第92話『冒険者への決意』
夜、リナと向かい合った。
「ダンジョンに入りたい」
リナが手元の茶を置いた。表情は変わらないが、目線がまっすぐこちらに向く。
「本気で言ってる?」
「本気だ」
「理由を聞かせて」
茶が湯気を上げている。少し間を取ってから口を開いた。
「魔力が上がる可能性が残った。ダンジョン探索後に上がった事例があるとバルドが言っていた。理由は分からないが、可能性があるなら試す価値はある」
「それだけ?」
「それだけじゃない。スタンピードのとき、限界まで解析を使ったら見えるものが増えた。魔物と向き合うたびに、少しずつ何かが変わっている。ダンジョンに潜って戦い続ければ、解析がどこまで伸びるか確かめられる。地上で店をやっているだけでは、その先には進めない」
リナが腕を組んだ。
「気持ちは分かるわ。ただ、今のあなたがそのまま潜ったら死ぬ。それは前も言ったでしょ」
「分かっている。だからリナに聞きたい。何から始めればいい」
リナが少し考え込んだ。
「まず、いきなり自分だけで潜るのは論外。引率者付きで潜る方法があるわ」
「引率者?」
「新人研修。ギルドが定期的にやってるの。登録して間もない冒険者を集めて、経験者が引率してダンジョンの浅い層を回る。基本的な立ち回りを教えて、生きて帰る術を身につけさせる仕組み」
「それに入れるのか」
「登録して間もない実戦経験の浅い冒険者が対象よ。ランクは関係ない。あなたにはちょうどいい」
茶を一口飲んだ。ぬるくなっていた。
「引率は誰がやる」
リナが少し間を置いてから答えた。
「Cランク以上が持ち回りで担当する。次の研修は……たぶん私が引率に入る」
「そうか」
「偶然じゃないわよ。私が志願するからよ」
リナがこちらを見た。
「五班に分かれるから、確実に私があなたの班につくとは限らない。ただ志願すれば通る可能性は高いし、他の引率者にあなたを丸ごと任せるのは不安なの。解析のこと、金のこと、まだ文字が完全に読めないこと——事情を知らない引率者に預けたら、扱いに困るに決まってる。それに」
少し言葉が途切れた。
「死なせたくないから。私が見てる方が確実でしょ」
返す言葉を探したが、うまく出てこなかった。
「……頼む」
「ええ」
リナが茶を飲み干して立ち上がった。
「班の中での役割も決めておくわ。あなたは解析が使える。だったら斥候が向いてる——先を見て、危険を見つけて、仲間に伝える役目。前衛で剣を振り回すより、あなたの力が生きる」
「斥候か」
「装備も動き方もそれに合わせる。明日、ギルドで研修の登録をしましょう。その前に装備を揃えないと話にならないわ」
「何が要る」
「軽装で、音を立てない靴。それと短剣。斥候は身軽さが命だから、重い防具は動きを鈍らせるだけよ。最低限のものだけ揃えましょう」
「どういう装備を選べばいいのか分からない。案内してくれ」
「任せて。新人向けの手頃な店を知ってるわ。変なものを掴まされないよう、私が見てあげる」
リナが少しだけ口の端を上げた。
「その代わり、選ぶのはあなたよ。斥候の装備は体に馴染むかどうかが全部だから、人任せにしたら痛い目を見るわ」
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翌朝、緑の雫にミレイを訪ねた。
「しばらく店を空ける。ダンジョンの研修に入る」
ミレイが帳簿から顔を上げた。表情は動かない。
「期間はどのくらいですか」
「研修そのものは数日だが、準備を含めて半月ほど見ている。その間、店はミレイに任せたい」
「ポーションの製造は」
「フィアとソルに続けさせる。充填とダルとセイナもそのままだ。乾燥野菜はアデルと詰め作業担当で回る。ミレイには販売と帳簿、それと全体の目配りを頼みたい」
ミレイが少し考えてから頷いた。
「分かりました。何かあれば天秤座を通じて連絡します」
「頼む」
帳簿を閉じたミレイが、一言だけ付け加えた。
「お気をつけて」
いつもの短い口調だった。ただ、その一言だけは少しだけ間が空いていた。
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店を出て、リナと落ち合った。
「まず武具店ね。斥候の装備から揃えましょう」
通りを並んで歩く。朝の市場は人が多く、荷車と客と売り子の声が混ざり合っている。
「一つ聞いていいか」
「何?」
「新人研修には、他にも新人が来るのか」
「来るわよ。だいたい一班五人で、それが五班くらい。全部で二十五人前後ね。班ごとに引率が一人つく」
「五人か」
「あなたの班も五人になる。斥候はあなた、残りは前衛が一人、中衛が一人、後衛が二人——編成はギルドが決めるけど、だいたいそういう配分になるわ」
四人の見知らぬ新人と組む。頭の中で並べてみたが、実感は湧かなかった。
「うまくやれるか」
リナが横目でこちらを見た。
「あなた、人と組むの苦手でしょ」
「否定はしない」
「でも斥候は一人で完結する役じゃないの。前を見て、危険を見つけて、仲間に伝える。伝わらなければ意味がない。あなたの解析がどれだけ優れていても、それを言葉にして渡せなければ宝の持ち腐れよ」
言葉が刺さった。相場師だった頃、数字は一人で読めば良かった。誰かに伝える必要はなかった。
「……努力する」
「ええ。まあ、いきなり完璧を求めないわ。研修はそのためにあるんだから」
武具店の看板が見えてきた。
扉を押すと、鉄と革の匂いが流れてきた。
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【借金メモ・92話終了時点】
前話(91話)終了時:資金銀貨四十一枚と小銀貨一枚・残債なし
92話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(小銀貨五枚と大銅貨六枚)+乾燥野菜販売分(小銀貨四枚)=銀貨二枚と小銀貨九枚と大銅貨六枚
92話支出:従業員給与(ミレイ・フィア・ソル・充填×二・ダル・セイナ・アデル・詰め作業担当)(銀貨二枚と小銀貨三枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨二枚と小銀貨三枚と大銅貨一枚
ケイの資金:銀貨四十一枚と小銀貨七枚と大銅貨五枚
残債:なし
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【賃料管理メモ更新】
緑の雫(店舗):次回支払いまで残り9日
試作場:次回支払いまで残り13日
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