第96話『野営の予行演習』
朝、軽量化リュックに装備を詰める——重いものは下、すぐ使う火口箱は上。並びをいくつか試してこれに落ち着き、試作場の小鍋も隙間へ押し込んだ。
肩紐を締めると、詰めた嵩の割にやはり軽い。ただ軽いだけで無いわけではなく、歩くほどに重さが肩へ静かに乗ってくる。
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石切り場の跡に着く頃には、背中がじんわり湿っていた。軽量化のリュックでこれなら素のままは倍も堪えたはずで、ポーターを一人雇う値打ちが肩越しに分かってくる。
平らな岩陰に荷を下ろす。まずは寝床——油布を敷いて毛布を広げ、手のひらで押すと、油布を一枚挟むだけで地面の冷たさがだいぶ和らぐ。
次は火だ。
枯れ枝を拾い集めて組み、火口箱を開ける。火打ち石を打つと小さな火花が散ってすぐ消え、もう一度打っても火口に移らない。
火花は出る。ただ、そこから先へ渡らない。
窯の火入れなら、何度もやってきた。だがあれは炭と種火があっての話で、裸の火花から熾すのはまるで別物だった。
何度目かで、ようやく赤い点が火口に残った。だが急いで枝をくべると、点は煙だけ残してすっと消えた——焦って一度に足したのが悪かったらしい。
火口をほぐし直し、細い繊維から順に。今度は息を送りすぎて、育ちかけた芯を吹き消した。
三度目は、ただ待った。点が繊維を舐めて小さな炎に変わるまで枝には触れず、炎が立ってから細い枝を一本ずつくべる。
枝の先が、ぱちりと鳴って燃え移る。
(……やっとだ)
思っていた倍は手間取り、火を熾すだけで鐘一つ分が過ぎていた。日が落ちてからこの調子なら、煮炊きもできずに干し肉を齧り、暖も取れないまま夜を越すことになる——火口は先にほぐし、時間も多めに見ておく。
小鍋に水を張って火にかける。湯が立つのを待つあいだに、乾燥野菜をひとつかみ、干し肉を割いて放り込み、塩をひとつまみ加えた。
やがて野菜が湯を吸って膨らみ、肉の脂が薄く浮いてくる。立ちのぼる湯気に、店で嗅ぎ慣れた匂いが混じっていた。
一口啜ると、乾いていた野菜がちゃんと野菜の味に戻っている。干し肉の塩気と合わさって、熱が腹の底へ落ちた。
自分の店で乾かした野菜が、こうして自分の一椀になる。売る側でしか見ていなかったものを、初めて食う側から確かめた気がした。
日が傾き、石切り場の岩肌に赤みが差す。ランタンへ火を移すと油の減りは早く、灯りが届くのは近くの岩がぼんやり浮かぶ程度で、夜通しはこれ一つでは心もとない。
一人で夜を明かすつもりはない。今日は試すだけだ。
荷をまとめていると、石切り場の入口から声がした。
「思った通り、ここにいたわね」
リナが岩を避けて歩いてくる。小鍋の跡と、消えかけの火を見て、少し目を細めた。
「火、熾せたのね」
「手間取った。思っていた倍かかる」
「最初はみんなそうよ。でも、そこに気づけたのが大きいの。火が熾せなきゃ煮炊きもできない——干し肉も乾燥野菜も、そのまま齧るしかないし、夜の暖だって取れないんだから」
「一人なら、自分が我慢すれば済む。五人だと、そうもいかない」
「分かってきたじゃない」
リナが荷の脇にしゃがんで、詰め方をちらと覗いた。
「重いものは下、すぐ使うものは上ね。詰め方、分かってきたじゃない」
「重いのを上にすると、歩くたびに荷が振られて、よけい疲れる」
「上出来よ。集合は明後日の第三鐘。他の四人とは、そこで初めて顔を合わせるわ」
「どんな連中だ」
「会ってのお楽しみ。……まあ、悪い子たちじゃないわ」
火の跡に土をかぶせ、リュックを背負い直す。来たときより、肩への乗り方に慣れていた。
研修まで、あと二日。次に火を熾すときは、隣に四人いる。
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【借金メモ・96話終了時点】
前話(95話)終了時:資金銀貨三十九枚と小銀貨八枚と大銅貨五枚・残債なし
96話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(小銀貨五枚と大銅貨六枚)+乾燥野菜販売分(小銀貨四枚)=銀貨二枚と小銀貨九枚と大銅貨六枚
96話支出:従業員給与(ミレイ・フィア・ソル・充填×二・ダル・セイナ・アデル・詰め作業担当)+食事分=銀貨二枚と小銀貨三枚と大銅貨一枚
ケイの資金:銀貨四十枚と小銀貨五枚
残債:なし
※本話の野営は予行のため物品購入なし(小鍋は試作場から一時持ち出し)
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【賃料管理メモ更新】
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り5日
試作場:次回支払いまで残り9日
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