第92話『説明書と量産』
翌朝、一善屋の厨房にカナを呼んだ。
「夕方の提供が遅れている。仕込み量が足りていないのか、それとも揚げる速度の問題か」
カナが少し考えてから答えた。
「両方あります。夕方だけで昼の倍近い注文が来ることがあって、油の温度が下がるんです。一度に揚げる量が増えると温度が戻るまでに時間がかかって、そこで詰まります」
「鍋を増やせるか」
「厨房に置けるなら。鍋が二つあれば交互に使えて、温度が下がっても片方で続けられます」
「鍋を一つ追加する。今日中に用意する」
カナが頷いた。それだけで話が終わり、カナは仕込みに戻った。
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緑の雫での乾燥野菜の販売を始めた。
ミレイが棚の端に瓶を並べた——単品とセットで並べ、掲示板が見える位置に置いた。掲示板にはセット版と単品版の使い方が絵で描かれていて、カウンターの脇の壁に固定してある。
最初の客は冒険者の男で、棚の瓶を手に取って掲示板をちらりと見た。
「これ、何に使うんだ」
「乾燥させた野菜です。お湯で戻すと食べられます。ダンジョンに持ち込めます」とミレイが答えた。「使い方はこちらの板をご確認ください」
男が掲示板を一通り見てから、セット版を一本取って代金を置いた。
「ギルドで配ってるやつか」
「同じものです。店でも販売しています」
男が出ていった。
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同じ日、ギルドへ向かった。
掲示板に貼った説明の写しを絵師に一枚追加で描いてもらったものを持っていき、バルドに渡した。
「遠征組への配布に合わせて使ってほしい。使い方を知らないまま持っていっても意味がない」
バルドが一通り見た。絵だけで工程が追えるようになっている。
「受付に貼っておく。配布のときに説明もさせる」
「頼む」
「店の方も始めたか」
「今日からだ」
バルドが頷いた。それだけだった。
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数日が過ぎた。
夕方、緑の雫で声が上がった。
「これ、食えないじゃないか」
カウンターに男が立っていた。三十代ほどの冒険者で、手に乾燥野菜の瓶を持っている。
「どういう状態でしょうか」とミレイが返した。
「そのまま食おうとしたら硬くて全然駄目だ。売り物になってないだろう」
「お湯で戻してからお使いください。使い方はこちらの掲示板に」
ミレイが板を指した。
「そんなの見てない」
「ご購入の際にご案内しております」
男が少し詰まった。周りにいた客が二、三人、掲示板の方に視線を向けた。
「……確かに書いてあるな」と一人が言った。「俺は読んだぞ」
別の客が続く。
「お湯で戻すって最初に教えてもらったけどな」
男が掲示板をしばらく見てから、少し声を落とした。
「……お湯で戻せばいいのか」
「そうです。野菜と干し肉が柔らかくなるまで待っていただければ食べられます」
男が少し間を置いてから、瓶をカウンターに戻した。
「分かった」
それだけ言って出ていった。ミレイが何も追わずに次の客の対応に戻った。
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夜、ミレイから今日の出来事を聞いた。
「クレームは一件だけです。掲示板を読まずに買われた方でした」
「対応はよかった」
「ありがとうございます。ただ、購入時の案内をもう少し丁寧にした方がいいかもしれません。瓶を渡すときに掲示板を指すだけでなく、一言口頭でも添えます」
「そうしてくれ」
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【借金メモ・92話終了時点】
前話(91話)終了時:資金銀貨四十枚と小銀貨三枚と大銅貨三枚・残債なし
92話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(小銀貨五枚と大銅貨六枚)+食堂収入(銀貨一枚と大銅貨五枚)+乾燥野菜販売初日分(小銀貨三枚)=銀貨三枚と小銀貨九枚と大銅貨一枚
92話支出:従業員給与(ミレイ・フィア・ソル・充填×二・ダル・セイナ・アデル・カナ・詰め作業担当・イナ)(銀貨二枚と小銀貨九枚と大銅貨八枚)+食堂材料費・パン仕入れ含む(小銀貨七枚)+鍋一つ(小銀貨二枚)+絵師(掲示板写し一枚)(大銅貨八枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨三枚と小銀貨九枚と大銅貨七枚
ケイの資金:銀貨四十枚と小銀貨二枚と大銅貨七枚
残債:なし
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【賃料管理メモ更新】
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り7日
試作場:次回支払いまで残り18日
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