『雑誌王』を口説き落とせ!
「君、席に案内してくれないか?」
「あ、はい。奥の席へどうぞ」
誰なんだ、この人。
ただの素人の俺から見ても、只者じゃないのはわかる。
佇まいがまるで武士のそれだ。
その只者ではない男の後ろからぞろぞろとスーツ姿の男たちがついてくる。
その中には十五歳くらいの少年たちの姿もあった。
スーツ姿の男たちを引き連れる姿はまさに王と家来たち。
この男は何者なんだ?
気になったので、近くでこっそりと聞き耳を立てることにした。
「旦那様はなんになさいますか?」
少年が男へと聞く。
旦那様って、どういう関係なんだ? 使用人?
「とりあえず、コーヒーを。君たちも好きなものを適当に頼むといい。無論、支払いは会社がもつ」
「社長、ありがとうございます!」
「よいよい」
とりあえず、あの男がなにかの社長なのはわかった。
だから、普通の人とオーラが違うのだろうか。
っと、こうしている場合じゃない。
早く注文を聞いて、コーヒーやらなんやらを届けなくては。
注文を受けながらも、なるべく俺はあの社長の席の近くにいた。
どうも気になって仕方がなかったからだ。
社長はコーヒーをゆっくりと口にした後、周りの男や少年たちに聞こえるように大きな声で話し始めた。
「知っての通り、一九二六年から始まった円本ブーム(一冊一円の廉価な予約制全集が爆発的に売れた日本の出版ブーム。大量生産・大量消費の「出版大工業化」をもたらした)は昨年末ごろから終わった。出版業界の好景気は唐突に終わりを迎えた。それどころか、今年に入ってからは昭和恐慌が始まり、中小企業の倒産は相次ぎ、失業者は増えた。大学生・専門学校の卒業生の三分の一が職にありつけず、「大学は出たけれど」が流行語になるほど世の中は不況だ」
そうだったのか。一九三〇年の日本って、そんなに不況だったのか。
下宿屋の俺たちが泊まってる部屋にはテレビもラジオもないから、こんな大事なことすら知らなかった。
女将さんは新聞やラジオを嗜んでいたが、俺たちは興味なかったからな。
だから、英二と比企谷の職がなかなか見つからなかったんだ。
「一ヵ月前には浜口首相が右翼に狙撃されるという悲しい事件もあった。今やこの国はどんどん悪い方へ悪い方へと向かっていっている。だが、こんな時にこそ、我々出版事業が大切なのだ。心を支えるのは言葉だ。街に失業者が溢れ、暴力が正当化される今だからこそ、我々が『文化の光』を消してはならない。我が講談社はどんな逆境にも負けたりはしない。出版業界の好景気が終わったというのなら、また新しく景気が良くなる土台を作り出せばいいだけのことだ。我々が新しい風を作り出し、新しい本を届けよう。今日はその話し合いと息抜きを兼ねている。さあ、存分に語り合おう!」
今、講談社って言ったか? てことはあの社長とか旦那様とか言われている人が講談社の社長? 日本三大出版社の一つの?
それに出版業界に新しい風を作り出したいって言ってる。
チャンスだ!
この人に英二と比企谷のライトノベルの原稿を読んでもらおう。
うまくいけば、二人の小説が世に出るかもしれない。
普通の人ならきっと尻込みするんだと思う。
なんせ、相手は講談社の社長なのだから。
だけど、俺、涼宮大吾という男は結局は頭で考えるより行動が先なんだ。
だから、気付いたら話しかけてた。
「すいません、先ほどおっしゃってた出版業界に新しい風を呼び込みたいとの事ですが、俺心当たりがあるんです。小説なんですけど――」
社長に話しかけると、周りにいたスーツの男が立ちあがって俺の肩をつかんだ。
「君、給仕の分際で客の話を盗み聞きするどころかいきなり話しかけてくるなんて無礼じゃないかね!」
周りの男たちも眉をひそめる。
「まったく、この店の接客も落ちたもんだな」
「旦那様、別の店に変えましょうか?」
「いや、いい。この私に話しかけてきたということは、それ相応の覚悟があってのことなんだろう。話を聞くだけ聞こうじゃないか」
「社長、こんな無礼なやつの言うことなんて聞く必要ないですよ」
「そうですよ、旦那様」
周りが一斉に騒ぎ出す。
たしかに店員が客の話を盗み聞きして話しかけるなんて無礼だし、周りの態度がこうなるのは当然だ。
でも、俺だってここで退くわけにはいかないんだ。
なんせ、あいつら二人の未来が俺にかかっているのだから。
「俺の話を聞かないのはもったいないと思いますよ。なんせ、これから呼び込めますからね、出版業界に新しい風を」
「ずいぶんと自信があるじゃないか。そんなに面白いのかね、君の小説は?」
「いえ、俺のじゃありません。俺の友人二人のです。まあ、俺も手伝いはしましたけど」
「すでに有名な作家なのかね?」
「ただの大学生です。背景はありません」
さっき、俺の肩を掴んだ男が呆れた声で言う。
「話になりませんな。名作を生みだした著名な作家先生ならともかく、たかだか大学生の作家志望が書いた小説が今の不況に入った出版業界を変えるだと、馬鹿も休み休み言え。そんなこと天地がひっくり返ってもありえん!」
そうだ、そうだとヒートアップしていく周りの男たち。
見かねた社長が手を挙げて制す。
それだけで男たちは黙った。
「優れた名作を書く大作家も若いときは作家志望だ。可能性がないわけじゃない」
「でも、社長!」
「話を続けたまえ」
講談社の社長と話す機会なんて、滅多にない。ましてや、直接売り込めるなんて。
「その小説は大衆に特化した小説なんです」
だらだらと言葉を述べる必要はない。
「軽く誰でも楽しめる文体、読みやすさに特化した小説」
必要なのは確実に誘うキーワード。
必殺の一撃。
「ほう……それは今の売れてる小説がどういうものか知っていて言ってるのかね」
「ええ、知ってます。今の主流はプロレタリア文学とモダニズム文学でしょう。でも、もうその流行りを追うのは遅い!」
それまで、俺のこと馬鹿にしてた社員連中も少年たちも俺の顔を見ていた。
俺がなにを言うのかに興味を惹かれてる。
「すでに世に出た流行を追うのは二番煎じにしかならない。それでは、出版業界に新しい風を呼び込めるとは言えない」
「では、君の友人が書いた小説は新しい流行を作り出すと……これは随分な自信家だ」
探せ、探せ、探せ!
頭をフル回転させろ!
「ただの小説じゃありません。キャラクターが主体となった軽い小説。言うなればライトノベルと言いましょうか」
「軽い小説だから、ライトノベルか。面白い発想だ」
探すんだ。
この社長を、いや、講談社の王の心を誘い殺す言葉を。
「キャラクター小説はいつの時代も人気があります。コナン·ドイルの推理小説の主人公シャーロック·ホームズはそれこそ典型的な例でしょう」
「ふむ、確かに人気があるな」
「ライトノベルの特異な点はそのキャラクターに特化した小説だということです。読者は魅力的なキャラクター達に心惹かれ、彼らに会いたいと思い、小説の続きを求める。まるで、親しい友人や恋人に会いたいと思うが如くね」
「キャラクターに特化した小説か。たしかに、思い返してみればキャラクターが際立つ作品は売れ行きもよかった。盲点だったな」
「それだけじゃないんです。ライトノベルはこれまでの小説に比べて、エンターテインメントに特化しているんです。その証拠に物語の多くがハッピーエンドで終わります。これまでの文学であった重厚なテーマや人間ドラマの代わりに現実を忘れさせてくれるような理想的なシンデレラストーリー、こんなことがあったらいいなと思わせるような読者の心を掴んで離さないテーマ。漢字だらけの難しく読みごたえを感じさせる文章の代わりに軽快な会話文。読みやすさに特化した文章。ライトノベルを読むということはお祭りに行くようなものです。知識も教養も必要ないんです。ただ、楽しいという感情を刺激することに特化した新時代の進化した小説。それがライトノベルなんです」
「君は友人の小説の凄さをアピールしたいんじゃないのかね。私にはまるで、君自身が発明した新しい文学の話をされているように感じるよ」
「俺は発明なんてしてないですよ。俺に才能なんてありませんから。……ただ、俺は知っているんです。真に面白いものは現実を忘れさせて、新しい世界へと連れて行ってくれることを」
俺には物語の主人公のような特別な才能や過去なんてない。
ただのアニメやら漫画やらラノベやらゲームやらが好きな平凡な日本人。
だけど、俺にはオタクとしての知識がある。
ライトノベルがこれまで、いかにして多くの読者を虜にしてきたかを俺は知っている。だからこそ、この目の前の男の心を動かせる。
英二や比企谷だったら、作者らしくもっと回りくどく言ってただろう。
でも、俺はただの読者でオタクだ。そんな語彙力はない。
だからこそ効くんだ。なんせ、俺の言葉は読者すぎるから。
この店にいる出版関係者連中が本当に届けたいと思っている相手の言葉なのだから。
俺は今まで多くの作品を読んできた時の感動を言葉にして、ストレートな感情を乗せるだけでいい。
それで、この王さまの心を奪う。
「不況の今、既存の文学作品は読者にとっての救いになるでしょうか。手に取りたくなるような本でしょうか。プロレタリア文学やモダニズム文学はさぞ立派なものでしょう。でも、これらの小説が今の読者の心に寄り添えるでしょうか。読者はこう思っているんじゃないでしょうか。不況という現実を忘れさせるような面白い夢物語が読みたいと。夢中にさせてくれる、熱狂させてくれるような小説が読みたいと。それなら、提供できます。俺の友人二人がライトノベルを書くことができるからです」
「……私自身、出版物には面白いを追求していた。なぜなら、人は本能的に面白いものが読みたいからだ。自分の知らない未知の世界を体験したいからだ。本にはその力がある」
「目指す方向は同じようですね。なら、一緒に起こしませんか。この出版業界に、小説業界に革命を! まだ誰も見たことがない小説を世に出してみませんか? あなたの出版社で。一緒に新しい文化を作りませんか。もし、それが叶うのなら俺は新世界にあなたを連れて行ってみせる」
これが俺の最後の殺し文句だ。
話すことは全部話した。
自分に用いることのできる全ての武器を使った。
あとはこの王さまの返答次第だ。
「……君、名前は?」
「涼宮大吾」
「歳は?」
「二十一です」
「その年齢でこれほど弁が立つとはな。私の負けだ。これは私の名刺だ。ここに住所が書かれている。持ってきなさい、君の二人の友人の小説を。私が直々に読んでみよう」
「あ、ありがとうございます」
やった。講談社の社長の名刺がもらえた!
しかも、編集者じゃなくて社長自らが読んでくれるなんて!
「連れて行ってくれないか、私を。君の言う新世界に」
「必ず連れて行きますよ。そして、約束します。成功が訪れることを」
社長が俺に向かって手を差し伸べる。
俺はその手を取って握手した。
英二、比企谷。俺やったよ。お前らのラノベを講談社の社長に読んでもらえるよう説得した。
この時代にないライトノベルが出版されるかもしれない。
俺は今、少しだけど歴史を動かしたんだ。




