ライトノベルの夜明け前
先日の取材と横山大観先生が綾小路の絵をその場で二十万円で買ったことまで新聞の記事になっていた。
俺たちが思うよりも横山先生は大物なようで記事には新聞の丸々一面が使われていた。
これだけの大事になるとはな。
綾小路には雑誌のインタビューや小説の挿絵を描いてくれといった仕事の依頼が舞い込んでくるのだが、『面倒だ』という一言ですべて断っている。
あいつらしいといえばあいつらしいか。
俺はといえばやることがあった。
喫茶店パウリスタに辞める事を伝えなければいけない。
なぜなら、俺は講談社で英二と比企谷のラノベの担当編集者になるのだから。
銀座に行き、店に入って業務終わりに店長に伝えた。
店長にもう辞めるのかと苦言を呈されたが、最終的には新しい道に進むことを応援してくれた。
もう思い残すことはない、そう思っていたら初音さんに呼び出された。
「涼宮くん、君、もう辞めちゃうんだね」
「俺、出版社の編集者になるんで。初音さんが読んでも面白いと思うものを友達の作家と一緒に作ってきますよ」
「君がなにになろうかなんて私にはどうでもいいよ」
「じゃあ、なんで呼び出したんですか?」
「君とは色々あったよね。私のことミーハーって呼んだり、一緒に喫茶店で給仕したり。君は本当に失礼で嫌な奴だったよ」
「はぁ……それはすいません」
初音さんはいったいなにが言いたいだろうか。
俺への苦情だろうか。
「でも、そのね。話しててね、楽しかったよ。だからさ、また来なよ。この店に。いつでもいいからさ」
「初音さん……」
「なによ?」
「もしかして、俺に惚れましたか?」
お盆をプロ野球選手も真っ青になるような速度で投げられた。
風を切る鋭い音が耳元のすぐそばでする。
あ、あぶねえ。あとちょっとで顔面に直撃するところだった。
なんて速度でお盆を投げてくるんだよ。
「茶化さないで」
「は、はい」
「まったく君ってやつは本当にどうしようもない奴だよ。お友達の作家二人も先が思いやられるんじゃないかな」
「大丈夫ですよ、あいつら二人の事なら俺が一番よくわかってるんで」
「ふーん、そうなんだ。で、その君が言ってたライトノベルとやらもちろん私にも読ませてくれるんだよね」
「えっ……」
初音さん、ライトノベルが読みたかったのか。
そういえば文学女子だったな。
俺が新しい新時代の小説とか言ったもんだから、興味をもったのか。
なるほど、一連の流れはライトノベルが読みたかったからか。
てっきり、俺は初音さんが俺と会話したいがために会いに来てくれと言ってるのかと思ったよ。
あやうく勘違いするところだった。
「そこまで興味を持ってくれるなら、持ってきますよライトノベル。最高に面白いやつをね」
「期待はしてないけど、暇つぶしになりそうだから持ってきてよ」
そう言って、初音さんはプイッと窓の外を見る。
俺は会話が終わったもんだと思って、店の扉に手をかけた。
店から出ようとするとき、後ろから
「また来なよ、涼宮くん」
声をかけられた。
振り返ると初音さんが視線をそらしながら、小さく手を振ってくれた。
俺は大きく手を振り返し、「また来ます」といつもの馬鹿でかい声で返した。
喫茶店パウリスタを出ると、雪が降ってきていた。
もう十二月だもんな。
途端に感慨深くなる。
思えばこの一ヵ月、色々あったな。
英二と比企谷が作家になったり、俺がその担当編集者になったり、綾小路の絵が美術展で大賞を獲得して新聞で取り上げられたり。
そんなことを思い出しながら、銀座の大通りを歩いているとカップルの話し声が聞こえてくる。
「新聞に載ってた綾小路って人の絵、見たか? 凄かったぜ。今までの東洋画とも西洋画とも違うまったくの新しい絵だった。ありゃ、天才だね。ついにこの国にも西洋に負けない画家が誕生したんだ」
「もう、その話何回目よ~」
「いや、そんだけ凄いんだって」
彼らが過ぎ去っていくのを尻目に、実感する。
俺たちは確実に一九三〇年の歴史を変えているのだと。
未だになんの為に俺たちが過去へやってきたのかはわからないが。
ただ、帰る方法もわからないとなればこの時代を生きるしかない。
両親や残してきた友達は今頃心配しているのだろうか。
未来がどうなっているのかはわからない。
俺は、俺たちは過去にいるのだから。
この時代に来る前、俺は大きな事をしたいと思っていた。
オタク業界を変えるでかいことを成し遂げたいと。
それどころか、俺がこれからオタク業界を作るのかもしれない。
この先、俺たちがどうなるかなんてまったくわからない。
ただ、俺は今の俺にできることをやるだけだ。
「とりあえず、帰りにスーツを買わないとな」
一九三〇年の十二月が終わる。
そして、一九三一年の一月が始まる。
世界初のライトノベルが二つも雑誌『キング』に載る。
今からどうなるのか、ワクワクが止まらなかった。




