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ライトノベル持ち込み作戦

「英二、比企谷、ラノベを作るぞ!」 


「いきなり、なんだよ」


「そうですよ。それより僕らは仕事を探さないと」


 喫茶店カフェー・パウリスタから帰ってきた俺はさっそく自分の考えを伝えた。


 給料の前借りをして、原稿用紙とつけペンとインク瓶は買った。


 あとはこいつらに書かせるだけだ。


「仕事なんてしなくていい。お前らはラノベを書くだけでいいんだ」


「どういうことだよ、説明してくれ」


 英二も比企谷も俺の意図がわかってない。


「いいか、この時代にはラノベなんてないんだ。そんな時にラノベなんて書いたらどうなると思う?」


「相良さんのイラストの件で話したみたいに物珍しさで売れるかもしれませんね」


「そう、売れるんだよ。ライトノベルの人気は未来でも保証済みだ。この時代にもきっと英二の書く熱いラノベや比企谷のような萌えてドキドキするようなラノベが売れるはずなんだ」


 英二と比企谷は黙る。


 二人とも本当に上手くいくか考えているんだろう。


 もし、これが失敗したら製作期間まるまる無駄になる。


 ああ、あの時バイトしてた方がよかったなとなりかねない。


 しばらくして、口を開いたのは英二だった。


「問題がある」


「なんだ?」


「俺はその……知っての通り、ラノベの新人賞には毎年落ち続けて、web小説の方もさっぱりだ。はっきり言って成功できるほどの才能があるかどうか」


「そんなこと気にしてたのか」


「そんなことってなんだよ。結構、重要なことだろ」


「大丈夫だよ。だって、俺今までお前のラノベで面白くないと思ったやつなんて一つもないからな。だから、通じる。お前がお前自身のことを信じられないってんなら俺を信じろ。俺はオタクサークル部長だ。今までの知識と経験だけはそんじょそこらのやつには負けない。ラノベの良し悪しはわかる。それでいて、あえて言おう。お前のラノベは面白い! 審査員にウケなかったからってなんだ。自信をもて!」


「……へっ、そうかよ。じゃあ、いつも通り、傑作を書くとするか」


「その意気だ!」


 英二のやつ、自信を取り戻したみたいだな。


 表情が活き活きとしている。


 これはいいのが出来上がりそうだ。


「涼宮部長~、やっぱ、僕には無理ですよ~」


「今度は比企谷か……。なにが無理なんだ。言ってみろ」


「だって、僕は二次創作小説は書いたことありますが、オリジナルを書いたことがないんですよ!」


「じゃあ、俺がプロット作りから手伝ってやるよ。一緒に完成させよう」


「それなら、まあ……」


 しぶしぶ納得する比企谷。


 とりあえず、これで二人を説得できたな。


「お二人の書くラノベ、楽しみにしてますね~」


「相良、出版社での刊行が決まったらイラストはお前に描いてもらう。というか、この時代にアニメ調のイラスト描けるのお前しかいないし」


「このサークルの為なら、何枚でも描きますよ~オレ」


「頼もしいな」


「当面の間、俺と相良が下宿代を稼ぐ。英二と比企谷は原稿を書いてくれ」


 方針は決まった。


 あとは原稿が完成するのを待つだけだ。




 一ヵ月が経ち、ようやく二人の原稿が完成した。


 読んでみるとどちらも面白い。


 英二が書いたのはこの時代の人でも理解できるような和風ファンタジー。


 舞台は江戸時代。浪人の主人公が刀一本で妖怪と戦い、事件を追ううちに江戸幕府も絡んだ巨大な陰謀へと巻き込まれていく。


 一方、比企谷が書いたのはラブコメだ。


 何の取り柄もない主人公が華族のお嬢様相手に恋に落ち、どうにか自分に振り向いてもらおうと奮闘する物語だ。


 一生懸命頑張る主人公がどこか滑稽で、それでいて自然と応援したくなる。


 この二作品ならいけるはずだ。


「よし、出版社に持っていこう。俺も同行する」


「いやー、涼宮部長がついてくれるなら百人力ですよ。僕一人じゃ、不安で不安で」


「俺は一人でもいいんだがな」


「二人のラノベの魅力が一番わかっているのは俺だ。うまくプレゼンしてやるさ」


 この時、俺はもう勝った気でいた。


 だって、二人のラノベは面白いんだ。


 面白ければ通じる、そうだろう?


 身支度をして、宿から外に出る。


「でも、持ち込むとしてどうやって出版社の住所がわかるんですか? 僕は大手出版社の住所すらわかりませんよ」


「簡単だ。奥付を確認すればいい。雑誌や書籍には必ず出版社の住所が載ってるからな。とりあえず、行くのは本屋だ」


「それで、どの出版社に持ち込むつもりなんだ?」


「そりゃ、もちろん。ライトノベルを出版するとしたら一つしかないだろう」


「一つというと?」


「みんな大好き出版界の巨人、角川だよ。名作ラノベを数多く輩出してきた角川ならきっとこの時代にないライトノベルすら受け入れてくれる」


 近くの本屋に意気揚々と入る。


 さあ、角川の小説を探すぞ。


 だが探しても探してもどこにもない。


 本屋の店員に聞く。


「すみません、角川の小説ってありますか? 出版社のことなんですけど」


「かどかわ? そんな出版社なんてありませんよ」


「え?」


 後になって知るのだが、この当時には角川書店というものはなく、創業者の角川源義はこの当時十三歳であり、まだ中学生だ。


 彼が角川書店を立ち上げるの一九四五年の十一月。戦後である。


 今から十五年後のことだった。


「角川がないとすればどこに原稿を持ち込めばいいんだ?」


「そうだ! 集英社がある。集英社に持ち込もう! 週刊ジャソプを出す集英社ならきっとラノベ原稿でも出版してくれるに違いない」


 幸い、集英社の雑誌はすぐに見つかった。


『男子の友』という名前の子供向けの雑誌だった。


 週刊ジャソプは見当たらない辺り、まだこの当時はないのだろうか。


 男子の友の奥付を見てみると集英社はここから近い。


「よし、集英社に持ち込んでみよう!」


 俺たちは本屋を出てすぐに集英社へと向かった。


 小説の持ち込みだというと、すぐに若い編集者がやってきた。


 歳は俺たちとそんなに変わらないくらいだろうか。


「君たちって紹介状は持ってる?」


「なんですか、それ?」


「えぇー。じゃあ他の作家のコネクションとかできたの?」


 質問がよくわからなかった。


 小説の持ち込みに紹介状とか他の作家のコネが必要なのだろうか?


「俺たちはただ、傑作を読んでもらいに来ただけですよ。この二つの原稿を読んだらぶっ飛びますよ! 小説業界に革命を起こすこと間違いなしです」


「は、はぁ……。じゃあ、読んでみるね」


 編集者はさっそく原稿を読んでくれる。


 俺たちはその間、ソファに座っていた。


 ものすごい勢いで編集者がページをめくっていく。


 読むの早くね? 本当にちゃんと全部読んでる?


 俺の十倍くらいのスピードで読んでるだけど。


 編集者ってみんなこうなの?


 しばらく待っていると、編集者がふーっとため息をつく。


 どうやら、読み終わったようだ。


「君たちの小説、面白いよ!」


 その一言に思わず顔を見合わせる俺たち。


「英二、比企谷、やったな」


「俺のラノベが編集者さんに評価される時がくるなんて……」


 英二は感動で泣いてた。


 ずっと新人賞落ちだったもんなぁ。無理もないか。


「だけど、出版はできないね」


「な、なんでですか、面白いって言ったじゃないですか」


「うーん、君たちの文体って軽すぎるんだよね。はっきり言って読みごたえがない。もっと難しい漢字を使わないと」


「でも、それがウリなんですよ。軽い文体で幅広い読者を引き寄せるっていうか。誰でも楽しめるようにしてあるんです。特に若者とかには絶対ウケると思うんです」


「いやー、今時の若者って結構難しい本を読むよ」


 そ、そうなのか。そう言われてもこの時代の若者の基準がわからないからなんとも言えない。


「それになんていうか、面白いだけだね。深みがない」


「面白いだけの小説のなにが悪いんですか」


「今時の読者はもっと重厚なテーマや人間ドラマを求めているんだよ」


「ラノベとは正反対なことを言われても、これはこういうジャンルのものですとしか……」


「もっと売れてる本を読んだ方がいいよ。君たちの小説は今の主流とはあまりにもかけ離れすぎている。はっきり言って前例がないんだ。この原稿を世に出すにはあまりに博打すぎるよ」


「ぐっ……」


「小説の出版も商売だからね、ごめんね」


 そう言って、編集者は立ち上がる。


 こ、このまま、黙ってられるか!


「なにが前例がないだ。あんたら集英社の人間はそうやってチャンスを逃し続けるんだ! 予言しておこう、今からはるか未来に一人の漫画家志望がやってくる。その人にあんたらは言うんだ。漫画じゃなくてジャソプを持ってこいって。その青年はその後大成し、多くの読者を引き付け、巨額の金を稼ぐダークファンタジー漫画を描く。その時、あんたらは後悔するんだ。ああ、あの時とっておけばよかったって。今のこの状況もまったく同じだ」


「君がなにを言っているのかわからないよ」


「帰りましょうよ、涼宮部長。俺たちのラノベは通じなかったんです」


「絶対に、絶対に俺たちのラノベを出版させなかったことを後悔させてやるからな」


 かっこ悪すぎる捨て台詞を吐いて、退散する。


 ああ、俺ってやつは本当にかっこ悪いな。


 だんだん、涙が出てくる。


 これが落ちた時の気持ちなのか。


 英二はこんな気持ちを毎年味わってたんだな。


「悪い、英二、比企谷。お前らのラノベを出版させてあげられなくて」


「俺はお前が俺の気持ちを代弁してくれてスッキリしたよ。だから、泣くのはやめろ」


「だってよぉ、悔しいよ俺。あんなにみんなで頑張って考えたのにさ」


「涼宮部長、他の出版社あたりましょうよ。もしかしたら、他の出版社でなら出版してくれるかもしれません」


「そうだな。次に行こう」


 その後、いくつかの出版社を訪ねるも読んですらもらえなかった。


 


「はぁー、いい考えだと思ったんだけどな」


 カフェー・パウリスタの控室でため息をつく。


 結局、うまくいかなかった。


「どうしたの、涼宮君。そんなに落ち込んで」


「初音さんはなんだか嬉しそうですね」


「だって、私は君の事が嫌いだもん。君の不幸が私の幸せなんだよ」


「感じわるっ」


「でもまあ、この前の事を誠心誠意謝罪するなら相談に乗ってあげなくもないけど」


「この前?」


「私みたいな高学歴の文学女子に対して、ミーハーって侮辱したこと!」


「いや、それはそのすみませんでした」


「ふん、まあ許してあげる。私、寛大だから。それでなんで悩んでたの?」


 俺は小説の持ち込みに苦戦していることを正直に伝えた。


 話を聞いた初音さんは呆れた。


「あのねぇ、普通は高名な作家先生の門下生になって、それから紹介状を書いてもらって編集者に持ち込むのが普通なの。読んですらもらえないなんて当たり前だよ」


「でも、集英社の編集者は読んでくれたけど」


「それは集英社の編集さんが優しかったから。普通はあり得ないからね」


 そ、そうだったのか。


 そうとも知らず俺はあんな事を言ってしまうなんて。


 今度会ったら謝罪しよう。


「それにその集英社の編集さんが言ってたように、軽い内容じゃ読者になんてウケるわけないよ。今、流行っている小説がどういう系統か知ってる?」


「いや、それがまったく……」


「はあ……もう、やれやれ仕方ないな。ここは知識人にして文化人の初音お姉さんがしっかり教えてあげないとね」


 やれやれとか言ってる割には嬉しそうな初音さん。


 自分の知識を披露できるのが嬉しくて仕方ないみたいだ。


「今の流行りはプロレタリア文学とモダニズム文学だよ」


「どっちもよく知らない」


「プロレタリア文学ってのはね、虐げられた労働者の厳しい生活や労働環境、階級意識を描いた文学運動のこと。蟹工船って読んだことある? 蟹工船は典型的なプロレタリア文学ね。それとモダニズム文学ってのは都市生活の発展や第一次世界大戦などを背景に、それまでの伝統的な写実主義を否定し、人間の「内面」の流動的な描写や、実験的で斬新な表現手法を追求した文学のことよ。有名なのだとユリシーズ。君たちが世に出そうとしているのは真逆にあたるわね」


 すらすらと今の主流の文学について解説してもらった。


 こんなに文学に明るいなんて、初音さんは本当に教養のある人間なんだな。


「小説はそうだけど、でも雑誌の方は変わっててね。大衆娯楽雑誌の『キング』ってのが流行ってて――」


「あっ、お客さん、来ましたよ」


「もーう、私が話している途中なのにぃ!」


 だって、話が長いし。


 俺は店に来てくれたお客さんに出向いて挨拶をする。


「いらっしゃいませー!」


 入ってきた男はまるで王様のようだった。ぞろぞろと後ろからスーツ姿の男たちが次々にやってくる。


 目が合った。


 その時、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃を受けた。


 男を一目見て只者じゃないことがわかった。


 なんというかオーラが違うのだ。


 その辺にいる人とは別格。


 この喫茶店は知識人や文化人が集う場。だから、ここに来てもおかしくはない。


 当時、『雑誌王』と呼ばれ出版業界を牽引する傑物。


 講談社創業者、野間清治。


 俺の、いや、俺たちの運命を変える人。

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