタクの萌えが受け入れられるんですかね。軟弱者とか言われるんじゃ」
「可愛いは正義だ、信じろ。もし、ライトノベルがなんの価値もない小説なのだとしたら、なぜ俺たちがそんな価値もない小説の事を知っているんだ。なぜ、お前らはライトノベルを書こうと思ったんだ。ライトノベルには読者や未来の作家志望たちを熱狂させる魅力がある。じゃなきゃ、こんなに売れて愛されるわけがない。この時代の人にもきっと通じる、信じろ」
熱弁する俺に比企谷も「そ、そうなのかな」と不安げながらも一旦は信じることにしたようだ。
「とりあえず、明日。英二と比企谷は一緒に講談社に行くぞ。さっそく原稿を読んでもらおう」
「あ、明日ですか、涼宮部長。まだ、僕、心の準備ができてませんよ」
俺は比企谷の背中をバシバシ叩きつつ、
「ダイジョーブ! きっとなんとかなるって」
「いてて、涼宮部長のそのメンタル見習いたいですよ」
比企谷は呆れながら、布団へと入る。
俺もそろそろ寝るか。
明日が楽しみだ。
次の日、名刺に書かれた住所を頼りに講談社へと向かう。
電車に乗り、文京区音羽へ行く。
一際目立つ巨大なビルがあったので場所はすぐにわかった。
それにしても、本社は案外地味なところにあるんだな。
講談社ほどでかい出版社なら、もっと飲食店が盛んな派手な所にあってもいいと思うんだが。
あとで知ったのだが、講談社がこのような場所に建てたのは創業者の野間清治自身の希望によるものだった。
社員は銀座とか日本橋とか、ああいう賑やかな便利なところに建てたいという希望があるのかもしれないけれども、編集実務というのはやっぱり静かな環境のいいところの方がいいとのことで、この場所に建てたんだとか。
それにしても、名刺を見て知ったけど当時の講談社の名前って大日本雄弁会講談社って名前だったんだな。
この時代ではこういう仰々しい名前をつけるのが流行りだったんだろうか。
そんなことを考えているうちに本社の前まで着く。
緊張をほぐすため、三人で深呼吸をする。
俺がいの一番に二人に声をかける。こういうのはリーダーたる俺の役目だからな。
「二人とも講談社のボスに会う準備はできたか? こっからはセーブはできないぜ」
緊張をほぐすために、あえて茶化したような言い方をする。
二人の顔を見ると覚悟が決まっていた。
「もう賽は投げられたんだ。だったら、進むしかねえじゃん。俺のラノベが講談社の社長に読んでもらえるんだ。どういう結果になろうとこんなに名誉なことはない」
「僕は涼宮部長と一緒に作ったこのラノベが今までで一番の傑作だと思っています。このラノベが通じないなら悔いはありません」
うーん、あんなに色々励ましたのにそれでもまだどうなるかわからないって感じなのがな。もっと自分を信じようぜ。
これじゃ俺の方が二人のラノベを信じてる。
まあ、いいや。
「一緒に進撃ドリームを掴みに行こうぜ」
「おう!」
「はい!」
俺たち三人は原稿を持って、講談社の中へと入っていた。
気分は魔王城へと乗り込む勇者一行って感じ。
さあ、魔王に原稿を渡してラノベを出版してもらおうじゃないか。
中に入るとまるで迷宮のように廊下が入り組んでいて驚いた。
魔王城と例えたのは間違いじゃなかったかもしれない。
建物は木造でできていて、2階建てのようだった。
この頃の講談社は事業に成功していくにつれ、増築を繰り返し、かの横浜駅のごとく拡張していく。
ただこの時の俺はまだそのことを知らなかった。
だから、単純に広くてすごい、さすが日本三大出版社の一つという小学生並みの感想しか浮かばなかった。
受付の人に社長に用があると話すと面会票を書くように言われた。
仕方なく、ささっと面会票を書き終えるとソファで待っているよう指示された。
ソファで待つこと三十分が過ぎたあたりだろうか、ようやく面会の許可が下りた。
待ち時間が長いんで、あれはひょっとしたら夢だったんじゃないかと思い始めていたところだった。
「私についてきてください」
受付の人がわざわざ持ち場から離れて、社長室まで案内してくれるとのことだった。俺たち三人はそれこそRPGの如く一列になって、木造の長い廊下を進んでいった。
途中、カフェー・パウリスタで見かけた少年たちと何度かすれ違った。
この少年たちはいったい何者なんだろう。
どうも雇われてるように見えるが、この歳で雇われるのか?
少年すら雇う野間清治とは何者なんだろう。
かの社長に俄然興味が湧いた。
木造の長い廊下を渡り終えると洋館が姿を現した。
お金持ちの別荘を思わせるほどの立派な洋館はかつて明治天皇も訪れたこともあるのだが、もちろん俺たちは知らなかった。
中へ入り、豪邸という言葉が似合うほどの格式高い空間に気を取られ、魂が取られたかのようにぼーっと見つめていた俺たちはいつの間にか執務室の前まで立っている事に気付かなかった。
受付の人がノックをし、「入りたまえ」との返事がきたのでさっそく中へと入る。
中に入ると書斎を思わせるような大量の本が棚に置かれていた。
さすが、出版社の社長なだけある。
黒い革張りの社長椅子に座っていたのは野間清治。
以前のスーツ姿とは違い、羽織りを着ていた。
「待っていたよ、涼宮君。そこの二人が例のラノベとかいう小説の原稿を書いた作者かね」
「はい、そうです」
俺がそう答えると英二が一歩前へと出る。
「は、初めまして、俺は上条英二と言います。普段はファンタジーやSFを書いています。主に手に汗握るような熱い展開を書くのが得意です」
「それは楽しみだな。で、もう一人の君は?」
「比企谷千秋。萌えを、えーっとつまり可愛い女の子キャラが可愛いことをするのを書くのが得意です」
「可愛い女の子が可愛いことをするってのは面白いのかね?」
「面白くはないですね。ただ、癒されます」
「癒されるときたか。癒される気分になれる小説ってのも新しいな」
野間社長は興味津々だった。
俺のプレゼンが効いたのかもしれない。
「さっそく読ませてもらえないだろうか、君たち二人のラノベを」
手を震わせながら、英二は最初に原稿を手渡した。
勇気あるな。酷評されるかもしれないってのに。
「では、まずは君のから読ませてもらおう」
そう言って、原稿をすごいスピードでめくっていった。
集英社の編集さんもだけど、出版業界の人たちってみんなこんな速度で読んでいっているんだろうか。
固唾をのみながら見守っていると野間社長はボソリと呟いた。
「面白い」っと。
俺と英二は顔を見合わせて思わずハイタッチをした。
「時代劇なのが実にいい、私好みだ。刀一本で妖怪と渡り合っていくのは剣道を嗜むものとして、憧れる。それにしてもまさか、徳川幕府も絡むような壮大なスケールになるとはな。この小説、一冊で終わってほしくはないな。続きが読みたい」
まさかのべた褒めだった。
俺も面白いとは思っていたけれどここまで褒められるなんて。
「比企谷君の方も読ませてもらえないか」
「あっ、はい。どうぞ」
「ありがとう。拝読させてもらうよ」
まるで宝物をもらったかのように大事に原稿を預かる姿をみて、なんとなく人から好かれそうだなと思った。
野間社長はまたしても物凄い速度で原稿をめくっていく。
俺だったら、あの速度で読んだら話の内容が理解できないな。
野間社長が読み終わるまでしばらく待つ。
比企谷の顔を見てみると、常時ハラハラしていて面白かった。
よく言われる他人が緊張していると自分は冷静になれるってのは本当なのかもしれない。
だって、現に俺は比企谷の顔を見て楽しんでるのだから。
「ハハッ」
突然、真面目に読んでいた野間社長が笑った。何事かと思っていると
「いや、失敬。おかしな場面がきて読んでいてつい笑ってしまった」
そう言って、続きを読んでいく。
比企谷が書いたのはラブコメだから、コメディーの部分で思わず笑ってしまったんだろう。
俺もバカテスを読んだ時に爆笑した経験があるから、よくわかる。
笑っても不思議じゃない。
面白いライトノベルは小説という媒体であっても笑わせてくれるのだ。
しばらくして、野間社長が比企谷のラノベを読み終えた。
開口するやいなや、
「こっちも面白かったよ」
褒められた。
その言葉を聞いて、比企谷はガッツポーズをする。ここまで、テンションの上がった比企谷を見るのは初めてかもしれない。
「小説を読んでいて笑ったのは初めてだ。この主人公の恋愛の空回り具合が実に面白い。華族との恋愛格差もいい。やはり、恋愛というものは障害が多ければ多いほど燃えるものだからね。それでいて、ヒロインが実に可愛らしい。リアリティーには欠けるが、男の願望がつまったような女の子だ。ああ、こんな娘と恋をしてみたい素直にそう思わせてくれる」
どっちもべた褒めってことは、
「なにより今まで読んできたどんな小説よりも二人の小説は読みやすい。なるほど、涼宮君が言っていたのはこういうことだったのか。実際に読んでみて、わかった。これなら、小学生でも大人でも誰でも楽しめる。これは新しい、複雑なテーマがなくエンターテインメントにストーリーが特化している。登場人物たちもみんな生き生きとしていて、まるで本当に存在するかのようだ。羽根のように軽い小説。これがライトノベルなのか。実に素晴らしい。世に出れば、間違いなく出版業界に革命を起こすぞ。それだけじゃない、まったく新しい文学として世に刻まれるだろう」
「じゃあ……!」
「だが、このままでは出せないな」
「なんで!? 今の流れなら、絶対OKの流れだったじゃん!?」
俺が苦情を呈すと野間社長はゆっくり口を開いた。
「君はスポーツと出版物の違いがなにかわかるかね?」
「体を動かすかどうかってことじゃないでしょうか」
「そんな単純なら、わざわざ聞かないだろ」
英二につっこまれる。
野間社長も頷いて同意する。
「もっと本質的な話だよ。この二つには決定的な違いがある」
どうしよう、全然わからない。
「ヒントを出そう。涼宮君。君は本を読んだときになにを得る? あるはずだ、読書をしたら得られるものが」
「……もしかして、知識でしょうか?」
「そう、出版事業とはとどのつまり教育事業でもある。それがスポーツと出版物の違いだ。スポーツをやっても知識を得ることはないだろう。だが、出版物を読めば知識を得られる。人がなぜ、本を読むのか。それは自分自身じゃ知りえない知識や経験談を知ることができるからだ。それこそ、読書の本質であり、人類が長年の間、本を愛し続けた理由でもあるのだ。人は本を読んだ時に自分の知らない知識を得た時に得した気分になる。この読書体験を我が社は大事にしている。面白いだけでは駄目なんだ。面白くてためになる。これこそが我が社の信条だ」
そんなこと意識したことすらなかった。
でも、思い返せば、自分の知っている本はなにかしらの知識を得られたような。小さい雑学でも読みなれない難しい漢字だったり、本を読むごとに発見があったような気がする。
「全部を変えろとは言わない。ただ、このライトノベルという小説には得られる知識がない。このままでは出版できない。なぜなら、我が社の信条と反するからだ。そこで、私からの提案なのだが、雑学を入れてみるのはどうだろう? 読者があまり知らないような雑学があれば読者も読んでて得した気分になれるだろう」
「ええ、それくらいなら構わないと思います。なあ、英二、比企谷」
「ちょっと付け足すぐらいでこのラノベを世に出せるなら俺は従ってもいい」
「僕もです」
二人は特に異を唱えることなく、賛成する。
だが、俺はというと、胸中複雑だった。
面白くてためになるは素晴らしい考え方だと思う。
でも、それじゃ、面白いだけの才能を持つ小説のことを見逃すことになるんじゃないだろうか。
「二人からも同意を得られたことだし、この二つの小説をさっそく我が社の雑誌キングで掲載しようと思う。それである程度話数が溜まったら、小説として世に出そう」
「ほんとですか!? 上条先輩、やりましたね。僕らのラノベがついに世に出るんですよ」
「ちょっと現実味がないな。夢みたいだ」
「これも涼宮部長のおかげですよ。ありがとうございます、部長」
「二人に才能があったからこそだ」
「いや、講談社の社長の名刺を貰ってきた部長がいなければ僕らの小説を読んでもらえる事なんてなかったんで」
「その事なんだが……」
野間社長が唐突に話を切った。
俺たちは何事かと視線を野間社長へと向ける。
「私はただで名刺を渡したつもりはない」
「どういうことですか?」
俺が聞くと社長はフッと笑った。
「なに、簡単な話だよ。私は欲しいものは全て手に入れる主義なんだ。涼宮君の話を聞いて、友人二人の小説が欲しかったから名刺を渡した。ただ、それだけじゃないんだ」
俺は今まで野間清治という男を見くびっていた。
ただの大きな出版社の社長くらいにしか思っていなかった。
だから、本当の目的を聞いて驚いた。
「私はね、君も欲しいんだよ。涼宮大吾君。私の心を説得し、二人からの厚い信頼を持つ君も。改めて、言おう。涼宮大吾、我が社、講談社の社員になれ。そして、君がこの二人の担当編集者になるんだ」
そう誘われ、俺は……。




