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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第3章

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第82話『弁と空気』

三日後、リナが試作場に来た。


厨房の作業台を片付けて中央に空間を作り、地下から陶器の壺を一つ持ってきた——口が狭く蓋付きの、以前の発酵試作に使ったものだ。蓋を外して台の上に置く。


「これで試す」


リナが壺の口を見て、一度頷いた。


「準備はできてるわ。ただ——うまくいくかどうかは保証しない」


「分かってる。まず試してみてくれ」


リナが壺の前に立ち手をかざすと最初は何も起きなかったが、目を閉じて指先の向きをわずかに調整していると、しばらくして壺の口の縁に沿うように空気が動いた——流れというより揺らぎに近いごく細い動きで、集中しているのか手応えがないのか表情だけでは判断できない。


「……引き出せてる気がする。外に向かって流れてる」


「確認する」


壺の口に手のひらを近づけた。外から内に向かう気流ではなく、内から外に出てくる動きがある——弱いが、感じ取れる。


「出てきてる」


「でしょうね。ただこれ以上細くするのが難しくて——口の端から外気が入ってきて、完全に内側だけを引き出せていない」


口の端から外気が入る——それは予想していた問題だ。弁がなければ、引き出した分だけ外気が補充されて気圧が下がらない。


「どの程度、空気が引き出せているか分かるか」


「魔法でそれを計る手段はないわ。ただ……感覚的には、中の空気がわずかに薄くなってる気はする」


「わずかに、というのは」


リナが少し考える。


「耳が詰まるような感覚まではいかない。ただ、何もしていない状態とは明らかに違う」


(気圧は下がっている。ただ、弁なしでは漏れが大きすぎる)


弁があれば、引き出した空気が逆流しない。リナが気流を当て続ければ、徐々に内部の気圧が下がっていく——理論上は成立する。


「もう一度やってみてくれ。今度は時間を少し長くして」


リナが頷いて再び手をかざし、今度は一分ほど続けた。指先の動きが最初より細かくなっていて壺の口に向ける方向を少しずつ調整している——集中するほど魔力の消費があるのか、リナの呼吸がわずかに浅くなった。


壺の口に手を当てると先ほどより気流がはっきりしていて、内側から出てくる空気の動きが弱いながらも継続していた。


しばらくして、小さな音がした。


壺の側面に、細い亀裂が入っていた。


リナが手を止める。


亀裂を指でなぞった。表面だけではなく、壁を貫いている——内側と外側がつながっている。


(陶器では無理だ)


外から内側に向かって大気が押しつけていて中の空気が薄くなるほどその差が大きくなるが、陶器はその力に耐えられない。工業的な真空容器が金属で作られているのはそういうことで、この世界でも同じことが起きた。


「壺が割れかけている」


リナが壺を見た。


「……やりすぎた?」


「そうじゃない。陶器が空気を薄くする圧力に耐えられない——容器ごと金属で作る必要がある」


リナが少し間を置いた。


「じゃあ、鍛冶屋への発注を変えるの?」


「そうだ。弁だけでなく、容器ごと頼む必要がある」


亀裂の入った壺を台に置いた。実験としては失敗ではない——陶器では無理だという答えが出て、それは次の手を決めるのに十分な結果だ。


「弁を発注する」


リナが顔を上げた。


「確信があるの?」


「空気を引き出せることは確認できた。容器を金属にすれば亀裂は入らない——あとは弁と容器が揃ってから試す」


「銀貨六枚、無駄になるかもしれないわよ」


「可能性の話をするなら、全部無駄になるかもしれない。ただ今確認できた範囲では、方向は間違っていない」


リナが腕を組んで、壺をもう一度見た。


「……空気が薄くなったのは分かったけど、それで本当に食品が乾燥するの? 実感がないわ」


「乾燥するまで時間はかかる。ただ密閉した状態で中の空気が薄くなれば、水分は少しずつ気体になって外に出ていく——それが繰り返せば乾燥する」


「どのくらい時間がかかるの」


「分からない。やってみないと」


リナが少し黙ってから口を開いた。


「……まあ、あなたが決めることだけど」


「そうだ」


---


その日の午後、鍛冶屋に寄った。


「設計図の件、発注内容を変えたい」


店主が奥から出てきた。


「どう変える」


「弁だけでなく、容器ごと金属で作ってほしい。密閉できて、弁を取り付けられる口が一つ、素材を出し入れする別の口が一つ——この二つが必要だ」


店主が少し考える顔をした。


「容器の大きさは」


「壺一つ分程度。この高さで、この幅くらいだ」と手で示した。


「素材を入れる口は、蓋で塞げるようにするか」


「そうだ。蓋と容器の縁が密着して空気が漏れないよう、金属を削り合わせて精度を出してほしい」


店主が紙を出して寸法を書き始め、弁の設計図と組み合わせながら確認してから顔を上げた。


「容器が加わると費用が変わる。弁だけなら銀貨六枚だったが、容器込みで大銀貨二枚はかかる」


大銀貨二枚——今の資金では足りない。


少し間があった。


「費用が揃ったら来る。設計図は預かっておいてくれるか」


店主が紙を重ねて棚に入れた。

「置いておく。ただ一月以上経つようなら確認に来てくれ」


「分かった」


---


帰り道に試作場に寄って、リナと並んで石段を下りた。


亀裂の入った壺が棚に置いてある。リナがそれを一瞥した。


「……金属の容器ができたら、形はどうするの」


「口が二つ要る。弁を取り付ける口と、素材を出し入れする口だ」


「鍛冶屋に預けた設計図、それも入ってるの?」


「入ってる。資金が揃えば発注できる」


リナがしばらく棚を見ていた。


「どんどん増えていくわね、やることが」


「一つずつだ」


リナが石段の方に向いた。


「……ポーション以外でここまでやるの、なんでなの」


少し間があった。


「ダンジョンが開いた——長期で潜れば食事が偏って野菜が摂れなくなる。体が壊れる前に解決できれば、冒険者がもっと深く潜れる」


「先を読んでるのね」


「読み違えるかもしれない。ただ、何もしないよりはいい」


リナが石段を上がりながら、後ろを向いた。


「まあ……うまくいくといいわね」


それだけ言って、上に出た。


---


【借金メモ・82話終了時点】

前話(81話)終了時:資金銀貨八枚と小銀貨七枚と大銅貨二枚・残債なし

82話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)二十本(小銀貨一枚×二十=銀貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)七本(大銅貨八枚×七=小銀貨五枚と大銅貨六枚)=銀貨二枚と小銀貨五枚と大銅貨六枚

82話支出:従業員給与ミレイ(大銅貨七枚)+フィア・ソル・充填×二(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+ダル・セイナ(大銅貨十枚)+設計図預け前払い(銀貨三枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨三枚と小銀貨三枚と大銅貨四枚

ケイの資金:銀貨八枚と小銀貨九枚と大銅貨四枚

残債:なし

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【賃料管理メモ更新】

緑の雫(店舗):次回支払いまで残り15日

試作場:次回支払いまで残り8日

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【所持アイテムメモ】

ポーション類

 初級ポーション(作淡濁:緑) × 20本(今日仕込み分・翌朝棚補充予定)

 初級ポーション(作淡濁:緑・試作強化版) × 1本(ミツロウソウの雫一滴添加・効能確認待ち)

 初級ポーション(作澄:緑) × 7本(今日仕込み分・翌朝棚補充予定)

 初級ポーション(作濁:黄緑) × 大保存瓶三本(満杯・保管中・旧在庫)

 初級魔力ポーション(作淡濁:白) × 製造中(ケイ直接・小銀貨三枚で販売中)

 初級魔力ポーション(作澄:白) × 製造中(ケイ直接・小銀貨四枚で販売中)

 初級魔力ポーション(作濁:白) × 大保存瓶一本目充填中(4本/20本)


人員

 ダル(加熱担当)・セイナ(濾過担当):OJT継続中

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読んでくださってありがとうございます。

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次回もよろしくお願いします!

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