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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第4章

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第94話『斥候の基礎』

朝、新しい装備に袖を通す。革の胴当ては見た目より軽く、肩に乗せてもほとんど重さを感じない。ブーツの紐を締めて床を踏むと、やはり足音は立たなかった。


短剣を腰に差し、窓に映る姿を眺める。斥候の格好をした自分は、まだどこか借り物めいて見えた。


外に出ると、リナが壁にもたれて待っていた。


「思ったより早いわね」


「言われた通り、体を慣らすんだろう」


「ええ。街の外れに手頃な場所があるの。案内するわ」


---


街の北の外れ、使われなくなった石切り場の跡に着いた。崩れた石壁と足場の悪い岩が点在していて、人の気配はない。


「まず歩き方から。斥候は足音を消せて当たり前だけど、あなたのブーツは音を吸ってくれるから、そこは装備に任せていいわ」


リナが手前の岩を指した。


「問題は速さと止まり方よ。走ってきて、ぴたりと止まる——止まった瞬間に音を出したら、消音のブーツも意味がなくなるの」


「やってみる」


言われた岩まで駆けて、足を止めた。砂利が擦れて、じゃりっと音が鳴る。


「ほら、そこ。止まる直前に力を抜くのよ。踏ん張るから音が出るの」


もう一度走って、今度は最後の一歩で膝を沈めた。音は、さっきより小さい。


「悪くないわね。何度か繰り返せば体が覚えるわ」


同じ動きを幾度か繰り返すうちに、着地の感覚が少しずつ掴めてきた。膝を先に落とすと、砂利の音が喉に引っかかるように消える。


---


「次は探る練習ね」


リナが崩れた石壁の方へ歩きながら振り返った。


「私がどこかに隠れる。まず——解析は使わずに、どこにいるか当ててみて」


「解析なしで、か」


「あなた、前から気配で当たりをつけてたでしょう。何もない方向に、何かが引っかかる感じ。あれよ。斥候はまず、それで気づけないと話にならないの」


姿が消えた。石切り場は静まり返り、岩の間を風が抜ける音だけが残る。


目を閉じて、空気の質に意識を向けた。音でも臭いでもない。ただ、右手の方向に何かが引っかかる——そこだけ空気がわずかに濁っていて、確かに、いる。


「右だ。石壁の方——たぶん、その裏」


リナが壁の陰から顔を出した。


「気配だけで方向を掴んだのね。上出来よ」


歩み寄りながら、リナが崩れた壁を指した。


「でも方向が分かっただけじゃ、まだ動けない。立ってるのか、しゃがんでるのか、逃げる気か——それが分からないと、前衛を出すか、囲むか、決められないの」


「普通の斥候はどうする」


「見える位置まで回り込んで、目で確かめる。斥候の基本はそれよ。ただ、回り込むあいだに勘づかれることもあるし、相手が魔物なら間合いに入った時点で危ない」


リナがこちらを見た。


「あなたは、そこが違うの。回り込まなくても、解析で壁の裏の中身まで視れる。目の届かない相手を、危険に近づかずに読める——それが斥候としてのあなたの強みよ」


「その代わり、頭を使う」


「そう。だから目で足りるなら目で済ませて、解析は目が届かないときや、近づくのが危ないときに絞る。順番はいつも同じ——まず気配、次に目、最後に解析よ」


理にかなっている。安く済む手から順に張って、一番高い札は本当に要る場面まで切らない。見込みの薄い所に資源を張らないのは、損切りと同じだ。


---


「もう一度隠れる。今度は壁の裏に入るから、目じゃ届かない。気配で当たりをつけたら、解析で中身まで視て」


再び姿が消えた。


崩れた壁の向こうは、ここからは完全な死角だ。まず気配を探ると、さっきと同じ濁りが左手の奥にある。そこで初めて右目の奥に力を通した。鈍い芯が頭の奥で疼く——今日はまだ一度目だ。


淀みが像を結んだ。壁の裏の左手、低くはない位置——立っている。


「壁の裏、左手。立っている。動くなら、こっちの正面に出てくる」


言い終えると同時に、リナが壁の陰から飛び出した。


「よく言い切れたわね。目の届かない相手を、近づかずに読み切った。今のは、仲間なら迷わず前に構えられる伝え方よ」


相場師だった頃、数字は一人で読めば良かった。誰かに渡す必要はなかった。今は、読んだものを言葉にして初めて意味を持つ。


こめかみの奥が、じんと熱を持つ。それでも一度で済んだ——気配で先に絞ったぶん、眼を使う回数が減る。


「頭、痛むの?」


「一度使った。気配で当たりをつけてからだと、無駄に視ずに済む」


「そう。それが分かれば充分よ。研修の本番で使い切ったら元も子もないもの。今日はもうここまでにしておきなさい」


「分かった」


---


日が高くなり、石切り場の影が短くなる。遠くで第五鐘が鳴った。


リナが平らな岩に腰を下ろして、水袋を差し出した。


「筋は悪くないわ。足も、勘も。あとは人と組んだときにどう動けるか——それは研修で嫌でも分かるわ」


水を一口含んだ。石切り場は静かで、崩れた壁の向こうに街の屋根が並んで見える。


「班分けは、いつ分かる」


「明日には掲示されるはずよ。私の引率が通ったかどうかも、それで分かるわ」


「通らなかったら」


「そのときは、別の引率にあなたの事情を説明して回るしかないわね。文字のこと、目のこと……全部。考えるだけで気が重いわ」


リナが水袋を仕舞って立ち上がった。


「まあ、通るように手は打ってあるから、心配しないで。戻りましょう。明日、二人で掲示を見に行くわよ」


腰を上げて、短剣の位置を直す。膝を先に落とす感覚はまだ足の裏に残っているが、気配、目、解析——その順番だけは、体に刻んでおく必要がある。


「明日、頼む」


「ええ。今日の分は、体が覚えてるうちに一度おさらいしておきなさいね」


---


【借金メモ・94話終了時点】

前話(93話)終了時:資金銀貨三十九枚と小銀貨九枚と大銅貨三枚・残債なし

94話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(小銀貨五枚と大銅貨六枚)+乾燥野菜販売分(小銀貨四枚)=銀貨二枚と小銀貨九枚と大銅貨六枚

94話支出:従業員給与(ミレイ・フィア・ソル・充填×二・ダル・セイナ・アデル・詰め作業担当)(銀貨二枚と小銀貨三枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨二枚と小銀貨三枚と大銅貨一枚

ケイの資金:銀貨四十枚と小銀貨五枚と大銅貨八枚

残債:なし

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【賃料管理メモ更新】

緑の雫(店舗):次回支払いまで残り7日

試作場:次回支払いまで残り11日

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