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冬の星空の下でした残酷すぎる俺たちの約束

「そんなの決まってるじゃないですか。俺、やりますよ。この二人の担当編集者になります!」

 理由? そんなの決まってる!

 だって、出版社の編集者なんて面白そうじゃないか!

 しかもラノベの担当。面白くないわけがない!

「その返事が聞きたかった。ただ、今月はもう12月だ。入ってもらうのは年明けからになる」

「ちょっと待ってくれ。なんで、大吾のやつがいきなり俺たち二人の担当編集者になるんだ。おかしいだろ。大吾もそんな簡単に引き受けてんじゃねえ」

 英二が待ったをかける。

 俺も疑問には思ったが、口には出さなかった。だって、やりたいし、おじゃんになったら嫌じゃん。

「難しく考えることはない。君たちのライトノベルの魅力を一番理解してるのは涼宮君だ。なら、彼に一任させたい。他の編集者じゃ、余計な口出しをして作品の魅力を失いかねないからね」

「……そういうことなら、まあ大吾の方が適任か。この時代の人たちにライトノベルのことなんてわからないだろうし」

「この時代?」

「あっ、いや、なんでもないです」

 うおおい、英二のやつなに口走ってんだ。

 俺たちの正体がバレるじゃねえか。

「まあいい、それより君たちのライトノベルをどうやって興味をもたせるかだ」

 幸い、野間社長はそれほど気にも止めてなかった。

 未来人だとバレたところで、野間社長なら別になんともなさそうだけど。

 でも、こういうのってバレたら大変な目にあうってのはフィクションでのお約束じゃん。やっぱり、未来人ってのは隠しておかなければ。

「やはり、煽り文が大事だと私は思う。雑誌の表紙にドーンと君たちの小説が新時代の小説だということをアピールしたい」

 ウキウキとした様子で語る野間社長。

 実に楽しそうだ。

「君たちに特に案がないというのなら、私の案を発表してもいいかね。なに、きっと君たちも気に入ると思う」

 そう言いながら、俺たちの返事を聞かない。

 この人、絶対これで押し通すつもりだな。

 まあ、俺たちは煽り文なんて作ったことないから、野間社長に任せるのが適任だろう。

 野間社長は軽く咳払いをして、喉の調子を整えてから意を決して発表した。

「小説読みに問う。この才能は本物か? ――どうだ、思わず読みたくなるだろう」

 俺たち三人が思ったことは一つだった。

『進撃じゃねえか』

 野間社長は未来の煽り文を先取りしていた。

 そういえば、ブルーでロックなサッカー漫画といい、講談社って独特の煽り文を入れるの好きだったな。

 なぜか、そんなことをふと思い出した。

「いいんじゃないでしょうか」

 そう言ったのは英二だった。

 俺は野間社長に聞こえないように耳打ちをする。

「おいおい、待てよ。あれは巨人の漫画の煽り文だろう。俺たちが使ったら歴史を改変することになっちまう」

「もうとっくに改変しているだろう。大丈夫、煽り文がなくても進撃は売れる。だって、あんなに面白いんだから」

「だからって、盗るのは……」

 そんなことしたら、怒られるに決まってる。

 ……待てよ、誰に怒られるんだ?

 この時代の人たちは進撃の煽り文なんて知らない。

 売れる事が約束されたような煽り文を盗もうとするなんて……。

 こんなこと許されるわけ……まあ、いっか。

「俺もいいと思います」

「涼宮部長!? ダメですってば」

 比企谷が必死に止める。

 こいつ、いい奴すぎるな。もっと腹黒くなきゃ世の中、上手く渡ってはいけないぞ。

「いいか、比企谷。これはチャンスだ。あの煽り文のパワーのことを知っているだろう。俺たちもあの煽り文にあやかろう!」

「そしたら、未来の進撃の煽り文はどうなるんですか?」

「それはだな、――未来のことは未来に任せるんだ!」

「いやいや、駄目でしょ!」

 野間社長が俺たちを見て、

「どうやら、賛成3と反対1のようだ。多数決で考えるならば、決定ということで」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 強引に話を進めようとする野間社長を比企谷が引き留める。

「他になにかいい案があるのかね?」

「え、えーと、先生ごめんなさい!」

「どうやら、なにもないようだ。では決定ということで」

 世界初のライトノベルの煽り文は人気漫画の煽り文のパクりで決まった。

 未来の進撃の煽り文はどうなっているのか。

 それは君の目で確かめてくれ !


 下宿屋に帰り、女将さんに英二と比企谷の小説の雑誌掲載が決まったと伝えたら、すごく喜んでくれた。「やっぱ、アタシには見る目があったんだね~」と初対面の時に追い返そうとしていたころを都合よくコロリと忘れていた。

 ただ、言ったおかげでその晩はすき焼きにしてくれた。

 久々の牛肉に俺たちは大興奮した。

 女将さん、ケチだから普段牛肉なんて晩御飯に出してくれないし。

 なにはともあれ、その日のすき焼きはこれまで食べたすき焼きより美味しく感じた。

 きっと、小説の雑誌掲載を勝ち取った勝利の味だったからだろう。

 俺たちは腹いっぱいまで食べて、騒ぎ、歌を歌って、気絶するように寝た。

 中途半端な時間に寝たからだろうか。

 夜中に目が覚める。

 今、何時だ?

 時計を確認しようと立ち上がって気付いたがどうやら俺たちは居間で寝ていたらしい。英二と綾小路には毛布がかけられていた。無論、俺にもだ。

 きっと、女将さんがかけてくれたのだろう。

 ありがとう、女将さん。

 普段、下宿代と飯代を払ってるのにケチな飯しか食わせてくれないとか思ってごめんなさい。

 心の中で女将さんに謝りつつ、時計を確認すると二時だった。

 まだ早いな、もうひと眠りするか。

 さっきまで自分が寝ていた場所に戻ろうとすると、綾小路の毛布がずれていることに気付いた。

「まったく、風邪引くぞ」

 毛布をかけ直して、ふと気付いた。

「あれ、比企谷はどこに行ったんだ?」

 玄関まで行ってみると比企谷の靴がなかった。

 靴を履いて、外に出てみる。

 入口の引き戸を開けると、比企谷の姿が目に入った。

 なんだ、こんな近くにいたのか。

 比企谷は夜空を見上げていた。

 その時の比企谷は知らない顔をしていた。

 普段、俺たちにすら見せないような顔を。

 いったい、なにを考えているんだろう。

 そう思ったのも束の間、比企谷はゆっくりと振り返って「涼宮部長、起きてたんですね」といつもの調子で俺に笑いかける。

「なんか、急に目が冴えちゃってな。お前はずっと起きてたのか」

「はい、僕はそうですね。涼宮部長が真っ先に寝て、次に綾小路くんが寝て、最後に上条先輩が泣き疲れて寝たんです。僕は今日のことに、あっもう昨日か。昨日の事に興奮して寝れなかったんです」

「比企谷はこれで小説家だもんな」

「夢にも思ってませんでしたよ。僕が小説家になるなんて。それも一九三〇年に」

 そう言って、比企谷はまた夜空を見上げた。

 俺もつられて、夜空を見る。

 満天の星空だった。まるで、空気の澄んだ田舎の星空のように澄んでいた。

 一九三〇年の東京の星空はどこまでも綺麗だった。

 比企谷はこれに見惚れてたんだな。

「部長は寝てたから知らないでしょうけど、綾小路くんが寝た後に上条先輩、大泣きしてたんですよ。やっと、俺の夢が叶ったって」

 英二のやつ、泣いてたのか。

 ずっと新人賞に落ち続けて、webでも人気なかったもんなぁ。

 感動も苦労してきた分だけあるんだろう。

 それにしても、俺と綾小路の前では泣かないってのもあいつらしいな。

 いっつも格好つけるんだから。お母さん、心配だわ。

「上条先輩っていつからラノベを書き始めたんですか?」

「中学生の頃からだな。俺があいつを無理矢理オタクにしたんだ。すごいのがあるぞって言って、当時の人気だったラノベやオタク向けの漫画を読ませまくったら、自分も書きたいって言い始めて、俺に自作のラノベを読ませてくるようになったんだ」

「へぇー、オタクになる前の上条先輩なんて想像つかないですね」

「当時のあいつはサッカー部の次期エースとして有望視されていて、成績も優秀で女子からもモテモテだったんだ。もう非の打ち所もないリア充だったんだ。でも、俺がオタクにしてから、サッカー部を辞めて、成績も落ちて、女子からモテなくなって、新人賞に毎年落ち続けて、web小説もヒットしないワナビくんになっちゃったんだよな」

「最低じゃないですか、部長w。人の人生を堕落させてますよw」

 比企谷は噴き出していた。

 人の不幸で笑えるなんて、こいつもなかなかのワルになったのかもしれない。

「でも、笑顔が増えたよ。あいつはオタクになってからすげー笑うようになったんだ。それまでは、仏さまかってくらいつまんなさそうな顔してたからな」

「それは仏さまに失礼ですよw」

 比企谷は苦笑しながら、また夜空を見上げていた。

 俺も比企谷も白い息をふぅーっと夜空に向かって吐き出す。

 十二月の寒い夜は息も白く染め上げてしまう。

「部長は昔から人の人生を変えてたんですね」

「昔から?」

 比企谷の言った言葉に引っかかる。

 俺がオタクにしたのは英二の奴だけのはずだが。

「部長は今も気付いてないですけど、僕の人生も変えたんですよ」

「ああ。昨日、小説家にしたことか」

「違います。もっと前です。部長と初めて会った時のことです」

 比企谷と初めて会った時?

 やべー、どんなんだったっけ? 忘れたぞ。

「僕はね、このサークルに入る前まではすごいつまんない人生送ってたんですよ。中学と高校といい、なんにも楽しいことなんてなかった。ずっと、ぼっちだった。親に内緒でこっそり深夜アニメを観て、キリトとアスナがいちゃいちゃするだけの二次創作小説のラブコメをネットに上げ続ける、それだけが唯一の楽しみでした。だから、大学に入った時、期待なんてしてなかったんですよ。これから楽しいことが起こるとか、そういった期待を。またつまらない大学生活を送って、つまらない社会人人生を送って、一生を終えるんだろうなと思ってた。でも、それが変わったんですよ。大学の敷地で一人、スマホで深夜アニメを観ながら弁当をもそもそと食ってた時、声をかけてくれたんですよ、あなたが」

 比企谷に言われてだんだん思い出す。

 たしか、その時は大学にオタクサークルがなくて、ないなら創ればいいじゃないってことでオタクサークルを立ち上げたはいいもののサークルには俺と英二しかいなかったから、必死に部員集めしてたんだ。あちこちの生徒に声をかけて、それで入ってくれたのが比企谷と綾小路だった。

「初めて話しかけられたときは驚いたし、それまで友達だったかのように馴れ馴れしく話しかけてくる部長の態度には随分と戸惑いましたよ。まあ、今もあまり変わってませんけどw」

「それが俺の良い所なんだよ」

 比企谷があまりに真面目に言うもんだから茶化してみる。

 こういった空気は得意じゃないんだ。

「ええ、そうですね」

 否定されず、肯定されたんで俺が戸惑ってしまう。

 おいおい、そんなこと言われたらなんて返せばいいんだよ。

「涼宮部長は僕の人生をめちゃくちゃにしてくれましたよ。毎日飽きもせずに話しかけてきて、ししのあなやアニメートに無理矢理引きずり回して、知らない昔のアニメを面白いから観ろって命令してきたり、勝手に僕の二次創作小説を読んで自分のSNSで宣伝するわ、聞いてもいないのに面白いから続けろって言うわ、今回だって強引にラノベ作家にされましたし。部長が次にどんな行動をとるのか未だに僕は予想ができません。サークルのみんながあなたに振り回されてばかりです。……でもね、僕はそんな毎日が最っ高に楽しかった!」

 比企谷は満面の笑みだった。

 大学でオタクサークルを作ってよかったと思わせるほどの最高の笑顔。

 ああ、俺は気付かないうちに一人の人間を救ってたんだな。

「みんな、涼宮部長が好きでついてきたんです。あなたの考えが面白いから、乗っかったんです。この時代に来てもそれは変わりません。どんな時代、どんな場所に行こうとも僕はついていきます。だって、このサークルの皆が大好きだから。たとえ、この先どんな不幸が待ち受けていようとも……それでも、言いきれます。涼宮部長、あの時、一人ぼっちだった僕に声をかけてくれてありがとう。このサークルに誘ってくれてありがとうって。僕の二次創作の才能からオリジナルを作る才能へと開花させてくれてありがとうって」

 比企谷、今までそんな風に思ってくれてたのか。

 だから、こいつ俺にこんな従順だったのか。

「でも、比企谷。開花させられるだけの才能を持っていたのはお前自身だ。お前が凄いやつだからこそ、花開いたんだ」

 才能のない人間は才能を開花させることなんてできない。

 石を削っても石だ。

 でも、ダイヤモンドの原石を削れば、高価なアクセサリーへと変わる。

 それと同じだ。

「だから部長、変わらないでくださいね」

「俺がか?」

「どんなに辛いことがあっても……あなただけはそのままでいてください」

「ああ、わかったよ。俺だけはどんなことがあっても変わらないと約束するよ」

「約束ですよ」

 俺はそう言って、下宿屋へと戻る。

 比企谷としたこの他愛もない約束が後に呪いに変わるのだが、あんなことになるとはまだこの当時は気付きすらしなかった。

 それよりももっと直近で重大な問題が待ち受けていていたから、考える暇もなかった。

 

 時を遡り、昨日の美術館で行われた展覧会にて。

「に、人間国宝じゃー!」

 老人がそう言って倒れる。

 この事件は衝撃を起こして、今日の朝刊になる。

 なんせ、綾小路がこの後、日本中を揺るがす程のとんでもない事件を引き起こすんだから。

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