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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第3章

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第89話『開店準備』

ミレイが二人を連れてきた。一人は三十代の女で、前の仕事は料理屋の手伝いだったと言い、火の扱いに慣れていると話した。


「鍋は持てるか」


「はい。前の店では夕飯の仕込みを任されていました」


実際に鍋を持たせてみると、重さに怯まず片手で傾けた。もう一人は二十代の男で、細かい作業が得意だと言ったので小瓶を渡してみると、蓋の締め方が揃っていた——力任せでなく、指先だけで均等に回している。


試作場の地下で詰め作業をやってもらった。乾燥野菜を小瓶に計量して詰める工程を一度見せると、二回目からは自分で手を動かせて、棚に並べた瓶の口の高さが全部同じだった。


「採用する。二人とも明日から来てくれ」


二人が揃って頷いた。


翌朝から準備を始めた——厨房の床を水で流して油汚れを落とし、揚げ油を新しく仕入れ、ザワークラフトの小瓶が三十本あることを確認した。仕込みは三日前から進めてある。


カナに唐揚げの工程を一から教えた。油を鍋に入れて火にかけ、鍋肌から細かい泡が上がり始めたところでダストチキンを沈める。


「油の中に入れていいんですか」


「そうだ。しばらくそのままにする」


「……本当に?」


「本当だ」


カナが菜箸でチキンをそっと油に沈めた。しゅっと音が鳴り、白い泡が立ち上がる。衣がじわじわと色づいていくのを覗き込んで、カナの肩が少し前に出た。引き上げたときにはきつね色になっている。


「……これ、食べられるんですか」


「食べてみてくれ」


カナが一口かじった。さく、という衣の音が厨房に響いた。しばらく噛んで、飲み込んでから口を開く。


「……すごい。外がかりっとして、中から汁が出てくる」


「ザワークラフトも合わせてみてくれ」


カナが酸っぱい野菜をひとつまみ取り、チキンと一緒に口に入れた。今度は少し早く飲み込んだ。


「さっぱりする。脂っこさが消える」


---


帳簿担当がまだ決まっていないので正式な開店ではない。ただ様子を見るために、ガッシュに声をかけておいた——今日来た分は無料で出す。値段と品の組み合わせを確認しておきたかった。店の名前は一善屋にした。


開けた日、第二鐘が鳴る前にガッシュが来た。


「一番乗りだ」


唐揚げとザワークラフト、根菜スープ、クロパンをひとまとめに出した。ガッシュが一通り見てから口を開く。


「これ全部で、いくらになる予定だ」


「唐揚げとザワークラフト、スープ、パンのセットで大銅貨四枚を考えている」


ガッシュが少し考えてから唐揚げを口に入れた。


「……悪くない値段だな。ダンジョン帰りなら出せる」


厨房から、カナがのれんの隙間で客席を窺っていた。ガッシュがスープを飲んでパンをちぎり、また唐揚げに手を伸ばした。皿を指して「もう一皿」と言うと、カナが素早くのれんの内側に引っ込んだ——すぐに油の音がした。


昼前に冒険者が五人来た。一人がザワークラフトの小瓶を卓に置かれたとき、蓋を開けて鼻を近づけ、眉を寄せた。


「これ、食い物か」


「発酵させた野菜だ。唐揚げと合わせてみてくれ」


男がしぶしぶ少量を唐揚げにのせて口に入れた。咀嚼しながら眉の形が変わって、少し考えてからもう一口取った——今度は自分でザワークラフトを山盛りのせた。


午後に来た三人はザワークラフトを怪訝な顔でも見ず、最初から唐揚げと交互に口に運んでいた——昼の客が外で話したのかもしれない。


夕方、カナが厨房の拭き掃除をしながら言った。


「みなさん、全部食べてくれましたね」


「そうだな」


「揚げ物……初めて作ったのに、全部」


雑巾を絞って、もう一度床に這わせる。それだけで手が止まらなかった。


「もっと上手く作れると思います」


---


翌朝、カナが来る前に厨房に立った。テラポテトを出して、棒状に切る——親指の幅くらい、長さは手のひら半分。粉も衣もいらない、そのまま油に落とした。泡が激しく立ち上がって、一分もしないうちに表面が乾いた色になる。引き上げて塩を振り、口に入れると芋の甘みが先に来て、舌の上でほろりと崩れた。


カナが来たので皿を出した。


「甘い。お芋なのに揚げるとこんな風になるんですね」


「仕込みが早い。唐揚げより時間がかからないから量が出しやすい。並べる」


「一緒に食べていいですか」


カナが唐揚げとテラポテトを交互に口に入れて、窓の外を見ながら噛んでいた。


「唐揚げは肉の旨味で、こっちは芋の甘みで——同じ油でも全然違います。どちらも選べると、客の方が迷いそうですが」


「迷う方がいい。また来る理由になる」


カナが手を止めて、こちらを見た。少し間があって、また唐揚げを取った——何も言わなかった。


次にダンピングバッファローを出した。薄切りにして軽く叩き、塩を振ってから粉をまぶして油に沈める。肉が薄い分だけ火通りが早く、一分ほどで縁が固まって浮いてくる。引き上げると衣がさく、と音を立てた。


「これも揚げるんですか」


「そうだ。食べてみてくれ」


カナが包丁で端を切り、断面を確かめてから口に入れた。


「……柔らかい。唐揚げより薄い分、一口で全部嚙み切れます。さくっとして、中がほろっとする」


「ザワークラフトと合わせてみてくれ」


カナがカツの上にザワークラフトを一つまみのせ、箸で押さえながら口に運んだ。噛みながら少し上を向く。


「唐揚げより酸味が前に来ます。肉が薄い分、脂の重さがないから——ザワークラフトの酸味だけが残る感じです」


「どちらが好みかは客によって変わる。両方出して選ばせる」


スープは夕方に試した。鍋に水を張って火にかけ、乾燥エンシンルートを一つまみ入れると湯が濁って根菜の匂いが立ち上がってくる。骨出汁を合わせて塩を足し、椀によそってカナに渡した。


カナが一口すすって、椀を両手で持ったまま止まった。


「根菜の甘みが出てる……これ、乾燥させた野菜から作ったんですよね。戻るんですか」


「湯を吸って戻る。完全にではないが、出汁は出る」


「揚げ物のあとにこれを飲むと——胃がちょっと楽になる感じがします。重いものを流してくれる」


「そういうことだ」


片付けをしながら、カナが口を開いた。


「あの——一つ聞いていいですか」


「何だ」


「揚げ物もスープも、おかずだけですよね。主食が何もないと、お腹が空いたままの方が出ると思うんですが」


「気づいてくれてありがとう。パンは仕込みの手が回らないから、近くのパン屋から仕入れる」


「この通りの角にパン屋があります。毎朝、クロパンを焼いてるのを見ました」


翌朝、その店に寄った。主人は四十代の男で、棚に並んだクロパンをてきぱきと袋に詰めていた。


「毎日、焼き上がりの分を二十個回してもらえるか。値段はいくらになる」


「一個大銅貨二枚です。まとめて買っていただけるなら少しまけます」


「二十個で大銅貨三十五枚でどうだ。受け取り始めるのは三日後からになる」


男が少し考えてから頷いた。「いいでしょう。ただ前日に翌日分をお支払いいただく形でお願いします。焼く数を決める必要があるので」


「分かった。前日の夕方に払いに来る」




「食堂のメニューを板に書いてもらいたい。客が見やすい場所に貼れるものだ。品ごとに絵も入れてほしい——文字を読めない者も来る」


担当者が書き手の職人を紹介すると言い、品目と値段を告げると控えを取った。


「セットが大銅貨四枚、唐揚げとザワークラフトが大銅貨三枚、テラポテトの揚げが大銅貨一枚、バッファローのカツとザワークラフトが大銅貨四枚、根菜スープが大銅貨一枚」


二日後、木の板に墨で書かれたメニューが届いた。品名と値段が縦に並んで、各品の左に小さな絵が入っている——羽を広げた鳥、薄く平らな肉の形、棒状に並んだ芋、湯気が立ちのぼる椀。


(読めなくても分かる)


板を厨房の入口に立てかけて、火の支度に入った。


---


三日後、天秤座へ向かった。


「以前、元もつ屋を食堂として用途変更の届け出をした。名称をまだ登録していなかった。一善屋という名前で登録したい」


担当者が帳面を開いて確認し、書き込んだ。


「一善屋として登録しました」


「もう一つ聞く。一善屋の近くに、空き物件はあるか。食堂を広い場所に移したい」


担当者が帳面を確認した。


「裏通りに一軒あります。今お借りの物件から二軒隣で、前は薬草の保管庫として使われていました。厨房設備はありませんが、広さは今の倍近くあります」


「賃料は」


「月に銀貨八枚です」


試作場より三枚高い。ただ二軒隣なら行き来に時間がかからず、食堂と乾燥野菜の作業場を別の建物に分けられる。


「一週間考えさせてほしい」


「問題ございません。その間は押さえておきます」


「もう一つ聞く。食堂の帳簿管理と接客ができる人材を探したい」


担当者がまた帳面に書き込んだ。


「ご要望は承りました。数日で候補を出せると思います」


帰り道、裏通りを歩きながら頭の中で数字を並べた。新しい物件を借りれば一ヶ月は元もつ屋と二重払いになる——銀貨十六枚が毎月出ていく計算だ。今の資金から見れば余裕はあるが、帳簿担当の給与が加わればまた変わる。ただ元もつ屋の飲食スペースは卓が八つで限界に近い。客が増えれば手狭になる。移るなら早い方がいい。


路地の突き当たりで試作場の屋根が見えた。厨房から煙が出ている——カナがもう火を入れている。


---


【借金メモ・89話終了時点】

前話(88話)終了時:資金銀貨四十枚と小銀貨九枚と大銅貨八枚・残債なし

89話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(小銀貨五枚と大銅貨六枚)=銀貨二枚と小銀貨五枚と大銅貨六枚

89話支出:従業員給与(ミレイ・フィア・ソル・充填×二・ダル・セイナ・アデル・カナ・詰め作業担当)(銀貨二枚と小銀貨五枚)+食堂試食材料費(小銀貨三枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨二枚と小銀貨八枚と大銅貨一枚

ケイの資金:銀貨四十枚と小銀貨七枚と大銅貨三枚

残債:なし

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【賃料管理メモ更新】

緑の雫(店舗):次回支払いまで残り24日

試作場:次回支払いまで残り7日

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